第16話

「ありがとう。助けてくれて」

エリカはスリの被害者である女性に頭を下げられていた。

貴婦人という言葉がよく似合う人だ。

「気にしないでください。警備の方に不審者がいると伝えただけです」

若い少女が切羽詰まって助けを求めれば、大抵の大人は動くのだ。

その証拠になぜか気を失って倒れていたスリを叩き起こした若い警備員は非常に丁寧な物言いだった。こういう時にどうするかは心得ている。

エリカはそれに答えるようにニッコリと笑い手を振った。


案の定、警備員の彼は頬を染めて恥ずかしそうに去っていく。

さあ、これでやっとお菓子…じゃなかったお嬢様の元へ行ける。


ふいに貴婦人の視線に気づくエリカ。

「その制服…あなたハルモニア学院の生徒さん?」

緑のロングスカートが風でゆれた。

「はい。今日は同級生の応援で…」

はにかむように言うエリカ。

「後輩に助けられるなんてうれしいわ。」

貴婦人は心底嬉しそうに笑った。

「では先輩ですか?」

「ええ、そうよ」

口元をおさえる手にすら気品を感じる。

どうみても上流階級だ。まあ、学院の卒業生という時点で確定だが…。

「今は孫が通ってるわ。テッドっていうの」


テッド?


エリカの周りでは聞かない名前だ。


もしかしたら学年が違うのかもしれない。


ハルモニア高等学院は前期課程と後期課程に分かれている。

主に12歳から15歳までの3年間を前期、16歳から18歳までの期間を後期部と称する。入学試験は前期部と後期部の二回用意されているもほとんどの学生は前期からの入学が大半である。現在、在籍している学生は数百人にのぼる。

つまり、一度も顔をあわせない生徒もいるわけである。


「孫はとても優秀でね」

嬉しそうに語る貴婦人に自然と頬が緩む。

ほとばしる愛情が一心に伝わってくるようだ。

「一時は入学をやめようと思ったのよ。いくら名門といえどね」

意味が分からず首を傾げるエリカ。

「ほらだって。あの汚らわしい連中も一緒に授業を受けているんでしょ。私の頃じゃありえなかったわ」

内緒話をするようにささやく貴婦人に動揺する。

その顔は先ほどとは別人のように歪んでいた。

頭の中に浮かんだ言葉を言えば、目の前のこの女性はどんな変化を見せるのだろう。

「あの私は平民ですけど…」

あえて肩をすくめて見せた。

だが、予想とは違う反応が返ってくる。

「違うわ。私が言っているのは転生系の奴らよ。貴方は正常なるスフィル人でしょう。自分を卑下することはないわ。貴族であるとか平民だとかそんなバカな思想は過去のものよ。むしろ貴方のような正義感溢れる子が後輩にいて嬉しいわ」

 

 心底気遣う女性は背中をさすってくる。まるで母親のように…

だが、エリカの心は沈んでいた。とても複雑な感情が渦巻いてどうしたらいいか分からなかった。ただ、この女性から漂ってくるキツイ香りにシワが寄るだけである。

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