第92話 怒り


 『ギャリングの牢獄』を操ってる奴は、俺たちがトラップを回避したことが相当頭にきたみたいだな。


 俺たちが動く度に出現するトラップ。だけど俺とアレックスは余裕で避けられるし、キスダルも300レベル台だからな。来ると解っていれば回避できる。

 テレポートトラップくらい俺なら抵抗レジストできるけど、さすがにそれをやるとレベルがバレるからな。


「ホント、しつこいですね。『ギャリングの牢獄』を操っている奴は、貴方並みに性格が歪んでますよ」


 俺たちがトラップを全部回避してしまうから、今度は俺たちを囲むように大量のモンスターがポップした。

 だけど所詮は40階層のモンスターだからな。キスダルが1人で蹂躙してる。

 そう言えばキスダルが戦うところをまともに見るのは初めてだな。俺と戦ったときは、戦いが始まる前に勝負がついたからな。


 殺人人形マーダードールキスダルの武器は2丁の魔銃剣だ。魔力で動作する拳銃の先に魔剣の銃剣が付いてる。

 キスダルが乱射する魔力の弾丸がモンスターの群れに風穴を開ける。接近戦になれば銃剣じゃだけじゃなくてアクロバティックな格闘術も使うから、派手なガンカタって感じで絵になるんだよな。

 だけどスカートで動き捲るから下着が見えて目のやり場に困るんだよ。


 キスダルが戦っているうちに、他の階層を監視してる諜報員たちと『伝言メッセージ』で連絡を取る。他の階層にはトラップもモンスターも突然出現してないようだな。

 つまり俺たちに喧嘩を売ってる奴はプログラムとかじゃなくて手動で操作してるってことだな。

 キスダルが言ったように性格が歪んでるし、ちょっと挑発すれば簡単に引っ掛かるから扱い易い馬鹿って感じだな。


 だけどどうしたものか。真面目なアレックスは冒険者を殺し捲った奴に相当頭にきてるみたいだけど、俺は別に何とも思わない。だってやり方は悪質だけど、ダンジョンで冒険者が死ぬのは覚悟の上だろ。


 危険なダンジョンでトラップを回避してモンスターを倒す。それでレベルを上げて金を稼ぐのが冒険者だよな。ダンジョンが安全な場所なら冒険者なんて要らない。

 トラップで冒険者を狙い撃ちにするダンジョンなんて他にないけど、嫌なら他のダンジョンに行けば良いだけの話だ。


 悪質だから駄目だって言っても、モンスターを使って街を襲わせてる訳でもないし。悪質さのレベルで言えば『始祖竜の遺跡』の方がよっぽどだからな。初見で挑めば確実に全滅するダンジョンと比べれば、トラップやモンスターが突然出現するくらい可愛いモノだろ。


 ジャスティンが依頼したのは『ギャリングの牢獄』の調査だからな。トラップが突然出現するのは事実で冒険者を狙い撃ちにするって報告すれば終わりだ。

 『ギャリングの牢獄』を操っている奴を何とかしろと言われたらどうするかな。

 何者が操っているのか正体は解らないけど。俺も『始祖竜の遺跡』を支配してるからな。そいつの居場所なら見当がついてる。


 だけどそいつの居場所に辿り着くには強引な手段を使う必要があるからな。そこまでやるほどのことをそいつがやってるのか。俺的には微妙なところだと思うけどな。


『アレク、ごめんなさい……セリカが……』


 突然の『伝言』。相手はエリスだ。


「アレックス、キスダル。悪いけど急用ができた。俺は帰るけどまた来るからな」


「おい、アレク。突然どうしたんだ?」


 アレックスの質問に応えないで俺は『転移魔法テレポート』を発動する。

 行き先はエリスたちがいる筈の『ビステルタの霊廟』のラスボスの部屋だ。


※ ※ ※ ※


「みんな、大丈夫か?」


「「「「「アレク!」」」」」


 突然出現した俺にみんなが驚いている。だけどエリスだけは真っ青な顔で、俺の方に駆け寄って来た。


「アレク、セリカが突然消えちゃったの! 貴方に任せて貰ったのに……全部私のせいだわ……」


 突然出現したトラップでセリカが消えたことは『伝言』に書いてあった。

 涙を浮かべるエリスを俺は抱き寄せる。こういうときはこうするモノだよな。


「エリス、大丈夫だ。セリカの居場所ならもう見当がついてるからな」


「え……」


 戸惑うエリスを安心させるために俺は笑みを浮かべて頷く。別に適当なことを言ってる訳じゃない。アレクが常時発動してるレベルMAXの探知サーチ千里眼クレアボヤンスで、セリカが無事なことも何処にいるかも解ってるんだよ。


「みんなでセリカを迎えに行こう」


 俺は再び『転移魔法』を発動してみんなと一緒に転移する。『ビステルタの霊廟』には転移阻害区域がないからな。場所さえ解れば一瞬で移動できる。

 移動した先は最終階層の通路の行き止まりだ。だけど正面の壁に隠し扉シークレットがあることは完全攻略したから解ってるからな。


 隠し扉を開けると広い玄室で、中は俺たちが攻略したときと様変わりしていた。

 壁際に沿って配置されたアイアンゴーレムの大群。部屋の中央には魔法陣が描かれていいて、その中心にセリカがいる。


「セリカ!」


「エリス、駄目よ! 私に近づいて来ないで! この魔法陣の中は魔法が発動できないのよ!」


 アイアンゴーレムは近づくと動き出すタイプだから、セリカが動かなかったのは正解だ。スペルキャスターのセリカが魔法なしで最終階層のモンスターの大群と戦うのはさすがに無茶だからな。


「セリカ、大丈夫よ。ゴーレムなんて……」


 レイナの台詞が終わる前に俺は動いていた。俺に反応して動き出したゴーレムの群れを次々と素手で粉砕する。

 みんなが唖然としてるけど構わない。俺は怒ってるんだよ。


「アレク……」


 セリカも戸惑ってるけどゴーレムを全滅させる方が先だ。みんなも参戦したから全滅させるまで数分だった。


「おい。『ビステルタの霊廟』を操ってる奴。おまえは自分が何をしたのか解ってるのか? スペルキャスターをテレポートラップで魔法阻害区域に転移させるなんて、完全にハメ技だからな。セリカが動いてたらゴーレムに殺されていたし。動かなくても脱出不可能で時間が経てば衰弱死するだろ」


 俺が言ってることは決して大げさじゃない。『ビステルタの霊廟』を完全攻略してなければ、この部屋の存在にすら気づかない可能性があるし。アレクじゃなければセリカの居場所を直ぐに見つけることはできなかった。


 テレポートトラップは別の階層に転移させることもできるからな。『ビステルタの霊廟』を虱潰しに探したら相当な時間が掛かるから、その前にセリカが持っている食料や水が尽きても不思議じゃない。


 さっきは『ギャリングの牢獄』を操って冒険者を狙い撃ちにしてる奴を、強引な手段を使ってまで何とかするのは微妙だと言ったけど。俺の仲間を狙うなら話は別だ。

 俺は正義の味方じゃないからな。知らない冒険者がダンジョンで死のうと関係ない。

 だけど俺の仲間を殺そうとするなら、絶対に許さないからな。


 俺の問い掛けに『ビステルタの霊廟』を操ってる奴は何も応えなかった。まあ、聞こえているかも解らないし。俺も期待した訳じゃない。

 だけどそいつがいる場所の見当はついてるからな。セリカを狙い撃ちにした落とし前はつけてやる。


 俺は再び『転移魔法』を発動してみんなと一緒にラスボスの部屋に戻る。ティアマットがリポップしたけど相手をしてる暇がないからな。ワンパンで倒した。


「みんな。悪いけど俺から離れていてくれ」


 俺は部屋の中心に立って全力で床を殴りつける。俺のステータスに負けた床は陥没して大穴が開く。俺はダンジョンが好きだから壊したくなかったけど仕方ない。ラスボスの部屋の下には闇に包まれた空間が広がっていた。


 俺は穴に飛び込んで探知サーチに反応する奴がいる方に向かう。穴を開ける前は探知に反応しなかったけど、今は奴の居場所がハッキリと解る。

 闇に包まれた空間が突然途切れて、俺の視界に映るのは立方体の部屋だ。


 四方の壁に『ビステルタの霊廟』の中の映像が映し出されてる。ダンジョン管理室コントロールルームだ。

 『遺跡の支配者』のギミックを発動したら『始祖竜の遺跡』の管理室に入ることができるようになった。だから他のダンジョンにも管理室があるんじゃないかって思ってたんだよ。


 部屋の中にいたのは膝を抱えて蹲る少年。中学生くらいの日本人に見える。だけどそんなことはどうでも良い。

 俺は少年に無言で近づくと、襟首を掴んで強引に立たせた。


「セリカを殺そうとしたのはおまえだな」


「僕は……そんなつもりじゃ……」


 少年は涙を流しながら震えてるけど知ったことじゃない。こいつはセリカを殺そうとしたんだからな。

 俺は床に叩きつけて本気で殺すつもりだった。


「アレク、駄目! 貴方はそんなことをする人じゃないわ!」


 だけどエリスが俺の腕を掴んで止める。どうしてエリスがここにいるんだ?


「アレク様。勝手なことをして申し訳ありません。僕はこんな奴なんてどうでも良いですけど、アレク様に後悔して欲しくなかったんですよ」


 闇の中からみんなと一緒にエリザベスが姿を現す。ああ、エリザベスの仕業か。こいつも『伝言』でセリカのことを教えてくれたんだよな。


「エリス、どうして止めるんだよ? こいつはセリカを殺そうとしたんだぞ」


「アレク、私は無事だったんだから! そこまでしなくて良いわ!」


 セリカまで駆け寄って来て俺を止める。レイナとソフィアも真剣な顔で俺を見つめてる。

 そこで俺はようやく気づいた。自分が冷静じゃないことに。

 こんな奴は殺してしまえば良いと今でも思ってるけど……この気持ちは俺のエゴだな。


「……解った。俺が勝手に暴走しただけみたいだな」


 俺が少年を放すと、エリスが背中から俺を抱きしめた。


「そんなことないわ……アレクがセリカのために怒ってくれたことは嬉しいのよ。だけど……ごめんなさい。私は怒りに任せて人を殺させたくなかったの……」


 エリスが泣いてる。何でエリスが謝るんだよ。


「アレク……あんたは馬鹿なんだから……」


「そうだよ、アレク……全部1人でやろうとしたら駄目だよ……」


 レイナとソフィアも俺に抱きついて来た。どうしたんだよ、みんな? だけど……今の気持ちを上手く説明できないけど。なんか凄く温かいな。


「アレク様なら解ってると思いますけど。僕が邪魔しないのは今日だけですからね」


 エリザベスが悪戯っぽく笑う。ああ、解ってるよ。おまえにはまた埋め合わせしないとな。

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