第59話 王太子エルリック


 カスバル要塞での最初の戦いが終わった後、俺たちは要塞の中に自分たち専用の居住区画スペースを確保した。

 暫くは要塞にいることになるし、グレゴリーが褒賞金を出すと言うから、金の代わりにゴリ押しして区画を確保することにしたのだ。


 だって英雄扱いする聖王国軍の兵士たちがウザいから、四六時中一緒にいるのは正直言って苦痛なんだよ。

 基本報酬の50万Gギル分は働いたから駄目なら帰ると脅すと、グレゴリーはアッサリ承諾した。


 風呂まである上級士官用の居住区画を確保して、屋内訓練場も俺たち専用にして貰った。

 上級士官用だから世話役用の部屋まであったので、人数の少ない男はそっちで寝ることにした。


「アレクって、結構強引なことをするわよね」


 エリスにジト目で見られたけど、結局みんなも快適に生活ができたから問題ないよな。

 援軍が到着してから居住区画が足りなくなったけど、グレゴリーは俺たちに部屋を明け渡せとは言わなかった。

 まあ、エルリックが来ることは解っていた・・・・・から、来賓用の部屋まで要求しなかったからな。


 エルリックと絡むと面倒だし、魔族軍との戦いが始まるまでの3日間は俺たちだけで過ごすことにするか。

 食料は俺が要塞を抜け出してクラーナの街で確保したし、上級士官用の区画にはキッチンもあるから問題ない。

 女子のためにスイーツと、グランとガルドのために酒も用意したから文句はないだろ。


 とは言え、みんなは俺と違って部屋に籠るようなインドア派じゃないからな。

 結局食事や寝るとき以外は、屋内訓練場で過ごすことになった。

 カイもレベルが上がって防御系魔法を覚えたから練習しておきたいと、珍しく鍛錬に参加した。


「アレク、最初から本気で行くから……『聖剣乱舞ホーリースラッシュ』!」


 白い光の斬撃が俺に直撃する。勿論俺はノーダメージだけど、大抵のモンスターなら一撃で倒せる威力だな。

 レイナはすでに60レベルでガルドは61レベル。他のメインキャラが50レベル台後半で、チョップスティックのメンバーは50レベル台半ばだ。


 バレスが最初に攻めて来たときに、飛べるモンスターは粗方倒してしまった。

 だから2目目の戦闘からは、みんなには要塞を背にして外で戦って貰った。

 その方が経験値が稼げるし、モンスターの数を減らすのに有効だからな。


 一応敵に囲まれないように岩を利用して障害物を設置したけど、障害物なんて要らないくらいみんなは問題なく戦っていた。

 それだけ戦えることが解っているから、今回は一緒に打って出ることにしたんだけどさ。


「レイナ、早く代わってよ。次は私の番だから」


「ソフィア、もうちょっと待ってよ。今掴めそうなんだから……あんたはエリスにでも相手をして貰って、堅い敵を切り崩す練習でもしたら?」


「ソフィア、何なら俺が練習に付き合ってやるぜ」


「うん。その練習もしておきたいんだけど……(私はアレクと練習したいのに)」


「レイナ、あまり我がままは言わないで。ソフィアは私がアレクと約束した分も時間も使って良いから、もう少しだけ待ってあげて」


「え! エリス、良いの? ありがとう!」


「ソフィア……今のはエリスに完敗だって気づいてるっすか?」


 こんな風にいつもの調子で鍛錬していると、一番会いたくない奴がやって来た。


「ほう……噂通りに練習熱心のようだね。だが自分たちだけで練習場を占有するのは感心しないな」


 エリスと同じピンクの髪と水色の瞳。

 エリスの兄である王太子エルリック・クロームだ。

 後ろには近衛騎士を10人以上引き連れている。


「王太子殿下……どうして、このような場所に?」


 エリスは実の兄のエルリックを『王太子殿下』と呼ぶ。

 話を聞いたら、エルリックに強要されたそうだ。


「エリス、私はおまえとアレク殿に用があるんだ。私がわざわざ出向いたのだから、まさか断りはしないだろうね」


 何だよ、その態度。俺1人だったら無視するけど、そんなことをしたらエリスの立場がないし。俺が喧嘩を売ったらレイナも同調しそうだからな。


「解りました、王太子殿下。俺とエリスは行って来るから、みんなは鍛錬を続けてくれよ」


「アレク……」


 エリスが申し訳なさそうな顔をするので、気にするなと軽く微笑む。

 レイナは思いっきり睨んでいるけど、ガルドに肩を手を置かれてどうにか我慢してる。

 不敬罪とか言われると面倒だから、下手なことはするなよ。


「では、私の部屋に行くことにしよう」


 エルリックは当然という感じで歩き始める。

 騎士たちは俺とエリスが歩き出すのを無言で待ってるけど、何か嫌な感じだな。


※ ※ ※ ※


 エルリックの部屋は王族専用の最上級で、要塞だというのに侍女まで連れて来ていた。

 俺は紅茶なんて良く解らないけど、エルリックの侍女が入れた紅茶はさすがに高級品のようで良い香りがする。

 だけど近衛騎士たちが威圧するように周りに立っているから台無しだな。


「アレク殿。先ほども言ったが、君の活躍ぶりは私も聞いている。

 魔族軍の中に単身で乗り込んでモンスターを殲滅させ、魔族軍の指揮官もあわや仕留めるところまで行ったそうじゃないか。

 これほどの話だと、さすがに私も眉唾とは思うが……それでも君の実力を、私は高く買っているんだ」


 いや、話を聞いただけで俺を高く買うとか。

 そもそも褒めちぎるために俺を呼んだ訳じゃないよな。

 俺が無言でいると、エルリックは『所詮は冒険者風情か』という感じの嘲るような笑みを浮かべる。


「君にも解りやすいように単刀直入に言おう。

 我々が魔族軍に勝利した後、アレク殿を私付きの騎士にとして取り立てよう。無論一介の騎士ではなく、最初から隊長格として迎えようではないか」


 おい。ツッコミどころ満載だな。

 こいつはもう魔族軍に勝った気でいるのか?

 俺たちがいるからか? いや、他人に勝たせて貰うって態度じゃないよな。

 それに俺を騎士にするとか。何で断らないことを前提に話してるんだよ?


「王太子殿下、それは……」


「エリス、おまえは黙っていろ」


 エリスの反論を一蹴とか……なるほどね。そういうつもりなら……


「一つ質問しても良いですか。エリス殿下を同席させた理由は?」


「ああ、そうだった。アレク殿にもう1つ褒美を与えようと思ってね。

 我が妹のエリスは冒険者などをやっているが、このように見た目だけは私に似て美しい。アレク殿の妻にどうかと思ってね」


 いや、もう何て言うか……呆れ過ぎて反論する気にもならないな。

 こいつは妹であるエリスを、自分のために存在する道具くらいにしか考えていない。

 だけどエリスにも王位継承権があるから、俺とエリスを結婚させることで、2つのメリットを得ようとしている。


 1つはエリスが王位を継ぐ可能性が完全になくなること。エルリックは王太子だけど廃位される可能性はゼロじゃないからな。

 エリスが冒険者をやってることも排除したい理由の1つだろう。実の兄である自分の足を引っ張るとか考えてるんじゃないか。


 もう1つは俺を完全に掌握することだ。結婚を勝手に決めるくらいだから、エルリックはエリスが自分の思い通りになると考えている。

 俺の無双ぶりを聞いたから、エリスを使って自分の手駒オモチャにでもしたいんだろう。


 言いたいことは解ったけどさ……ふざけるなよ。


「なあ、エリス……」


 断るにしてもどこまでやって良いか・・・・・・・・・・、当事者であるエリスに確認する必要がある。

 そう思って声を掛けたんだけど……


「私がアレクと結婚……」


 エリスは沸騰するほど真っ赤になって、何かブツブツと呟いてた。

 それくらい頭に来たってことか?


 俺が勝手にエリスに話掛けたことに、エルリックは眉をヒクつかせているけど。そんなことはどうでも良い。


「なあ、エリス。質問に答えてくれよ。この世界の物語メインストーリーがハッピーエンドで終わった後、エリスは王宮に戻るのか?」


 俺の真剣な様子に気づいたエリスは、我に返って質問の意図を考えている。


「アレク。貴方の気持ちは嬉しいけど、私のことは気にしないで。もう王宮に戻るつもりはないから」


 エリスが嬉しそうに微笑んでいた。

 よし、これで決まったな。


「エリス、おまえは黙っていろと……」


「黙るのはおまえだ、エルリック!」


 俺の言葉に、近衛騎士たちが剣の柄に手を掛ける。

 エルリックは信じられないものを見るような顔で俺を見ていた。


「おまえは何か勘違いしてるみたいだけど、俺は近衛騎士なんか・・・になる気はないからな。

 エリスの人生だってエリスのモノだから、おまえが勝手に決めて良い筈がない。

 もし、おまえが自分の考えを押しつけるなら、エリスのことも含めて俺が全力で抗ってやるよ!」


 色々と台無しにしていることは自分でも解っている。

 あとでみんなには謝るけど、これは譲れない線だからな。


「貴様……王太子殿下に無礼であろう!」


 激昂した近衛騎士たちが一斉に剣を抜く。

 これで一応、正当防衛だな……王族相手に通用するとも思えないけど。


「『時間停止タイムストップ』」


 近衛騎士たちは一応全員50レベル台だからな。麻痺だとレジストされる可能性はゼロじゃないから、念のために第8界層魔法を使っておいた。


 凍りついた時間の中で、俺はエルリックだけ『解除ディスペル』する。


「これは……どういうことだ? 何が起きている?」


「おまえに選択肢をやるよ。魔族軍との戦いが終わるまで、このまま俺たちを雇い続けて俺たちの自由に戦わせるか。その場合は聖王国軍の勝利を保証してやる」


「アレク、貴様は……冒険者風情が……何を言っている?」


「あのさあ……どうでも良いことをイチイチ言うなよ。俺は力づくでも構わないんだけど?」


「ヒッ!」


 アレクの殺意だってエリザベスに負けていない。

  本気で出すとエルリックが死ぬから、勿論手加減したけど。


「もう1つの選択肢は、この場で俺を追放することだ。俺は勝手にやるから構わないけど、もしエリスや仲間たちに何かしてみろ……俺を敵に回すことになるからな」


 ああ……何かやってしまったという気もするけど。後悔はしていない。

 魔族軍の大規模侵攻の方は俺が責任を持って止めるからさ。


「エリスも悪かったな。勝手なことをしてしまって」


 謝ろうとしてエリスを見たら、じっと俺を見つめていた。


「アレク……私のために……ありがとう!」


 え……いきなり抱きつかれたんだけど。


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