第38話

資料館から上級落神の前足が消えた――


その事件は瞬く間に学院に知れ渡った。

その日のうちに噂は尾ひれがつき、

『長主反対派が持ち出した』や『落神愛好家がコレクションにするために盗んだ』など様々ささやかれている。

それでも多くの人の関心を寄せたのは、“再生”の危険はないのかという点である。

 

 落神の周囲に発生する瘴気――

それに呼応するように他の落神の凶暴性は増してゆくことは知られている。

そして、切り落とされた部位に瘴気が触れると命が吹き返す事例も報告されていた。それを防ぐために、持ち帰る落神は特殊な溶液につかすか、もしくは封印の護符で巻き付けるかの二択がとられる。最近ではより安全度の高い前者を選択するのが一般的である。故に今回、危惧されるのは持ち出された落神の一部にまかれた護符が外れて、復活するという物だ。

 しかし、ヒロはあきれ返っていた。そもそもなぜ、危険な代物を子供達が多くいる学院に保管しているのか?帝国にはバカしかいないのかと悪態をつきたくなる。


「おい、どうした?集中できてないぞ!」

カインの野太い声に現実に引き戻された。両手に握られる木の棒に力を込める。


そうさ、俺には関係ない。ただ、訓練に邁進するだけだ!


 鋭く、洗練された覇気を纏い、ヒロはカインに向かって全力疾走する。

「ハッ!」

 掛け声とともにぶつかり合う長く伸びた枝。

何度も叩きあった末に両者のそれは真っ二つに割れ、枯れた芝生の上に転がっていく。

同時に湧き上がる掛け声。

「すっげえ!ただの木の打ち合いなのにゾクゾクした」と呟く少年。

「さすがカイン先輩」

とうっとりした様子の少女。

「あれについていくとかヤバイな。今年の新入生…」と語る興奮気味な少年など様々だ。

「ありがとうございました」

そんな周囲の反応をよそに、ヒロは深々とお辞儀をした。

「そんな、改まるなよ」

 気にするなといった様子で手をヒラヒラ振るカイン。

「じゃあ、次、誰やる?」

 相変わらず陽気な声でいうカインに少年たちは萎縮したように無言のまま、俯いていた。


「なんだよ。遠慮することないぞ」

豪快に笑うカイン。


アイツら遠慮しすぎだなと思いながら腕で汗を拭く。誰もやらないならまた俺が相手してもらおうとヒロは思い始めていた。

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