第23話
ソールは氷漬けになったドラゴンの頭部を確認して立ち止まった。
どうやら危険は去ったようだ。ホッとしていると、
「異世界人よ!」と切羽詰まった誰かの叫び声が耳をかすめた。
振り返るとグラウンドの真ん中で泥まみれの男性がいた。
髪は乱れ、顔の半分は見えない。
「たっ助けてくれ…」
男は震える手をソールに向けた。その必死さに思わず駆け寄ろうとした。
だが、止めたのはセオだった。
一瞬、反応が遅れたその時、ゾロゾロと人が降り立った。
黒いフードを被った男女の一団。
特殊憲兵隊だ!
「見つけたぞ!」
無機質で感情が一切見えない連中はつぶやいた。
「下がってください。奴の処理は我々が…」
小さく会釈した彼らは一斉に手をあげ、力の限り振り下ろす。
「たっ!頼む…」
その瞬間、助けを求めた男性の腸は裂け、血が飛び散った。
だらりと落ちた腕、その目には恐怖と絶望が入り混じっていた。
生暖かい赤い液体がとめどなく流れていく。
吐き気がする。
なぜ皆平気な顔をしているのか意味が分からない。
その場に静寂が流れていた。沈黙を破ったのは、
「異世界人の処理はアンタ達の仕事でしょ!もっと速やかにやりなさいよ。折角のBBの試合なのよ!」という客席の怒りだった。
「そうだ。なんのためにお前ら役人に…高い税金払ってると思ってるんだ!」
と別の観客。
「異世界人の汚い面を我々に見せるな!」
と次から次へと痛烈な批判が飛び交う。
“異世界人”――
それは惑星スフィルとは別の次元、もしくは異なる世界から来訪する者の総称だ。
彼らの存在は太古から語られている。なぜ来るのか?
その記述は時代によって異なる。
“漂流者”、“侵略者”、“破壊者”など様々だ。
ある歴史家は「異世界人のおかげでスフィルは発展した」と言った。
だが「彼らのせいでこの星の伝統、または根付くはずだった文化を破壊した」とも言われる。
故にスフィルにある多くの国々は“彼ら”を異端の者として敵意を向けている。
ローズメリィ帝国でも同様であり、数百年前に大規模粛清によりその数を減らしてはいるが、今でも度々、奴らはやってくる。
それもあってか、現代では異世界人が出現したという報告は少ない。
そうした流れてくる異世界人を処理するのが特殊憲兵隊だ。
ソールは何か言おうとした。だが、言葉がまとまらない。全く、甘い言葉をはく天才だとかバカ丸出しのあだ名をつけられているっていうのに肝心な時に何もできない。
心底腹が立つ。頭に血がのぼるなか、聞こえてきたのは…。
「待ってください。皆さん。特殊憲兵隊の皆さんに失礼ではありませんか?彼らは異世界人からの脅威から我々を守ってくださっているのです。BBの試合はいつだってできます。むしろけが人が出なかっただけでも幸いなことです」
ベナルの演説がスタジアム内を包み込む。さすが学生会会長だ。その場の空気を変えてしまった。誰も彼の言葉に反論できない。
好き勝手言っていた奴らは居心地が悪そうに肩をすくめていた。
特殊憲兵隊がさっきまで人間だった塊を運んでいく。
ベナルは春うららのような爽快な笑顔を向けた。
「さあ、試合を再開しよう」
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