第27話

エリカはガラスケースに収められた小さな銅像の前で足を止める。

「それでは最初の長主の名もわかりますね?」

「偉大なる方、ラインベルト・ローズメリィ様です」

背の低い少年が答えた。

「その通りです」

 

 知る限り、国の最高権力者を長主と呼ぶのはスフィルの中ではローズメリィ帝国だけだ。エリカは銅像のケースに手を添えた。

「この像はラインベルト長主様が大陸の主となれた瞬間を再現したものです」

筋肉隆々の鍛え上げられた体、太く長い足に意志の強い眼差し、片手には大剣。

地面すれすれのマントを羽織り、左足を前に出し、踏ん張る様子が象られている。


ラインベルトが国を統一したのは20代前半だったはずだ。

だが、こちらを見上げる動かない男には立派な髭があり、しわも刻まれている。

おそらく、当時は老年が美徳されたのだろう。

 

今じゃあ、年配の英雄は若々しい人物に美化される事がほとんどだ。常識なんて結構簡単に変わってしまうんだなと思った。それでも彼がこの国において神に等しい事に変わりはない。代々の長主と区別するために名前の最初に“偉大なる方”とつけるのもそのためだ。


エリカはゆったりと笑った。

「さすがにこれぐらいはお手のものよね」

おどけたように言えば、笑い声が至る所で上がる。

エリカは小さく息を吐く。


資料館に出入りする学芸員から新入生の施設案内役を頼まれたのだ。

正直、タダなら断った。

こっちだって忙しいのだ。しかし、学芸員はさわやかに言った。

『バイト代は出すよ』

いろんな所で愛想をふるまっておいてよかった。何度か会ったこの学芸員はエリカの扱い方を心得ている。もちろん若い彼に下心があるのにも気づいているが…。

 

それでもお金が出るのだ。

ただ、機械のようにこなしているようでは一流とは言えない。

後輩たちが興味を持つ持たないにかかわらずユーモラスさは必要だ。

どんな場面であっても…。


ふと、全面に張られたガラスの向こうで慌てたように階段を下りていく青年が気になった。その胸元に揺れる何かが太陽の光に反射している。

ただそれだけの出来事だ。


確か、この前あったBBの全州大会に出場していた生徒だわ…。

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