第86話 4人目


 ケイリヒトが俺たちとアレックス、トライアンフの関係に口を挟まないという条件は反故にするとみんなに伝えた。

 だったら何のために戦ったんだよとツッコまれるかと思ったけど、誰も文句は言わなかった。


「ほら、ケイリヒト」


「アレックス……解っているわよ!」


 アレックスに促されて、ケイリヒトはバツの悪い顔でみんなの前に立つ。


「眼中にないとか、貴方たちを馬鹿にするような発言をして……私が悪かったわよ! もう二度としないから……アレク、これで良いでしょ!」


 みんなと目を合わせないし、全然気持ちが籠ってないけどな。ケイリヒトはプライドが高いから、自分が言ったことは守るだろ。


「あとは俺の仲間たちに干渉しないこと。こっちも必ず守れよ」


「アレク、貴方もしつこいわね。私の言葉に二言はないわよ」


 貴方も約束を絶対に守りなさいよと、ケイリヒトが俺を睨む。

 勿論、俺はアレックスとトライアンフを裏切るつもりはないよ。みんなに害が及ばない限りはね。


『ねえ、アレク様。話がついたようですし、僕がそのエルフを殺して良いですね』


『アレク様に度重なる無礼を働いた馬鹿を、私の手で殺したいのですが……駄目でしょうか?』


 エリザベスとサターニャから殺害許可を求める『伝言メッセージ』がお約束みたいに届いたけど。勿論駄目に決まってるだろ。


『近いうちにこの前言った埋め合わせをするからさ。もう暫く大人しくしてくれよ』


『解りましたよ。アレク様、僕は物凄く期待していますからね……心も身体も』


『はい、アレク様。これで私の全てをアレク様に……』


 なんか嫌な予感しかしないんだけど。過剰な要求は断固断るからな。


「ねえ、アレク……」


 レイナが何故か恥ずかしそうな顔をしてる。レイナにしては珍しいな。


「どうしたんだよ、レイナ。何かあったのか?」


「別に何でもないわよ。あんたが私たちのために戦ってくれて……(私は嬉しかったんだからね)」


 最後の部分が良く聞き取れないけど。お礼を言いたいことは解ったよ。


「アレク、格好良かったよ。それと……アレク、大(好き)……丈夫だった?」


 ソフィアが顔を真っ赤にして言う。ああ、勿論俺は大丈夫だけどさ。


「アレク、私にもお礼を言わせて」


 エリスはそう言って俺の前に立つと。


「アレク、私も嬉しかったわ。でも……貴方のことは信頼してるけど、心配するなって言われても無理よ。もう……毎回無茶をするんだから」


 俺を見つめて困ったような顔をする。ケイリヒトの攻撃を全部受けたのはやり過ぎだったかな。

 だけど俺としては無茶をしたつもりはないからな。今度はもっと説明してからやることにするか。


「ふーん……2,000レベル超えのアレクも男としては全然駄目ね。その点うちのアレックスは馬鹿だけど、そっち・・・のレベルも高いわよ」


「おい、ケイリヒト。何をするんだよ!」


 ケイリヒトにいきなり抱きつかれて、アレックスが慌ててる。

 俺がディスられたのは解るけど、どういう意味だよ。


「あんた、何言ってんのよ。アレクだって……」


「そうだよ。アレクは……」


「アレクは優しいから……」


 レイナたちが俺をフォローしようとしてくれたけど、途中で勢いがなくなったのは何故だ?

 ケイリヒトが勝ち誇るように笑ってるのも、レイナが悔しそうに睨んでるのも俺のせいなのか?


「ケイリヒト、それくらいにしろよ。とりあえず決着がついたんだからよ。さっさと飲みに行くぜ」


 トライアンフが空気を読まずに割り込んで来た。


「トライアンフ、また飲むのかよ」


「何言ったんだ、アレク。俺たちが友好関係を結んだ祝いだからな。今日は徹底的に飲もうぜ。なあ、グランとガルドも俺が鍛えてやるからよ!」


 俺たちが一緒に行くのは確定なのか。まあ、ケイリヒトも行くみたいだし。酒くらい付き合うけどさ。でもその前に……


「トライアンフ、俺にはちょっとやることがあるんだよ。後で合流するから、みんなと先に行ってくれよ」


 今度は何をやるつもりなんだとジト目で訊かれたけど。大したことじゃないと言ってみんなと別れた。


※ ※ ※ ※


 俺が向かったのは、ケイリヒトと戦った場所から1kmほど離れた茂みだ。この距離ならアレクが常時発動してる『索敵サーチ』と『千里眼クレアボヤンス』の効果範囲なんだよ。


「隠れていても無駄だからな。ていうかさ……おまえ、俺を試してるだろ」


 茂みの奥から姿を現わしたのは雪豹の獣人。アレックスの昔の仲間の1人、レヴィン・ペトリューシカだ。


「ああ、その通りさ。アレク・クロネンワースはあたしが想像していた通りに食えない男だね」


 縦長の瞳孔の目が面白がるように俺を見てる。まあ、それは良いんだけど……雪豹の獣人のくせにビキニにショートパンツという露出度が高い格好だから、目のやり場に困るんだよ。

 ウエストは細いのに出るところは出てる……いや、俺は何を考えてるんだよ。


 エリザベスとサターニャは感触的に攻めて来るけど、露出度は普通だからな。視覚的な攻撃に俺は慣れてないんだよ。


「それで……レヴィン・ペトロ―シュカ。おまえの目的は何だよ」


 目を反らすと何か負けた気がするからな。俺はレヴィンの顔だけを見る。


「あんたの実力を探るのと、ケイリヒトの奴が痛い目を見るのを見物することだよ。あいつは何でも1人で抱え込もうとするから。あんたに負けたことは良い薬になったんじゃないかい」


「何だよ。まるでケイリヒトが負けたことを喜んでるみたいな台詞だな」


「ああ。あたしはケイリヒトが嫌いだからね」


 レヴィンはニヤリと笑う。初めて直接会った・・・・・印象としては、何を考えているのか解らない奴だな。

 ケイリヒトみたいに敵意を向けて来る訳じゃないし、アレックスみたいな真面目な感じでもない。トライアンフみたいに単純な奴とは真逆だよな。


「アレク、あんたのやったことはお節介が過ぎると思うけどね。あんたみたいな男、あたしは嫌いじゃないよ……今度獣人国ギスペルに来たら、盗賊ギルドであたしの名前を出しなよ。たっぷり歓迎してあげるからさ」


 レヴィンは片目を瞑ると『転移魔法』で姿を消す。なんか色んな意味で印象に残る奴だったな。

 レヴィンのことも諜報部隊に調べさせたから、悪い奴じゃないことは解ってるけど。

 今回の件に自分は関わらないで、高みの見物をしていたことが少し気になるな……いや、露出度が高いから気になる訳じゃないからな。


※ ※ ※ ※


 その後はみんなとガシュベルに戻って、トライアンフと最初に会った高級店で宴会になった。トライアンフがいると毎回宴会になるよな。

 そう言えばキスダルも宴会に来たけど、今回は最後まで完全に空気だったな。


 俺はレイナたちとケイリヒトが喧嘩しないか心配だったけど。ケイリヒトは約束を守って何も仕掛けて来なかったし。レイナたち3人も何故か俺の傍にずっといたから喧嘩にはならなかった。


 それにしても、なんか3人とも物理的な距離が妙に近かったよな。みんな酔ったみたいで、赤い顔で俺のことを見てた気がするけど。視線を向けても目が合わなかったし、どうしたのかって訊いても『何でもない』って言ってたから、俺の気のせいだよな。

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