第58話 決戦前


 俺たちがカスバル要塞に来てから、そろそろ1ヶ月が経とうとしている。

 バレスはあれから何度も魔族軍を率いて、カスバル要塞に攻めて来た。

 毎回決まったようにモンスターを前面に押し立てて、魔族たちはほとんど前線に立とうとしなかった。


 バレスが指示したのもあるけど、バレスから聞いた話だと部下たちも自分から前線に立とうとはしなかったそうだ。

 まあ、俺たちがモンスターを散々蹂躙したのも、バレスが殺されそうになったのも目の前で見ているからな。


 おかげでモンスターだけを毎回削ることができたから、最初の戦闘から1ヶ月が経つ頃にはモンスターの数は1万を切った。

 新たにモンスターを支配して補充したみたいだけど、この辺りのモンスターは俺が粗方殺してしまったから、たかが知れている。


「君がアレク・スカーレットか。グレゴリー将軍から話は聞いているよ。魔族軍との戦いで大活躍したそうじゃないか」


 聖王国の援軍もようやく到着した。俺に話し掛けているのは白い鎧を纏うピンク色の髪と水色の瞳の男、エルリック・クローム王太子。

 見た目通りにエリスの実の兄で、今回の戦いで聖王国軍全体の指揮を執ることになった


「王太子殿下、俺だけが活躍した訳じゃありませんよ。エリス殿下や聖女セリカ殿と俺の仲間たち、それにグレゴリー将軍配下の聖王国の兵士たちも懸命にカスバル要塞を守りました」


 俺が優等生のような発言をしてるのは、別にへり下っている訳じゃない。

 王太子のエルリックを怒らせると面倒だし、これから始まる魔族軍の本体との戦いに参加できなくなると色々と支障が出るからだ。

 だけど他の冒険者たちは、大して活躍してないからフォローする気はない。


「ああ、確かにね。エリスたちの活躍も聞いているよ。私も兄として誇らしいと思う……聖王国の王女が冒険者などをやっているという話を抜きにすればね」


 エリスとセリカは本人の同意を得て、正体を明かしたままにすることにした。

 グレゴリーは要塞を守る貴重な戦力だと理解したから、正体を知ってからも2人の参戦を黙認したし、エルリックも魔族軍との戦いが始まる直前だからから、聖都に連れ戻すような話はしていない。


 だけどエルリックは冒険者だと名乗っている俺に『冒険者など』と冒険者を馬鹿にするような発言をするんだよな。

 まあ、王族なんてこんなもんだろうし。見た目と性格のギャップでゲームのときは人気のあるキャラだったけど、俺としては絶対に友達になりたくないタイプだな……前世の俺は友達なんかいなかったけどさ。


 援軍によって現在のカスバル要塞には約15万の聖王国兵と騎士たちが集結している。

 援軍がアッサリと要塞に入ることができたのは、俺とバレスが共謀して援軍が到着するタイミングに魔族軍が攻撃を仕掛けないように調整したからだ。


 俺たちがモンスターの数を削ったから、現在の魔族軍の総勢は約11万だ。

 これで数の上では聖王国軍の方が勝っているし、要塞に立て籠って戦う方が有利だから、個々の力は魔族軍の方が上という点を考慮しても互角には戦えるだろう。


 エリザベスとサターニャの指揮の下、『始祖量の遺跡』の戦士たちに第10界層魔法『無限廻廊エターナルコリドー』を発動させて、魔族軍の本体を足止めさせていたけど。

 魔族たちは自分たちには理解できない状況で、1ヶ月も同じところをぐるぐる回っていたんだから精神的に疲弊している。

 水と食料の方は戦士たちに上手く誘導させて、水場や野生動物を狩ることで確保していたみたいだけど、精神的な疲労はどうしようもないな。


 これだと聖王国軍と魔族軍が互角の状況で戦うことにはならない。

 まあ、俺の目的は人間も魔族も犠牲者を最小限にして、魔族軍を撤退させることだからな。

 今の状況に合わせて、作戦を変えれば良いだけの話だ。


「アレク、ごめんなさい。兄が迷惑を掛けたみたいね」


 みんなのところに戻るなり、エリスに謝られた。


「いや、別にエリスのせいじゃないだろ。エルリックみたいな奴と兄妹なエリスの方が苦労したんじゃないか」


「そう言ってくれると……アレク、ありがとう」


「……ねえ、何かアレクとエリスの距離がどんどん近くなってる気がするんだけど」


「ソフィア、あんたの気のせいじゃ……アレク、早くこっちに来なさいよ。模擬戦を始めるんだから!」


 バレスの部隊と魔族軍の本体は合流済みだ。向こうは作戦会議という名目で休息を取ってから、3日後に攻めて来る。

 勿論状況に変化があれば諜報部隊からリアルタイムで情報が入って来るし、多少時間が前後してもやることに変わりはない。


「念のために、みんなにはもう一度作戦について話をしておくよ」


 いつもの『防音サウンドプルーフ』を発動して、俺たちだげで話をする。

 今回はカスバル要塞の方は大軍が守っているから、俺はみんなと一緒にモンスターの数を削るために打って出ることにした。


 今のみんななら十分戦えることは解っているし、状況に応じてエリザベスとサターニャたちに援護して貰うつもりだ。

 俺たちだけで先行するから聖王国軍にバレることはないだろうし、念のために『不可視インビジブル』と『認識阻害アンチパーセプション』も使うからな。


 基本的にはモンスターの数をゴリゴリ削って、邪魔をする魔族だけを倒す。

 戦いが長引きそうなら俺が魔族軍の本陣に乗り込んで、総司令官の首を取ればさすがに撤退するだろ。


「結局……今回も全部アレクに頼ることになったわね。アレクはここまで干渉したくなかったんでしょ。ごめんなさい」


「だからエリス、謝るなって。俺はみんなと一緒にいるのが楽しいし、人が死なない方が良いに決まってるんだからさ」


 下手に干渉して本来勝つ筈だった魔族軍を撤退させるために、魔族を大量虐殺するのは違うと思うけど。モンスターを殺すのは俺としては問題ない。モンスターはリポップするからな。


 ダンジョンと違ってフィールドだと直ぐにリポップするように見えないのは、世界の何処かでポップしたモンスターが移動しているからだ。

 ダンジョン以外のどこでモンスターがポップするのか全部調べた訳じゃないけど、一応フィールドでもポップすることは確認済みだ。


 魔族だって絶対に殺さないという訳じゃない。

 そう言えばバレスの部下にも血気盛んな奴らがいて、バレスの指示を無視して何度か前線に出て来たな。

 いや、ほとんどモンスターしか死んでないし、俺がバレスを殺さなかったから、もしかして魔族なら殺されないと勘違いしたのかも知れないけど……

 他の奴らを黙らせるのに丁度良かったから瞬殺しておいた。


 俺は相手が魔族だという理由だけで殺すのは違うと思うけど、敵なら躊躇わずに殺すし、そいつを殺した方が結果が良くなると思うときも普通に殺す。

 誰も死なずに皆が仲良く暮らせるとか、そんな頭の中お花畑で都合の良い世界なんて、俺はあり得ないと思ってるからな。


 俺は正義の味方じゃないし、元だけど一応魔王だからな。

 正義感じゃなくて自分のエゴだと自覚した上で、エリスやみんなのために戦うつもりだよ。

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