第3話

「探せ!早く捕まえろ!」

複数のドスのきいた男の声が上がる。

鋭い刃がすぐ目の前に迫っていた。

頬をかすめ、血が滴る。

生暖かいそれを感じて現実なのだと思い知らされる。

アイツらは人間なのか?

平気で殺す気だ。

容赦なく…


青年は走っていた。とにかく全力で――


ここはどこだ?

見渡すのは見慣れない建物ばかりだ。

目に入る人々もまるで育った世界とは違った。

あえて言うなら、ドラマや漫画によく出てくる中世世界に似ている。

それでも何かが違う。

 

追いかけてくる連中が使う摩訶不思議な術は魔法的だ。

火の玉が青年の頭をかすめる。


ここは俺の真の力が発揮されるシーンではないのか?


そう願ってもただの獲物でしかない。


生気を失った青年は機械的に足を動かした。


俺は今どこにいる?

ファンタジーの世界に迷い込んだのか?

ひどくのどが渇く。

そういえば、昨日から何も食べていない。

こんな時でさえ、空腹を感じるのか?

足が痛い。マメがつぶれたようだ。


誰か助けてくれ――


誰でもいいから…


息が上がる。いまだかつてこれほど命の危険にさらされた事があっただろうか?

涙が止まらない。もうあきらめてしまおうか?

そう、頭の中で文字の羅列が出ては消える。


そして決まって走れと告げるのだ。


止まったら一貫の終わりだと――


これが生存本能なのか…


クソっ!なぜだ、なぜこんな事に!


頼む。贅沢は言わない。元の世界に戻してくれ!


青年は運命を呪った。


つい昨日までは普通に暮らしていた。

特にいい事があったわけではない。

けれど悪かったわけでもない。

プラスマイナスゼロの日々。

ドラマ性のない人生に悪態をついていた自分を叱りたい。


だが、後悔後に立たずだ…


一瞬…期待したんだ。突然放り出された見知らぬ地。

これは物語にありがちな展開だと…

ついに俺にもこの時が来たのだと興奮した。


そして同時に恐怖感が襲ってきた。


バカだよ。物語のようにはならないって。

ヒーローではないって分かっていたはずなのに…

こんな展開はヒドイぜ…


夢なら早く冷めてくれ。なんでもするから…

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