第21話
資料室に火を放った後、シャーロックは急いで合流地点に走っていた。資料室から最も遠い階段を使い、地下2階にある集合予定場所に辿り着く。
「オレのが先に着いたか」
合流予定の場所にワットソンはまだ来ていないようだ。
「お。やっと来たみたいだな」
シャーロックが来たのを確認したワットソンが天井から降りてくる。
「早かったか。首尾は?」
「上々」
背中で眠っている白雪を見せ、シャーロックに親指を立てる。
今回の依頼の目的は達成した。あとは和光たち警察が処理するだろう。そう思っていた。
「ワット、何かおかしくないか?」
シャーロックはなにか違和感を覚えていた。サヴァン因子の実験をするならここまでガバガバな誘拐をするはずがない。何か別の目的のカモフラージュとして使っているような気配を感じていた。
「あー、確かに。こっちも思ったより簡単に救出できたからな」
もう一つ下の階に居たワットソンすら同じようなことを感じていたようだ。
地下5階が最下層になっている。それにしては資料室が地下1階にあったり、実験室が地下3階にあったりと、何かとちぐはぐした配置になっていた。
「…………。もしかすると、最初から騙されていた?」
紫水真水が仕組んでいた罠に嵌められたという可能性が浮かんできた。
別の目的、いや本当の目的から目を逸らすためのダミーとして、比翼大橋を渡らせ
「みこだ。あっちが本命だ」
わざと紫水みこにダミーの書置きをみせたのだ。それにここの研究員たちも最初から使い捨てる前提で配置されていた。そう考えれば合点がいく。
「んじゃ、みこは騙されてたってことか?」
ワットソンの瞳から笑みが消える。
「だろうな。それにオレらをわざわざ比翼大橋を渡らせたのも、紫水真水の計画だったんだろ」
シャーロックは舌打ちをすると、ワットソンにシガレットケースを見せる。
ワットソンはそのシガレットケースを見ると、その意味を理解し口角を上げる。
「んじゃ、行くか」
「おう。確実に真水はブッ飛ばす!」
白雪みおんを担ぎ直し、二人は旧龍ヶ崎工建の中を走り出す。
目的地は紫水真水の潜んでいるであろう場所。そこに行くためには最速でここを脱出する必要がある。白雪を背負ったワットソンが先行し、研究員たちを薙ぎ倒しながら走る。その後ろをシャーロックが走り、最短ルートを指示しながら、和光にメールする。
「ドォリャ――――――!」
わざわざ正規ルートを通ることに、違和感を覚えたワットソンが壁をぶち壊しながら和光たちの前に現れる。
「うぉ⁉ なんだ⁉」
自分達の歩いていた通路の壁を壊しながら現れたワットソンに和光は驚きの声を出す。
ワットソンが偶々壊した壁の向こうの通路に、内部制圧用の重装備をしている和光と花奏がいた。
「お! 和光じゃねーか。ラッキー。こいつ頼むわ」
ワットソンが背負っている白雪みおんを和光に見せると、その場に降ろす。そしてそのままワットソンとシャーロックが外に向かっていく様子に和光が声を掛ける。
「おい。何処に行くんだよ」
和光の制止を無視するようにワットソンとシャーロックは振り返らずに走りだす。
2人が走っていったその数秒後、和光のスマホに一件のメールが届く。
『紫水真水をブッ飛ばしに行く。こっちは任せた』
簡潔に書かれたメールから、和光は2人の怒りを感じた。あの2人、特にシャーロックは脳の感情を司る部分が欠落している。そのシャーロックですらそう感じるほどに真水のやろうとしていたことが禁忌に近いものなのだろう。
和光は走っていく2人の背中が頼もしいと同時に暴走しているような危うさを感じていた。
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