第57話 暗躍


 魔族軍が完全に撤退したのを確認してからカスバル要塞に戻って、俺とバレスが裏で繋がっていることをみんなに説明した。


「アレク、あんたね……だったら初めから言いなさいよ」


 みんなにジト目で見られるのは仕方ない。完全に言うのを忘れてたからな。


「つまり、さっきのバレス・ロドニアとの戦いも芝居だってことよね? 私はてっきりあんたがやられたって思ったわよ」


「そうだよ、アレク。私だって心配したんだからね」


「ホント、俺が悪かったよ。みんなにはバレスの話をしたから全部説明したと思い込んでたんだ」


 決してバレスとの関係を隠そうとした訳じゃない。

 そこを疑われるかと思ったけど、みんなも解ってくれたみたいだ。


「でもアレクが無事で、本当に良かったわ」


 エリスは少し呆れてる感じだけど、優しく微笑んでくれた。

 やっぱり、みんなを心配させるのは良くないよな。


「だけどよ、アレク。これで終わりじゃねよな。次は魔族軍の本体も来るって話だけど、さすがに持たねえんじゃねえのか」


 バレス率いる4万は先行する魔族軍の一部過ぎず、今回の大規模侵攻には総勢13万が参加していることはみんなに話している。

 それに対抗するための聖王国の援軍が到着するまでには暫く時間が掛かる。

 一番近いクルセアからでも大部隊を率いて移動するには、準備を含めれば1ヶ月近く必要だろうけど。


「そっちも手を打ったから問題ないよ。援軍が到着するまで、魔族軍の本体が仕掛けて来ることはないからさ」


「アレク……どういうことだよ?」


 グランが訝しそうな顔をするのも当然だよな。だからキチンと説明するって。


「俺の部下が魔法を使って、魔族軍の本隊を足止めしてるんだよ。みんながこの戦い参加するって決めた時点で、魔族軍と対等に戦える状況を作ろうと思って準備してたんだ。

 バレスの部隊まで足止めしなかったのは、魔族軍が実際に攻めて来ないと援軍が来なくなる可能性があるからだよ。カスバル要塞には王家や貴族の内通者・・・がいるからな」


 俺が脅しを掛けることで聖王国が迅速に動いたのは、グレゴリーが伝令を走らせたからだけじゃなくて、内通者たちが自分の飼い主に情報を流したからだ。

 こんなのは良くある話だし、諜報部隊を使って調べもついてる。


 だけど実際に魔族軍が攻めて来なかったら、その情報も内通者を通じで知られてしまう。

 軍を動かすだけで金が掛かるからな。途中で引き返したり、援軍に出す兵力を減らす奴だって出るだろ。


「魔法で足止めって……もう良いわ。アレクが言ってるんだから、本当に決まってるわよね」


 レイナに呆れられた。いや、言いたいことも解るけど。ちょっと酷くないか?


「駄目ニャ。アレクに文句を言う資格はないニャ」


「そうね。こればかりはアレクの自業自得ね」


 ライラはニヤニヤ笑いながら、エリスは優しい笑みを浮かべながらハッキリ言う。

 みんなもジト目なんだけど……何だよ、正直に話したのに。


「でも部下って……それってサターニャさんとエリザベスさんのことだよね?」


 だけどソフィアの一言で空気が変わった。


「ああ、そうだけど」


 2人だけ・・・・が動いてる訳じゃないけど、細かいことまでは説明する必要はないよな。


「ねえ、アレク……話は解ったから、これから模擬戦に付き合いなさいよ。次はもっと活躍して見せるんだから」


「あ、だったら私も! レイナにも・・私は負けないからね」


「私も……アレク、手合わせして貰えるかしら」


 みんなが急に張り切ってるのは、どういうことだよ?


「アレク……まさかと思うけど、本当に解ってないの?」


 セリカはさら呆れた感じで、溜息をつかれた。


 いや、俺だって勿論解ってるって。

 レイナたちも聖王国の人たちのため・・・・・・・・・・に、サターニャやエリザベスみたいにもっと活躍したいってことだよな。


 ちなみに、こんな話を俺たちがカスバル要塞で堂々としてるのは、『防音サウンドプルーフ』と『結界シールド』を発動しているからだ。

 いや、『結界』まで発動したは内緒話をするためだけじゃない。俺たちの活躍を見た聖王国軍の兵士たちが集まって来て、英雄扱いして騒いだからだ。


 終いには司令官のグレゴリーまでやって来て、賞賛の言葉と共に俺たちに聖王国軍に入らないかと誘って来た。

 何だよ、こいつ……俺たちが大規模侵攻のことを知らせに来たときは、端から信じもせずに散々馬鹿にしておいて。掌返しも良いとこだろ。

 だからちょっと大人げないとは思ったけど、ガン無視して『結界』を発動したんだ。


 エリスとセリカもグレゴリーには頭に来たのか、『結界』を発動するとわざと『変化の指輪』を外して元の姿を見せた。

 王女と聖女を冒険者として雇ってしまったことに気づいたグレゴリーは、唖然としていたけど……正直に言ってやるよ、良い気味だな。


※ ※ ※ ※


※サターニャ視点少しだけ時間が戻ります


「ようやく、始まりましたわね」


 『不可視インビジブル』と『認識阻害アンチパーセプション』、そして『千里眼クレアボヤンス』を発動して、山岳地帯の上空から魔族軍の侵攻を眺める私とエリザベス。


 魔族軍が侵攻する先には人間が作った見すぼらしい建物があって、そこに私にとって世界で一番大切で24時間ずっと想い続けているアレク様がいらっしゃるわ。

 アレク様の周りにいる人間や獣人の小娘たちは邪魔ですけど……ああ、人間の姿のときもアレク様は素敵ですわ!


 それにしても魔族のゴミ屑どもは……あの程度のモンスターにアレク様が1HPすら削られることなど、あり得ないと解っていますけど……


「私が世界中の誰よりも愛して、誰よりもお慕いしているアレク様に、牙を剥くなんて……ぶっ殺してやる!」


「ねえ、サターニャ。少しは落ち着いたら?」


 アレク様の戦いが始まったというのに、エリザベスは素知らぬ顔をしている。


「エリザベスは何を言ってるんですの? アレク様に逆らった時点で万死に値しますわ。もしもアレク様が許して下さるなら、私の手でゴミ屑どもを皆殺しにします!」


「うん、僕もそう思うけど。今回、僕たちの出番はないからね」


 エリザベスが私と同じようにアレク様をお慕いしていることは、私も認めていますが……決して本人には絶対に言いませんが。

 だからこそ、エリザベスの態度には呆れてしまいますわ。


「エリザベスはアレク様に無礼を働く者を、殺してくれと懇願するまで痛めつけたいと思わないんですの?」


「うーん……どうかな。僕は馬鹿はさっさと殺して、他の方法でアレク様のお役に立ちたいかな」


「それって……具体的には何をするんですの?」


 私はエリザベスがすることに興味があります。エリザベスは確実にアレク様のお役に立っていますから。


「そうだね、例えばさ……アレク様は優しいから、魔族も人間も被害を最小限に留めたいと思ってることは、サターニャも解ってるよね?

 だから僕なら魔族をマインドコントロールして、できるだけ前線に出ないように仕向けるかな」


 エリザベスはノーライフクイーンですから、魔族を魅了するなんてお手の物ですわね。


「ですけど……そんなことをしても、アレク様は気づいて頂けないかも知れませんわ」


「どうだろうね。アレク様ならたぶん気づいてくれると思うけど、もし気づかなくても僕は構わないかな。アレク様のお役に立ててれば満足だからね」


 エリザベスが本心で言ってることは私にも解ります。

 エリザベスも私と同じで、アレク様のことだけを考えていますから。


「エリザベス……恥を忍んで訊きますけど、アレク様に気づいて頂けないことに懸命になれる貴方のモチベーションは何ですの?」


「何言ってるの、サターニャ? そんなの決まってるじゃない。アレク様が僕の全てだから、たとえ嫌われても僕はアレク様に尽くすよ。もしかして……サターニャはそうじゃないの?」


 エリザベスの軽蔑するような目……ふん、鼻で笑ってしまいますわ。


「エリザベスこそ何を言ってるんですの? この私、サターニャ・ヘルスカイアこそが、世界中の誰よりもアレク様を愛していて、誰よりもアレク様をお慕いしているんですの。たとえエリザベスでも、これだけは譲れませんわ!」


 高らかに笑い声を上げる私に、エリザベスは強かな笑みを浮かべる。


「そうだよね……サターニャならそう言うと思ってたよ。僕たち『太古のエンシェント神の騎士団ゴッズナイツ』の4人は、誰よりも一番・・・・・・アレク様のことを想っているからね」


 そうですわね……エリザベスも自分が一番だと思っていることは解っていますわ。


「じゃあ、サターニャ。そろそろ僕たちは仕事に戻ろうか」


「あ……エリザベス、ちょっと待ちなさい! アレク様がモンスターを殲滅しているところで……アレク様、素敵ですわ!」


「あのねえ、サターニャ。アレク様が素敵なのは当然だけど。せっかくアレク様に任せて貰った仕事なのに、部下に任せきりで良いんだ?」


「エリザベスは……意地の悪いことを言いますわね。解りましたわ……アレク様、このエリザベスがアレク様のお役に立たせて頂きます」


 本当に名残惜しいですが、私はアレク様がいる戦場を後にしました。

 私たちが向かった先には、魔族軍の本体がいますが……


「サターニャ様、エリザベス様。お待ちしておりました」


 今回、アレク様のご指示で『始祖量の遺跡』から幻術系魔法が得意な戦士たちを連れて来ました。

 彼らが発動する第10界層魔法『無限廻廊エターナルコリドー』によって、魔族軍は犬みたいに同じところをぐるぐる回っているのですから笑えますわね。


 私も配下のメイド部隊を同行させました。

 アレク様のいない『始祖竜の遺跡』にメイドの仕事はありませんから。

 この機会に彼女たちにも下界の仕事を覚えさせて、アレク様のお役に立って貰おうと思います。


 諜報部隊を率いるエリザベスと同じように、私もアレク様のために働きたいんです……世界中の誰よりもアレク様を愛していて、誰よりもアレク様をお慕いしているのは私だと認めて頂くために。


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