第25話

 みこを担いだまま研究所の奥へと進む蒼月を追うように、シャーロックも走るが同じように走っているはずなのに、少しづつ距離が離れていた。

「っ、何で離されてんだ」

 かつて同じ事務所で活動していた蒼月との差が広がっていくことに焦燥感が募っていく。

「教えて欲しいか? 所長」

 蒼月は3階の最奥にある一室の前にみこの拘束された椅子を置くと、シャーロックに向き直る。

「はぁ、はぁ。何を使ったんだ。蒼月」

「簡単だ。オレも使ったんだよ。サヴァン因子、紫水の作ったお前のしょぼいヤツとは違うヤツをね」

 息を切らしながら、遅れて辿り着いたシャーロックに対し、上から見下すように答える。

「まさか、アレを使ったのか?」

 旧龍ヶ崎工建の資料室に置かれていた資料の中にあった禁忌を超えた技術。それは人を生贄に使うことでより強力なサヴァン因子を作る。理論はシャーロックも考えていたが、実際に作るとなれば人間を犠牲にしなければ作れないことから、机上の空論として考えていたものだ。

「そうだ。だからオレは蒼月総司そうげつそうじはお前を超えた。シャーロック! いや、


 天谷連理あまがいれんり!」


 蒼月がシャーロックを指差し、怒号のような声で、シャーロックの本名、天谷連理の名前を呼ぶ。

 蒼月は連理探偵事務所で働いていた。その傍ら、警察官の試験勉強を続け、無事合格した。探偵として活動していた頃の経験を活かし、警視庁でみるみる頭角を現し、公安0課に抜擢されるまでになっていた。

「そうか。つまりお前が情報統制していたのか」

 公安で活動する中で、自分の限界に気づき始めた。そこを紫水真水に付け込まれ、情報と引き換えにサヴァン因子を手にしていた。本来取り締まる側の組織である警察に対する背信行為をしながら、警察として活動していた。それは到底許されるようなことではない。

「やっと気づいたか。原罪の狩人イェーガーを利用して同士討ちを狙おうと考えたが、アイツらはまともに言うことを聞かないからな。それを除けば、ほぼ紫水の計画通りだったぜ」

(サヴァン因子の副作用か?)

 蒼月の言葉遣いや精神状態が不安定なことに気づく。

 サヴァン因子はただ単純になんの副作用もなく、身体能力を強化したり、知的能力の強化したりできるわけではない。使用者に潜在適性がある場合にしか発現しない上に、強烈な副作用をもたらす。その副作用は使用者によりけりであり、ワットソンのように記憶の欠落や蒼月のように精神の不安定化など千差万別である。

「あとは、お前を始末すれば終わりだ。これから始まる新世界ニューワールドに劣等種はいらない」

 蒼月の言葉で、紫水真水が何を計画しているのかがやっとわかった。

「はぁ。あれを造ったのか。あれは欠陥兵器だ。あれを起動する手段がないだろ?」

 蒼月はシャーロックの言葉に噴き出し、高笑いしはじめた。

「なにがおかしい」

 ひとしきり笑ったところで紫水を指す。

「これを使うだけだ。何のためにさらって来たと思ってんだ」

 人間を生贄に捧げて起動させるエネルギーにする。目の前に立っているかつての部下は、そう言ってしまった。警察として市民が死ぬことにも、人体実験の被験者になることにも、躊躇いが無くなっていた。

「人としての道理を外れるのか」

 シャーロックはぽつりとこぼす。

「人の道理を外れたのはオレだけじゃない。お前もそうだろ? 天谷」

「俺は人の道を外れたわけじゃない。自分の病を治すためだ。それを世間に公表したことは間違いだった。その結果がいまのお前たちなら、それを討つのも俺の使命だ」

 シャーロックは自分の腰のホルスターからシャーロメシアを手に取る。

 これ以上喋ったところで蒼月を理解することはできない。それを示すように銃口を蒼月に向け、迷うことなく発砲する。

「ははははは。そうか、お互いに理解し合えないということか。死ね」

 蒼月は素手で銃弾を掴み握りつぶし、シャーロックとの間合いを一瞬で詰め、右の頬を殴ろうとする。

 紙一重で蒼月の攻撃をかわし、その伸ばした腕に向け引き金を引く。


 パァァァン


 蒼月の腕を確実に捉えた銃弾は、蒼月の腕を貫くことなく皮膚で止まっていた。

「ップ。まさか銃でオレの皮膚を貫けるとでも思ったのか?」

 真水の作ったサヴァン因子の身体能力強化は既にヒトの枠を外れていた。

 シャーロメシアは所詮ヒトとしての武器であり、ヒトの枠を外れたような化物を相手にするには役不足であった。

「……フェーズⅡか、いやもうフェーズⅢかⅣまでいってるか」

 資料としてサヴァン因子の更なる進化の過程で起こりうる事象をシャーロックも想定していた。そのなかで、ある地点からヒトの枠を外れてしまうことも知っていた。最悪の場合、ヒトとして形すら保てなくなる。人のかたちを保っていることから、まだ進化する可能性を持っている。

「進化性サヴァン。それが紫水の作ったサヴァン因子だ。お前ならその意味がわかるだろ?」

 サヴァン因子の進化は想定していたが、因子の状態で進化することは想像を超えていた。

 このまま蒼月と戦えば、因子の進化を促進することになる。

「殺すしかないのか」

 シャーロックはシャーロメシアを腰のホルスターに収める。

「ああ? 大人しく殺されてくれんのか。じゃあ死ね」

 蒼月が腕を振りかぶり、シャーロックの右の頬に向けて振り抜く。

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