第93話 反則


 暫くの間、俺はエリスたち3人に前後から抱き締められていた。

 心が凄く温かいけど……冷静に考えるとちょっと不味くないか? 装備越しだけど色々なところが当たってるんだよ。みんなも生暖かい目で見てるし。


「エリスもレイナもソフィも……ありがとう。だけど、そろそろ放してくれないかな」


「そ、そうね! 私は別にあんたのことを心配した訳じゃないから!」


「アレク、私は物凄く心配したよ」


「ソフィア、あんたはなんでそういうこと言うのよ! ……ズルいじゃない」


「私はズルくないよ。レイナが素直じゃないだけだから」


 喧嘩する2人を見てエリスがクスクス笑う。うん。これがいつもの感じだよな。


「じゃあ、今度は僕の番ですよね。アレク様……」


 エリザベスは正面から抱くつくと、豊かな胸を押しつけながら俺を見つめる。


「僕、凄く頑張ったんですよ。僕がどんな気持ちでこいつらを連れて来たか……アレク様なら解ってくれますよね?」


 エリザベスはいつも俺の傍にいるエリスたちのことを邪魔だと思ってる。本当は自分が俺の傍にいたいからな。だけど俺のこと1番を考えてみんなを連れて来てくれた。

 息が掛かるほどの距離で、エリザベスは悪戯っぽく笑うと。


「だから……ご褒美をください」


 いきなり俺の唇を塞いだ。


「あー!」「……!」「エリザベス! あんた、何やってんのよ!」


 エリザベスはみんなを完全に無視して、俺の唇を抉じ開けて舌を入れて来た。おい、ちょっとやり過ぎだろ。だけど今回だけは仕方ないか。

 レイナとソフィアが無理矢理引き剥がそうとしたけど、相手がエリザベスだから無理だった。

 3分くらいの長いキスの後、エリザベスはようやく俺から離れる。

 そして勝ち誇るような笑みを浮かべると。


「おまえたちは僕のおかげでアレク様のところに来れたんだからね。それに僕とアレク様のことに、おまえたちが口を挟む筋合いじゃないよ」


「だけど無理矢理キスするなんて……」


「そ、そうだよ……」


「おなえたちは何を言ってるの? 無理矢理じゃないよ。ねえ、アレク様……(本当はもっとアレク様が欲しいんですよ。今日のところは我慢しますけど)」


 エリザベスは耳元で囁くと艶やかに笑う。


「文句があるなら、同じことをすれば良いじゃないか……アレク様に拒絶されない自信があるならね。じゃあ、アレク様。僕は用が済んだので帰りますね」


 そう言うとエリザベスはアッサリと帰って行った。

 だけどこの状況をどうすれば良いんだよ? みんながジト目で見てるんだけど。


(そんなこと……恥ずかし過ぎて、無理に決まってるじゃない!)


(わ、私だって……頑張れば……)


(……………)


 良く聞こえないけどレイナとソフィが何かブツブツ言ってるし。エリスの視線を背中から感じるんだけど……嫌な予感しかしないな。


「とりあえず、こいつをどうするかな」


 別に誤魔化すつもりじゃないけど。『ビステルタの霊廟』を操ってた奴を放置したままだったからな。

 少年の姿をしたそいつは、今も膝を抱えて蹲っている。

 10代前半の線が細い少年って感じで。服も白いワイシャツに制服みたいな黒いズボン。やっぱり中学生にしか見えないよな。


「なあ。みんなが止めるからおまえの処分は保留にしてやるよ。だから俺の質問に応えろ。おまえは転生者なのか? その格好は前世の姿ってことか? おまえの目的は何だよ? どうしてこんなことをした?」


 矢継ぎ早に質問しても全く反応がない。俺も前世ではボッチだったけど、こいつとはタイプが全然違うな。

 相手が誰だろうと嫌なことは嫌だとハッキリ言ったら俺はボッチになった。結局そのせいで……まあ、今さらそんなことどうでも良いけどな。


「おい。質問にくらい応えろよ。おまえのせいでセリカが死にそうになったんだ。おまえには応える義務があるだろ」


(僕はそんなつもりじゃ……僕はそんなつもりじゃ……)


 少年は耳を塞いで膝に顔を埋める。なんか虐めてる気分だけど、悪いのはこいつだからな。


「アレク。そんな言い方をしても……」


 エリスは自分に任せてと視線で告げると、膝立ちになって少年の肩に手を置く。


「ねえ、私たちは貴方を傷つけるつもりはないわ。セリカにしたことは謝って貰うけど、もう2度としないって約束するなら許してあげても良いわ。

 貴方が本当にセリカを殺すつもりなら、もっと凶悪なモンスターを用意することもできたわよね」


 セリカを殺すことが目的なら動いたら反応するゴーレムじゃなくて、凶悪なモンスターで部屋を埋め尽くした方が確実だった。


「そうだよ……僕は殺すつもりなんか……」


 少年は憔悴した顔を上げて、涙を流しながらエリスを見る。


「うん。解ってるわ。だけど貴方だって自分が何をしたのか気づいたわよね。貴方にそのつもりがなくても、セリカが死ぬ可能性があったことは事実よ。だから、こういうときはどうすれば良いか……解るわよね?」


「ご……ごめんなさい……」


 少年は嗚咽を漏らしながら、なんとか言葉を吐き出した。エリスは優しく微笑むと、慰めるように背中を摩る。セリカも仕方ないわねという顔をしていた。やっぱりエリスは凄いな。俺にはこんな真似できない。


「そう言えば、アレク。貴方にまだお礼を言ってなかったわね。助けに来てくれてありがとう。その……嬉しかったわ」


 セリカの頬が少し赤い。まあ、素直に礼を言うのは照れるよな。


「セリカが無事ならそれで良いよ。セリカも俺の大切な仲間だからな」


「アレク、貴方ねえ……そういう台詞はエリスに言いなさいよ」


 セリカがジト目になる。何か変なことを言ったか?


「まったく、アレクはどうしようもないニャ。また被害者を増やすつもりニャ?」


「ライラ、私はそういうんじゃないから!」


「なになに、まさかのセリカ参戦っすか!」


「これで私たち2人以外は全滅ってことかしら」


「シーラとメアまで……お願いだから止めてよ!」


 セリカが慌ててる。何の話かイマイチ良く解らないけど。ライラが俺をディスってることは解った。なんか俺の扱いがどんどん悪くなってる気がするな。

 まあ、それは置いておいて。もう少し情報が欲しいからな。俺たちは少年が落ち着くのを待って話を聞くことにした。


 少年の名前は綾辻翔太あやつじしょうた。予想通りに俺たちと同じ転生者だった。

 『ビステルタの霊廟』のダンジョンマスターに転生した翔太は、2年ほど前に前世の記憶に目覚めた。だけどダンジョンマスターなんて名ばかりで、ルールに従ってモンスターを配置する以外は、ほとんど何もできない状態で過ごして来た。


 だけど1週間ほど前に突然管理画面コントロールパネルに『実装』と書かれたアイコンが出現して、ダンジョンを自由にいじれるようになった。ちょうどティアマットがレベルアップしたタイミングだな。

 それでも翔太はモンスターを強化したくらいで、それ以上のことをするつもりはなかった言う。


「ダンジョンマスターの僕はダンジョンから出ることができなくて……冒険者が羨ましいと思ったけど。殺そうと思ったことは1度もないよ。とおるから貴方たちを邪魔しようって誘われても、初めは断ろうとしたんだ」


 翔太は管理画面からダンジョンの様子を眺めているときに俺たちの存在に気づいた。

 それを同じダンジョンマスターに転生した速水徹はやみとおるって奴に話したら、俺たちの邪魔しようって話を持ち掛けられたそうだ。


 徹って奴は『ギャリングの牢獄』のダンジョンマスターで、冒険者を殺したことを自慢するような性格らしい。まあ、トラップを使って冒険者を殺し捲るような奴だからな。

 翔太のことも『邪魔するだけだから』とそそのかして、セリカを狙ったのもテレポートトラップで魔法阻害区域に転移させたのも全部徹の指示らしい。

 モンスターについても徹って奴は100レベル級の上位アンデッドの集団を配置するように指示したけど、翔太がさすがに駄目だと反対したからゴーレムになったそうだ。


「おまえが騙されたからって、俺は許すつもりはないからな」


「はい、解っています……騙された僕が悪いんだ。謝っても許されることじゃないけど……本当にすみませんでした」


 翔太は本気で後悔してるな。セリカ本人が許してるし、素直に反省してるならこれ以上責める気にはならない。だけど……


 問題は徹って奴の方だな。もし翔太が押し切られて100レベル級のアンデットの配置していたら、セリカは死んでいたかも知れない。

 いや、相手がゴーレムでもセリカが判断を間違えていたら……ふざけるなよ。


「話は解った。とりあえず、翔太のことは後回しだな。俺はこれから『ギャリングの牢獄』に行って来るよ」


 俺が部屋から出て行こうとすると、エリスが手を掴んだ。


「待って、アレク……怖い顔してるわよ。心配だから私たちも一緒に行くわ」


 エリスの言葉にみんなが頷く。俺が何をするつもりかバレバレってことか。


「ああ、解ったよ。だったら翔太も一緒に来るか? おまえだって自分を騙した奴を1発殴りたいとか思うだろ」


「え……でも僕は『ビステルタの霊廟』の外には……」


「物理的に穴を開けて俺たちが入って来たんだから、翔太も出れる筈だ。おまえに来る気があるなら、徹って奴のところに連れて行ってやるよ」


 翔太のことは『鑑定』済みだからな。『ビステルタの霊廟』を出ることでペナルティが発生するようなスキルや特殊効果がある訳じゃない。


「……解りました。僕も徹のところに連れて行ってください」


 何かを決意したように翔太は唇を噛み締める。こういう顔もできるんだな。


「じゃあ、決まりだな。徹って奴を殴りに行くぞ」


 殴るだけで終わるかは相手次第だけどな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る