第30話
さっきから下級生の間に妙な空気が流れていた。
居心地の悪さに耐えかねて、エリカのすぐ前にいる背の低い少年が手を上げた。
「ねえ、先輩。資料館には上級落神が保管されているって聞いたんですけどマジ?」
「何それ。怖い?」と隣の少女は不安げに漏らす。
「よく知ってるわね。あの奥よ」
エリカは資料室の奥を指さした。
頑丈な鉄製の扉が侵入者を拒むように閉まっている。
下級生に緊張が走った。
「その…見ることはできないんですか?」
首を横に振るエリカ。
「ごめんね。それは無理よ。ものすごく古い物だけど厳重に封印が施されて守られているから。持ち出せるのは専門職員だけよ」
「バカね。落神は倒した後の始末も大変だって言われてるじゃない!適切に処理しないと復活するんだから」と得意げに話す少女。
落神を見られない事が残念なのか、それとも少女に言い負かされたのがショックだったのか、がっくりと肩を落とす少年。
「落ち込まないで。他にも面白い物はあるのよ」
エリカは少年の背中を優しく叩いた。
俯いたまま、頷く少年。
エリカは今一度扉を見つめた。
中に保管されているのは確か300年前に出現したとされる上級落神。
結界が張られてから初めての大物だったと聞く。珍しい物には目のない誰かが研究のために持ち帰ったのだろう。だが、ここに運ばれて200年。
もはや干からびてミイラ化しているはずだ。
最近では研究をしている者の話すら聞いた事はない。
長主からの許可も下りていないのだから当たり前か。
上級落神は強く、再生速度も速いというのは割と知られている事実だからだ。
運悪く再生されても困るというのは建前で本当のところはよくわからない。
そのため、閉め切られているのだ。
そのはずなのだが…。
開かずの間の前には埃が散らばっていた。
ただそれだけだ。
だが、何かが気になる…。
恐る恐る近づき、扉に手のひらを添わせる。
二つの銅の板で閉められているはずのそれはいとも簡単に軋む。
驚いたエリカは力を込め、思いっきり開け放った。
生ぬるい風が頬をかすめる。
中は埃っぽい小さな空間が広がっていた。その中央には古びた祠が置いてある。
納められているのは上級落神の前足だ。
それはエリカも知っている。だが、同僚の誰もこの部屋に入った事はない。
そう言ったのは、ここの学芸員の青年だ。
『それがここに勤める者の暗黙のルールなんだ』
そう言った彼のねちっこい声が聞こえてくる。
今、そう自慢したあの学芸員がいないのが残念だ。
誰が見てもわかるほどの異常事態が起きているのに。
祠が開いている?
エリカはみるみる青白くなっていった。
「大変!」と思わず声を上げた。
そこにはあるはずの物がない。カラだわ!
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