第69話 紆余曲折
「皆さん。大した御もてなしもできませんが、今夜はゆっくりと寛いで下さい」
俺たちが風呂から上がると、直ぐに夕食になった。
普通は女子の方が風呂は長いけど、今日は俺たちも話をしてたからな。悪い、ちょっと待たせたか。
まだ物資が不足している筈なのに、クエスが出してくれた料理はどれも旨かった。
酒もグランとガルドが満足するだけの量が用意されており、クエスに余計な負担をさせたかもな。
今度お礼として物資を届けに来るか。
それでクエスの様子だけど。態度がおかしかったの最初だけで、復興の現場を見せて貰ったときはみんなと普通に話していた。
今もみんなの席を順番に周って楽しそうに話しているし。少しは打ち解けた感じだな。
イルマーハ辺境伯として、クエスには領民を守る責任がある。それを十分理解してるから、クエスは懸命に頑張っているんだよな。
だけどトップだから部下に弱音を吐く訳にもいかないし。年が近いエリスたちと友達になれればとちょっと思っていたんだよ。
エボファンの世界でもエルフは長命だけど、大人になるまでの成長速度は人間と変わらない。
クエスはまだ17歳だ……いや、女子に年齢を聞いた訳じゃなくて、普通にステータス画面を見せてくれたんだよ。
「アレク様、料理の味は如何でしょうか?」
俺のところに来たクエスが、ちょっと心配そうに訊く。
「ああ。どの料理も旨いよ。さすがはクエスだな」
「そう言って頂けると嬉しいです」
そんな感じで何気ない話をしていると、レイナが絡んできた。
「ねえ、クエス……あんた、本当は全然反省なんかしてないでしょ」
「おい、レイナ……」
「アレク、大丈夫よ。喧嘩を売ってる訳じゃないから」
レイナは不敵な笑みを浮かべる。だけどこれがレイナの通常モードだ。喧嘩をする気ならとうに手が出てる。
「クエス、私は腹を割って話したいだけよ。あれくらいで反省するなら、あんたも初めから挑発なんてしないわよね」
「レイナさん、そんなことは……」
「『さん』は要らないわ。私だって呼び捨てにしてるんだから、あんたもしなさいよ。
さあ……誤魔化さないで、あんたの本音を言いなさい」
レイナらしいやり方だけど。いきなり本音を言えと言われてもな。
「クエスさん……いいえ、クエス。私も呼び捨てにさせて貰うわ」
今度はエリスが入って来た。心配しないでと優しく微笑む。
「レイナは貴方の気持ちが知りたいのよ。私もそう……先に伝えておくけど、私たちはクエスの邪魔をするつもりはないから。正々堂々と勝負しましょう」
「ちょっと、待って! 私も入れてよ!」
やっぱりソフィアも来たか。
「ねえ、クエス。私はクエスの気持ちも解る気がするから……焦らないで良いと思うよ。だってアレクは……」
ソフィアはチラッと俺を見て溜息を吐く。え……そこで止めるのか。
「レイナ、エリス、ソフィア……ごめんなさい。私はアレク様と一緒にいられる皆さんが羨ましかった……いえ、妬ましいんです」
マイナスな発言してるのに、クエスは背を伸ばして凛としている。
「今もその気持ちに変わりはありませんから、レイナが言ったように反省なんかしていません。
ですがアレク様や皆さんに不快な思いをさせてしまったことは本当に反省しています。次からはもっと上手くやりますので、許して貰えませんか」
うーん……これがクエスの本音なのか。なんか色々と引っ掛かるところがあるな。
「ふーん……まあ、クエスの気持ちも解らなくはないし。正直に話したんだから許してあげるわよ。
でもエリザベスのことはどうなのよ? エリザベスだってあんたよりアレクの近くにいるわよね。あんたはあいつにも喧嘩を売ったの?」
「いいえ、エリザベス様は……」
クエスは何かに気づいたのか、唖然とした顔をする。
「ああ、そういうことでしたか。私は誤解していました。私の思い込みのせいで、皆さんにはご迷惑をお掛けしました」
「あんた、何を勝手に納得してるのよ。私たちにも解るように説明しなさいよ」
「え……ですが、それはちょっと……恥ずかしい話ですので……」
クエスは急に頬を染めてモジモジする。さっきまでの凛としたクエスとはまるで別人みたいだ。
「あのねえ……ホント、訳が解らないんだけど。あんた、私たちのこと馬鹿にしてる?」
「いいえ、決してそのようなことは……解りました。レイナ、ちょっと耳を貸して下さい」
クエスが何か囁くと。
「……げぇ! あんた、マジで言ってんの?」
「はい。イルマーハ辺境伯の名に懸けて誓います」
「なになに? クエス、私にも教えてよ」
「私にも良いかしら」
ソフィアとエリスも話を聞くと……完全に引いていた。
なあ、クエス。どんな話をしたんだよ……いや、聞きたくない気もするけど。
「でも……(性癖は)人それぞれだから」
「だけど、あんたと同じだと思われたのは頭に来るわね」
「それについては、本当に申し訳ありません。相手がエリザベス様ですので、まさか正面から挑んでいるとは思いませんでした」
「それもそうだよね……エリザベスさんって綺麗だけど怖いし」
だから何の話をしてるんだよ……まあ、4人が打ち解けたならそれで良いか。
「ところで、クエス。エリザベスもここに来たのよね。あいつ、なんか変なことしなかった?」
「変なことですか? エリザベス様はアレク様とずっと一緒にいらっしゃって、ボディータッチは激しかったですが……」
「ふーん……アレク、あんたはいつもエリザベスとイチャイチャしてるんだ?」
いや、誤解だからな。エリザベスが勝手にやってるだけで……エリスとソフィアもジト目で見るなよ。
「あとは……アレク様に『あーん』って食べて頂きました。うふふ……私も一緒にさせて頂いたんですよ」
「「「え……」」」
レイナたち3人の目が一気に冷たくなる。
「いや、確かに恥ずかしい話だけどさ。別に大したことじゃないだろ」
間接キスとか。小学生じゃないんだから。
「アレクは気にしないんだ? だったら……」
ソフィアは慌てて自分の席に戻ると、料理が乗った皿を持って来る。
「ねえ、アレク。私も食べさせてあげるね。はい、あーん!」
「おい、ソフィア。待てって……」
口元に迫るフォーク。まあ、普通に食べるけど。
「アレクが私のフォークで食べてくれた……私、嬉しいよ!」
そんなに喜ぶなよ。大袈裟だな。
「嘘でしょ……アレク、あんたは本当に女に弱いわね」
今度はレイナが自分の皿を取りに行って、ツカツカと靴音を立てながら戻って来た。
おもむろに肉をフォークで刺すと、俺の方に突き出す。
「ほら……口を空けなさいよ。ソフィアのは食べて、私のは食べないとか言わないわよね?」
それって脅迫だよな? 食べるけどさ。
「……何だ、普通に食べるじゃない。あ……別にあんたに食べさたかった訳じゃないからね!」
おい、レイナ。ツンデレかよ。
「アレク様……私にも『あーん』させてください」
次はクエスか。まあ、こうなるよな。
「みんな、いい加減にしなさいよ。アレクが困ってるじゃない」
エリスだけは参加しないでみんなを止めてくれた。
やっぱりエリスは俺のことを解ってくれるな……だけどなんか羨ましそうな顔に見えるのは俺の気のせいだよな。
「ちょっと外の空気を吸って来るよ」
別に食べさせられるくらい構わないけど。面倒臭いとは思った。
バルコニーで1人でいると、エリスがやって来た。
「アレク……大丈夫?」
「エリス……さっきは助かったよ。あのままだと収拾がつかなかったからな」
「別に良いわよ。さすがに私もどうかと思ったから」
エリスと話していると落ちつくよな。
「何かさ……エリスには助けられてばかりだな」
「そんなことないわよ。私の方こそアレクに助けて貰ってばかりだから」
「いや、俺の方こそ……」
「いいえ、私の方こそ……」
互いに譲らないから、2人で思わず笑ってしまった。
前世の俺に友達なんていなかったけど、エリスといると友達ってこんな感じなんだろうなって思う。
「なあ、エリス……おまえは俺のことを良く解ってくれるけどさ。俺はそこまでエリスのことを理解してる自信がないんだ。
だから教えてくれないか。たとえばさ、エリスが今俺にして欲しいことって何だよ?」
別に何かを意識して言った言葉じゃない。
素直にエリスがして欲しいことを聞きたかっただけだ。
「え……わ、私は……」
「何だよ、エリス。遠慮なんかしなくて良いからさ」
「で、でも……こんなことを言ったら、アレクに幻滅されるから……」
「そんなことないって。俺はエリスのことを信頼してるからな」
前世の俺なら『信頼』なんて言葉は絶対に言わなかったな。
「だったら……絶対に笑わないでよ」
エリスは念を押してから、
「私も……本当はアレクに『あーん』ってしたかったの」
俺は思わず笑ってしまう。だから羨ましそうにしてたのか。
「アレク……笑わないって約束したじゃない」
「ごめん、悪かったよ。エリスがそんなことを言うなんて想像してなかったから」
やっぱり俺はエリスのことが解っていないみたいだ。
もっとエリスのこと理解しないと……いや、理解したい。
「私がこんなことを言うのは可笑しいわよね……アレク、忘れて」
「いや、別に構わないだろ。みんなもやったことだし」
そう言うとエリスは何故か苦笑する。
(みんなと一緒じゃ嫌なのに……やっぱり私の気持ちは伝わらないわね)
小声で何か言ったけど、俺には聞こえなかった。
「なあ、エリス。俺、何か変なことを言ったか?」
「さあ……それくらい自分で考えなさいよ」
エリスにしては珍しい意地悪な言い方だけど……決して嫌な感じじゃなかった。
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