第55話 大規模侵攻の開始


 カスバル要塞から戻った俺は、みんなと合流して、クラーナの街までいったん戻ることにした。

 後はグレゴリー次第だからな。まずはお手並み拝見と行こう。

 勿論、諜報部隊に監視させるから、問題があれば別の手を打つけどな。


 結論から言えば、俺が狙った以上に脅しが効いたようで、グレゴリーには直ぐに大規模侵攻への対策に動いた。

 まずは聖王国各地に伝令を走らせて、魔族軍の侵攻を伝えるとともに援軍を要請。

 城塞には投石器用に岩を大量に運び込んで、クラーナの街から武器や食料など物資を大急ぎでかき集める。


 それにしても、伝令を使うより『伝言メッセージ』の方が圧倒的に早いのに、この世界では『伝言』を使う奴が少ないんだよな。

 理由はたぶん取得できるレベルもスキルポイントも高いからだ。


 『伝言』は第3界層魔法だから、11レベル以上じゃないと習得できない。

 その上、攻撃魔法なら『火球ファイヤーボール』や『電撃ライトニングボルト』、回復魔法なら『中位回復ミドルヒール』と同じスキルポイントが必要だ。


 だから貴重なスキルポイントを使って『伝言』を覚えるよりも、他の魔法を優先するのは当然だろうな。

 ゲームのようにガンガンレベルを上げれば、第3界層魔法を習得するスキルポイントくらい直ぐに余るけどな。


 話を戻すけど、援軍を要請してところで決して安心できる状況じゃない。

 援軍が到着する前に大規模侵攻が始まってしまうからだ。

 カスバル要塞の聖王国軍は、籠城しながら援軍を待つことになる。

 物資は十分にあるけど、どこまで持つか……まあ、こっちの方も対策を打つけどな。

 

 それともう1つ、朗報というか。グレゴリーは戦力を少しでも補うために、冒険者ギルドに冒険者の派遣を要請した。

 さすがに強制じゃなくて依頼という形で、報酬は1人50万Gギル。戦果に応じて追加報酬も貰える。


 それでも命の値段としては高くないし、そもそも戦争に加担したくない冒険者も多いから、依頼を請けたのは30人ほどだった。

 まあ、俺たちは初めから・・・・参加するつもりだから当然受けたけどな。


「アレク、あんたは聖王国に加担しないんじゃなかったの?」


 レイナに突っ込まれたけど、勘違いしないでくれよ。


「元魔王のアレクとしてはね。冒険者のアレクは聖王国の冒険者だからな、依頼があれば当然請けるよ」


 グレゴリーの依頼がなくても、冒険者アレクとして勝手に参戦するつもりだった。

 カスバル要塞を援軍が来るまで持たせるのには、必要だからな。


※ ※ ※ ※


「ねえ、アレク……あれって貴方がやったの?」


 カスバル要塞に到着するなり、エリスがクレーターを指差して小声で訊く。

 ちなみにエリスとセリカは『変化の指輪』で別人に化けている。

 さすがに王女と聖女が参戦すると言ったら止められるからな。


「ああ。グレゴリーを脅すために『流星雨メテオレイン』を使ったんだよ」


 一応、俺も小声で応える。

 『変化の指輪』も使ったし、俺が疑われることはないけどな。


「『流星雨』って……こんなに威力が魔法だったの? ゲームのときは私も使ったけど、普通にダンジョンで使える魔法レベルだったわよね」


 俺もこの世界のダンジョンで『流星雨』を使ったことはないけど、確かにこの威力だと大惨事になるな。


「まあ、俺のステータスが影響したんだろ。それに魔族軍を足止めするのに丁度良いから、わざと大きいクレーターを作ったんだよ」


「……」


 なんでジト目で見るんだよ? 適当に答えたけど、嘘は言ってないからな。

 属性レベルと固有魔法レベルがMAXな上に、さらにアレクのステータスがあるからこその威力なんだよ。


 魔法レベルのことも別に隠す必要はないけど、エリスは俺と違ってエボファン廃人じゃないからな。第10界層魔法がレベルMAXなんて言ったら引かれるだろ。


「第10界層魔法って……これほどの威力なのか……」


 魔術士のカイはクレーターを見て愕然としていた。

 完全に勘違いだから、今度訂正しておくか。


 カイも51レベルだから第7界層魔法まで習得できるようになったんだよな。

 スキルポイントが足りないから、まだ習得してないみたいけど。


 あと意外なことに、俺とサターニャが殴った冒険者たちも参加していた。

 俺と目が合ったら慌てて目を逸らしたけどな。

 どんな理由で参加したか、嫌がらせのために訊きに行こう。


 大規模侵攻が始まるまでの間、俺たちは模擬戦をして過ごした。

 俺は諜報部隊を使って敵の正確な位置を把握してるから、前日までダンジョンに潜るともできるけどな。

 さすがに許可が下りる筈がないから、行かなかったけど。


 そして俺たちがカスバル要塞に着いてから3日後、ついに魔族軍による大規模侵攻が始まった。


※ ※ ※ ※


 カスバル要塞に迫るのは1万の魔族と、彼らが率いる3万のモンスターの混成部隊だ。

 ガーランドが山越えで連れて来た数の3倍以上だけど、これは先行する魔族軍の一部に過ぎない。

 さらに2万の魔族と7万のモンスターの本体が後方におり、総勢13万が今回の大規模侵攻に参加することになる。


 対するカスバル要塞の聖王国軍は12,000だ。

 数だけでも10倍以上で、個々の強さも魔族軍の方が上だから圧倒的な戦力差だ。

 これだけ戦力差があればカスバル要塞なんて簡単に落ちるし、ゲームのときは実際に陥落した。


 カスバル要塞が落とされた後はクラーナの街まで占領されて、聖王国軍が戦力を整えて反撃に移るのは、魔族軍がクルセア近くまで侵攻した後だった。

 カスバル要塞が落ちてもクラーナが占領されても、ゲームのときは所詮イベントだと特に何も思わなかったけど。この世界では本当にたくさんの人が死ぬんだよな。


 とりあえず俺が作ったクレーターのせいで、魔族軍は迂回してから要塞の左右から攻めるしかない。

 グレゴリーも馬鹿じゃないから、敵が攻めて来る方向に予め投石器を集中配備していた。


 おかげで魔族軍の先陣を切る力自慢のモンスターたちは良い的になり、魔族軍は責めあぐねていた。

 まあ、先行する4万の指揮官は転生者のバレス・ロドニアだからな。

 俺が裏で指示してるから、初めからこうなる予定だったんだけど。


 だけどこのままモンスターが全滅するまで愚策を続けさせる訳にもいかない。

 モンスターの中には飛べる奴もいるし、飛べない奴でも無理やりクレーターを通って進軍できない訳じゃない。


 あからさま愚策を続ければバレスは失脚するどころか、聖王国に通じた裏切り者として処刑される可能性もある。

 バレスの後始末までするのは面倒なんだよ。


『アレク様……そろそろ限界です』


『解った。後はこっちで対処するから、普通に攻撃しろよ』


 バレスに『伝言』を送った直後、魔族軍の動きが明らかに変わった。

 クレータを無視して進軍する大量のモンスターと、飛行できるモンスターの群れが一斉にカスバル要塞に押し寄せて来る。


「みんな、俺は迎え撃ちに行って来るよ」


「待って、アレク! 今回は私たちも一緒に行くわ」


 エリスたちもチョップスティックのメンバーも、こうなることは解っていたらしい。

 みんなも強くなったから連れて行くのは問題ない。

 数の問題はあるけど、みんな立ち回りも上手くなったからな。

 囲まれて潰される心配はないけど――


「一緒に来てくれるのは嬉しいけど。みんなには俺がいない間の要塞の防御を頼むよ」


 大軍で迫るモンスターの群れを、冒険者アレクとして・・・・・・・・・全部防ぐのは難しからな。


「そういうことね……解ったわよ」


「うん、私も頑張るから。アレク、任せてよ!」


「ああ、みんなありがとうな。じゃあ、俺は行って来るよ」


 俺は要塞の外壁の上から、モンスターの大軍が待ち構える地上へ飛び降りた。

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