第42話 どうでも良いけど


 エリザベスが調べた情報だと、シャルナにいた冒険者の約半数は都市が陥落した後もイルマーハ辺境伯のために行動している。

 その活動の中心にいるのが、プレイヤーキャラのシリル・エイバリッタだ。


 彼女は魔族の女子爵ジェリル・スレイアからシャルナを奪還するとか、普通に考えて無謀なことをするつもりはない。

 自分たちが魔族軍に一矢報いることでクエスたちに留飲を下げて貰い、シャルナ奪還を諦めさせるという現実的な目的で動いている。


 だからクエスに余計な期待を抱かせないように隠れて行動しているし、他の街の冒険者に応援を要請していることも隠していた。


 俺としてもシリルの判断は正しいと思うから、それは良いとして……問題はシリルの首元に『血の剣ブラッドソード』を首元に突きつけているエリザベスだな。


「ねえ、アレク様。アレク様との力の差も解らない馬鹿ばかりみたいですから、僕が本気で威圧しても構わないですよね」


「なあ、エリザベス……少しは自重しろよ」


 冒険者たちは誰もエリザベスの動きが見えなかっただろう。

 ステータスの差があり過ぎるからだ。

 俺は普段からセーブして動いているけど、エリザベスにその気はないからな。

 そしてエリザベスにシリルの生死を握られた冒険者たちは、誰も動くことができなかった。


「アレク様、酷いですよ。僕だって今の状況を理解した上で言っているんですから」


「いや、全然理解してないだろ……まあ、仕方ない。どうせこいつらも、後で知ることになるからな。エリザベス、好きにしろよ」


 俺を馬鹿にする奴がいるとエリザベスは殺意を剥き出しにするが、それでも本気じゃない。

 エリザベスが本気で殺意を剥き出しにすると……


「「「「「……!」」」」」


 冒険者たちは声を出すこともできずに、心臓が凍り付いたように崩れ落ちる。

 『血の剣ブラッドソード』を突き付けられていたシリルは気絶してしまったので、危うく首が落ちるところだった……まあ、エリザベスがそんなヘマをする筈はないけどね。


「僕だからこれくらいで済んだけど。アレク様が本気で怒ったら、それだけで君たちは死んでるからね」


 いや、エリザベスの前で俺が怒ったことなんてないだろ。

 突っ込みたかったけど、空気を読んで止めておいた。


「とりあえず、その女がおまえたちのリーダーだな? 気絶してるだけだからさ、起こしてやれよ」


 俺が言っても彼らが動かないのは、シリルの傍にいるエリザベスを恐れているからだ。


「エリザベス、こっちに来いよ。おまえを怖がって動けないみたいだからさ」


「君たち失礼だな……まあ、僕としてはアレク様の隣りが一番だから嬉しいですけど」


 そう言うなり、エリザベスは俺の隣に来て腕に抱きつく。

 普通に移動しただけだが、エリザベスの動きは速過ぎるから冒険者たちには瞬間移動したように見えただろうな。


「なあ、エリザベス。戦闘中以外は、もう少しゆっくり動かないか」


「えー! 嫌ですよ。僕はアレク様と早くくっつきたいんです」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、俺の腕に胸を押しつけるエリザベスの豹変ぶりに、冒険者たちは呆然としていた。

 おかげで気絶したシリルがいまだに放置されている。


「だからさあ……おまえたちがやらないなら、俺がその女を起こしてやろうか?」


「い、いいえ! 結構です!」


 彼らは慌ててシリルに駆け寄り、乱暴に頬を叩いて起こす。

 呻き声を上げで意識を取り戻したシリルは、俺とエリザベスに信じられないモノものを見たような顔を向ける。


「今のは……貴方たちいったい何者なの?」


「ああ、自己紹介がまだだったな。俺は元魔王で冒険者のアレク・クロネンワース。彼女は俺の部下のエリザベスだ。冒険者としては登録してなかったな」


「アレク様、僕も一応登録してますよ。A級冒険者として」


「え……おまえ、いつの間に」


「ちょ、ちょっと待って……魔王アレク・クロネンワース? 嘘でしょ? でも……」


 シリルが勝手に葛藤している。普通なら馬鹿なことを言うなと一蹴するところだけど、エリザベスの恐ろしさが身に染みているだろうからな。


「まあ、信じる信じないは好きにしろよ。それと言っておくけど、俺はおまえたちを誘いに来たわけじゃないからな。

 俺とエリザベスがいればシャルナを奪還するには十分だから。作戦に参加しても構わないけど、俺たちの邪魔だけはするなって釘を刺しに来たんだよ」


「え! 何なのそれ……」


 シリルは怒りの声を上げそうになるが、エリザベスを見て思い止まる。

 あれ……もしかして、今回俺って要らないのか?


「忠告はしたからな。俺たちの攻撃に巻き込まれて死んでも文句を言うなよ」


 シリルも結構好きなキャラだから、できれば友好的に接したかったけど。

 完全に脅した形になったから、今さら無理だよな。


「4日後にまた来るからここに来るから、作戦に参加するなら待機していてくれよ」


 とりあえず、目的は果たしたな。

 俺たちはシリルたちの元を離れて、次の目的地・・・・・に向かった。


※ ※ ※ ※


 次に向かった先は、ジェリル・スレイアが占拠している第2都市シャトラだ。

 昨日一度来ているから、転移魔法テレポートを使って移動は一瞬だった。

 転移魔法は便利だけど、一度訪れた場所じゃないと転移できない制限があるからな。


 俺とエリザベスは『不可視インビジブル』と『認識阻害アンチパーセプション』を発動して、イルマーハ伯爵の居城だった城に潜入する。


「砦も街も占領したっていうのに……反撃もして来ないとか、エルフは全員腰抜けってことかい!」


 身長190cm近い筋骨隆々の魔族の女が、酒を煽りながら不機嫌に言う……こいつがジェリル・ストレイアだ。

 ジェリルに転生した奴は頭は切れるみたいだけど、結局脳筋なのか?


『あれ……もしかしてアレク様は、こういう暴力女が趣味なんですか? だったら僕も……』


『おい、エリザベス。馬鹿なことを言うなよ。俺にそんな趣味はないからな』


 俺がジェリルのところに来た目的は、彼女の思惑を探るためだ。

 第2都市のシャルナを簡単に占領できたんだから、シャンパルーナの他の都市へ侵攻することも考えてそうなものだけど。今のところは、その気はないみたいだな。

 自分の手の内を見せてしまったから、他の転生者を警戒しているってところか。


 まあ、俺としては都合が良いから、作戦決行の日までジェリルを放置することにする。

 勿論、何か動きがあれば対処できるように諜報部隊に監視させる。

 ジェリルの方から仕掛けてくれば、俺としては歓迎だ。作戦に付き合う余計な手間が省けるからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る