第90話 ガスライト帝国の皇帝


「大した理由じゃないと言うとアレクに失礼かもしれないが。俺はアレックスの恩人のアレクに会いたかったんだよ」


 ガスライト帝国皇帝ジャスティン・ブレックスはそう言った後、本当に他愛のない話を始めた。

 一緒に飯を食べながら。当然のように酒も飲んでいる。


 こんな俺でもガスライト帝国の皇帝が勤まるんだとか。宰相としてのアレックスの糞真面目な働きぶりだとか。

 俺のことを探る訳でもなく、相手を知るにはまずは自分から胸襟を開くって感じだな。

 俺は人を簡単に信用しないけど。ジャスティンが悪い奴じゃないのは解ったから、こっちも構えずに話した。


「俺が前世の記憶に目覚めてから2年半くらい経つけど。アレックスたちみたいに俺よりずっと前に転生した奴に会ったのは初めてなんだ。

 おまえたちが信じる信じないは勝手だけど、俺はこの世界を楽しみたいだけだからな。敵を増やすより味方を増やしたいと思ってるよ」


「だがな、アレク。君ほどの力がある存在がいることを知れば、大半の者が脅威と感じて警戒するか、利用しようとするだろう。

 正直に言えば、俺も地位や財をエサにアレクをガスライト帝国に引き込みたいと思っている。そうしないのは君がアレックスの恩人だからだ」


 ジャスティンは真顔で言ってからニヤリと笑う。俺が誘いに乗るなら歓迎すると言いたいみたいだな。


「ジャスティン。悪いけど俺は金や地位に興味がないからな。仲間たちとダンジョンに潜れば金は手に入るし。地位なんて邪魔なだけだって思ってるよ」


「ああ、勿論解っている。そういうものに興味がある奴が、魔王の地位を捨てる筈がないからな。だが俺には他に提供できるものがない。俺を信じてくれとか青臭いことを言う歳でもないからな」


 ジャスティンはガスライト帝国の皇帝だから政治手腕にも長けてるだろうし。他の国との交渉事なんて日常茶飯事だろ。

 だから俺を言いくるめるなんて簡単な筈だけど。あくまでも正直ベースで話してるよな。


 いや、本当のところはそう思わせるのがジャスティンの作戦かも知れない。

 だけどそこまで疑うつもりはない。疑いだしたらキリがないからな。


「アレク。今日は本当に君と話せて良かった。アレックスとはこれからも仲良くやってくれ。何か困ったことがあって、それが俺にできそうなことなら相談には乗るからな。どうにかしてやるなどと安請け合いする気はないが」


「ああ。俺は政治に疎いからな。困ったら相談させてくれよ。俺には前世の記憶に目覚める前のアレクの記憶があるけど、恐怖政治をやる気はないからな」


 魔王アレクがやったことは政治というより、力ずくで相手を従わせただけだからな。


 お互いのことをそれなりに話したし。そろそろお開きって感じだった。


「なあ、ジャスティン。アレックスの恩人としての話はこれで終わりで良いよな。ここからは冒険者アレクとして話を聞くけど。俺に何か訊きたいことがあるんじゃないのか?」


 今日はアレックスの恩人として招いから、この場を利用して別の話をするつもりはない。

 ジャスティンがそう決めて筋を通したから、俺の方から話を振ることにしたんだよ。


「なるほど。そういうことか……アレクは自分が政治に疎いと言っていたが、情報収集には長けているようだな」


「俺を買い被るなよ。情報収集は基本だから怠らないだけだ」


 政治とか以前の問題で、俺が情報を集めるのは自分と仲間たちを守るためだ。

 ジャスティンはニヤリと笑ってるけど、何か勘違いしてるだろ。


「ならばアレクの好意に甘えさせて貰おう。君と会う約束をした後に、俺には君に頼みたいことができた。ダンジョンに異変が起きていることは知っているだろう?」


「ああ。ダンジョンの構造が変わったり新しいトラップが設置されたことだよな。あとは出現するモンスターの数が増えたり、強くなってる」


「そうだ。ガスライト帝国のダンジョンで特に問題になっているのはトラップの件だ。新たに設置されたトラップによって死者が続出している」


 ガスライト帝国のダンジョンも構造が変わって、出現するモンスターが強化されている。

 トラップもテレポートや落とし穴を使った凶悪なものが多数設置されたんだよ。


 だけどトラップなんてダンジョンに付き物だし。どんなに凶悪なトラップだって、作動する前に発見すれば問題ない。そんなことは冒険者の常識だけど。


「ガスライト帝国のダンジョンで、この1週間のうちに100人以上の冒険者が死んでるよな。トラップの難易度だけの話にしては余りにも急激に増えてる」


 とは言え自分から危険なダンジョンに挑む冒険者の話だからな。普通は皇帝が気に病むようなことじゃない。

 だけどジャスティンは人気取りのためじゃなくて、市民レベルの問題も無視しない奴なんだよな。今は宰相のアレックスに丸投げしてるけどね。


「そこまで知っているなら話が早い。あくまでも冒険者から聞いた話で、裏が取れている訳じゃないが。トラップが突然出現したという証言が続出しているんだ。

 ダンジョンに一体何が起きているのか。アレクなら何か知っているんじゃないか? もし知っているなら教えて貰えないか」


「俺だってダンジョンが変化するのは初めての経験だからな。ジャスティンが期待してるほど詳しい訳じゃないよ」


 ゲームのときはダンジョンの構造が変わることもトラップが増えることもなかった。


「ああ、そうだよな。ゲームのときはこんなことは起きなかったからな」


 俺たちに気を遣ってずっと黙って話を聞いていたアレックスが苦々しげに言う。

 自分の転生者としての知識が役に立たないことに、真面目なアレックスは責任を感じているんだろうな。


「そうか……アレク、変な期待をして済まなかったな。今の話は忘れてくれ」


 ジャスティンまで俺に気を遣ってこんなことを言うけど。


「何を勝手に勘違いしてるんだよ。別に確証がある訳じゃないけど、可能性として考えていることはあるんだ」


 俺も一応は『始祖竜の遺跡』の支配者だからな。ダンジョンをどうやって支配するのかは理解している。

 だから今回のダンジョンの変化の原因について、幾つか仮説を立ててるんだよ。


「つまりアレクは俺たちに協力してくれると考えて良いのか?」


「まあ、俺の仮説を検証するなら。実際に変化が起きてるダンジョンに行ってみるのが手っ取り早いからな」


 トラップが突然出現するとか。それが本当なら他人事じゃない。俺には効かないけど、エリスたちにとっては問題だからな。


「アレク。ならば済まないが、ダンジョンの調査に行ってくれるか。勿論、相応の報酬を用意する」


 まあ、報酬なんてどうでも良いけどね。

 アレックスも絡んでるし。俺自身としてもみんなの安全のために調査がしたいからな。

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