第23話

 旧真島研究所1階研究室。月明かりが流れ込むその場所には椅子に拘束された少女と初老に近いはずの少女の親。本来であれば警察から逃げながら娘に会えたような感動的な親子の対面ではあるが、この場面は二人の関係を表していた。

「みこ。久しぶりだな」

 紫水真水は椅子に拘束されている紫水みこに目を向ける。その目はおおよそ自分の娘に対して向けられるようなものではない。ただの実験対象として見ているようなものだ。

「ぱぱ。どうしてこんなことをするの」

 みこは両腕を後ろに回すようにしてチェーンで椅子に縛り付けられている。逃げることができないようにするために拘束しているというよりも、暴れられるとこれからする実験を円滑に進めることが目的のようにも見える。みこの服の袖から切り取られて肩から下の素肌が見えるようになっている。

「お前には可能性がある。その可能性をわたしが開花させてやる。そのためにどれだけの準備をしたか」

 真水の近くにある台から注射器を持つ。

「これは熊谷早紀くまがやさきで実験した動物改造実験アニマラスのDNAだ」

 シリンダーを押し液体を乳鉢に入れる。

「これはお前に使う予定はない。お前はサヴァン因子に適合できる人種だ。こんな道具ものに頼る必要はない」

 台の上にある複数の錠剤からひとつをみこに見えるように摘まみ上げる。

「これは聴覚強化剤。常人の数倍の聴覚を得られる。その代わり、飲んだ人間の視覚を著しく低下させる。ほとんど失明するような失敗作だ。これはわたしがはじめて作ったサヴァン化薬だ」

 その錠剤も同じように乳鉢の中に入れる。

「こいつは視覚強化剤。これも失敗作だ。被験者のほとんどが見えすぎる世界に苦しんで死んだ」

 別の錠剤を手に取り見せるように説明してから乳鉢の中に入れる。

「これもそうだ。嗅覚強化剤。これも失敗作だ。犬のような嗅覚を得れた。その代償に聴覚がおかしくなる」

 苛立つように真水が乳鉢に入れ、複数の錠剤とDNAの液体をすり潰す。

「さて、これはいまから数年前に作られた薬だ。いまの我々が届かなかった人類の進化の過程で必要なもの。サヴァン因子だ」

 サヴァン症候群シンドロームを用いて人類の進化をもたらす。まさしく神の因子だ。そう言いながらみこへと近づく。

「いや……、来ないで」

 震えるようなか細い声で、狂気に魅せられた自分の父親を拒絶する。

「みこ。お前がわたしの娘でよかったよ。人類の進化を間近で見れるなんて思わなかった」

 もう紫水真水は自分の娘を実験の道具としてしか認識していない。

 椅子に拘束されている状態では逃げようにも逃げられない。

(助けて!)

 祈るように目を閉じたとき、バイクの走る音が聞こえてきた。

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