第41話 シャンパルーナの冒険者


 シャンパルーナの第2都市シャトラを占拠している魔族軍を討伐しに行く前に、クエス・イルマ―ハと報酬の話になった。

 別に金は余っているけど、あって困る物じゃないし。安売りすると返って怪しまれるからら、適正価格の報酬を要求することにした。


「領土とかそう言うのは要らない。統治するのが面倒なのも俺が魔王を辞めた理由の一つだからな。

 そうだな……1,000億Gギルでどうだ。都市1つの値段としては格安だろう。

 すぐに払えないのは解ってるから、後払いでも分割でも構わないぞ」


 結構な金額だからこそ、クエスも納得した。

 無論、俺を信用した訳じゃないことは解っている。

 まあ、俺的にはジェリル・スレイアに転生した奴と戦う理由ができれば十分だ。


 クエスと話がついたので『集団麻痺マスホールド』と『魔法防壁マジックシールド』を解除してエルフたちを解放する。

 俺が元魔王だってバラしたから、クエスが認めたからか、あからさまに攻撃的な態度を見せる奴はいなかった。


「シャトラ奪還作戦には、私たちも参加させて頂きます」


 シャトラを脱出したクエスたちは義勇軍を編成しており、その数は5,000人に上るそうだ。

 だけどシャトラにいた騎士や兵士は、彼らを逃がすために粗方戦死しているから、数だけでほとんど素人の集団だ。


 ちなみにシャンパルーナ軍の援軍は期待できないらしい。

 勿論要請はしたが、王都からの返答はないそうだ。

 クエスの話では、イルマーハ辺境伯と国王は政治的に対立しており、魔族軍と戦うリスクを負うくらいなら、国王は辺境伯領を見捨てるだろうと。


 まあ、諜報部隊が調べた情報と大方合ってあるし。援軍を出す気なら、とうに動いている筈だからな。


「クエス嬢、悪いけど足手纏いだ。シャトラを奪還するには、俺とエリザベスだけ で十分だしな」


 素人5,000のお守りは、さすがに遠慮したい。

 できなくはないけど、守りながら戦うのは面倒なんだよ。


 ハッキリ言い過ぎたから、エルフたちは怒りを顕にしている。

 そんな彼らをクエスは制して、俺の前に進み出た。


「アレク様、足手纏いなことは私たちも承知しています。それでも……戦死した者たちのために戦いたいんです。

 自分たちの戦いを他人任せにするくらいなら、戦場で散ることになって構いません。

 アレク様が戦場で足手纏いと思われたら、見捨てて頂いて結構ですので、どうか同行させて下さい」


 クエスの覚悟にエルフたちは押し黙り、彼女とともに俺に頭を下げる。


「だったら、絶対に俺たちの前には出るなよ。フレンドファイヤーで殺したら洒落にならないからな」


「アレク様、ありがとうございます! はい。必ずアレク殿の指示に従います!」


 クエスは本当に嬉しそうだ。

 クエスのレベルは2だから、一応戦闘訓練は受けているようだ。

 だけど自分の力を過信するような馬鹿には見えなかった。


 むしろクエスは自分の弱さも、自分の言葉によって多くのエルフたちを戦死させることになることも自覚しながら、全てを背負う覚悟を決めているって感じだ。


 たぶん俺とエリザベスが来なくても、クエスは同じ選択をしたのだろ。

 俺には絶対に真似できないし、真似したくない。

 俺は勝てる相手としか戦わないからな。


 とりあえずエルフたちには、他の者たちには俺が元魔王だってことを公言しないように口止めする。

 魔族軍に俺の正体がバレて、もし戻って来いとか言われたら面倒だからな。

 まあ、そのときはアレク個人として魔族軍に宣戦布告してやるか。


「ところで、クエス嬢。シャルナの冒険者も、魔族軍の襲撃で全滅したのか?」


 こう言ったのは、義勇兵の中に冒険者らしい連中がいなかったからだ。

 いや5,000人を見た目で判断できる訳じゃないけど、このタイミングだとシャルナにいる筈のプレイヤーキャラの姿も

ないんだよ。


「いいえ。冒険者は先日の戦いには参加していません。彼らには魔族軍と戦う義務はありませんから。

 それでもシャトラから市民が避難することには、協力してくれました。

 だから生きているとは思いますが、彼らがどこにいるのかは解りません。

 おそらく他の街に避難したのではないでしょうか」


 街がなくなれば、当然だけど冒険者は仕事を受けることができない。

 だから他の街に行った可能性もあるけど、俺の知っているプレイヤーキャラはそんな薄情な奴じゃないと思う。


『エリザベス。シャトラにいた冒険者たちの現在地点を把握しているか?』


 エリザベスに伝言メッセージを送る。

 口頭で確認しなかったのは、俺たちが余り情報を掴んでいると知られると変に疑われる可能性があるからだ。


『はい、アレク様。全員ではありませんが、主なメンバーは……』


 なるほどね……そういうことか。

 だけど、この情報はまだ伏せていた方が良いな。


 クエスの話では、大森林各地の村や集落にいる義勇兵を集めるのに3日掛かる。

 そこからシャトラまでは、徒歩だと1週間ってとこか……十分間に合うな。


「それじゃ、クエス嬢。3日後に進軍開始ということで問題ないな? それまで俺たちはこの村で休ませて貰うよ」


 勿論、3日も時間を無駄にするつもりはない。

 クエスが用意してくれた部屋に入ると、俺は2体のドッペルゲンガーを召喚して俺とエリザベスの影武者を用意した。

 そんなことをしなくても、普通に出掛ければ良いと思うかも知れないが。

 このタイミングで姿を消すと、魔族軍と内通していてるんじゃないかと余計な詮索をする奴がいるだろうからな。


「アレク様の魔法は本当に便利ですよね。見た目だけだと全然解りませんよ……でも、僕よりもちょっと胸が小さいかな」


「いや、同じだから……俺は『魔法生サモン・マジッ物召喚ククリーチャー』のレベルもMAXだからな、ドッペルゲンガーを完璧に操れるんだよ。それよりも、エリザベス。シャトラの冒険者が潜伏しているところに早く案内してくれよ」


 俺たちは転移魔法テレポートで村を抜け出して、冒険者たちの元に向かった。

 シャトラにいた冒険者の一部は、意外なほど近い場所に潜伏していた。

 エルフの大森林から、1日ほどシャトラの方へ向かったところにある洞窟だ。


「なあ、ちょっと話をしないか」


 洞窟の奥の広まった場所で焚火を囲んでいたのは、5人のエルフの冒険者だ。

 だけど周囲の暗闇の中には、他にエルフが10人と人間が4人にホビットが2人……ドワーフり冒険者も1人いることは解っている。


「おまえたちは……何者だ?」


 冒険者たちは警戒して武器を抜くが、俺は敵意がないことを示すために抜かない。


「俺たちはイルマーハ辺境伯令嬢のクエス・イルマーハに雇われた冒険者だ。クエス嬢が率いる義勇軍が3日後にシャトラ奪還に向かうことになったから知らせに来た」


「冒険者だって……見たことのない顔だな。それに俺たちがいる場所がなんで解ったんだ?」


 俺たちが話をしている間に、隠れている冒険者たちが周りを取り囲むように移動を始めた。まあ、当然の行動だよな。


「俺たちはシャンパルーナに魔族軍が侵攻したことを知って来たクチだからな、おまえたちが知らないのは仕方ないだろう。

 おまえたちの居場所が解ったのは、俺ならシャトラにできるだけ近い場所で監視しようと思うし、大森林以外で潜伏できるのはこの洞窟だけとクエス嬢に聞いたからだ」


「なるほどね……一応は理屈が通っているな。だけど、冒険者がわざわざ魔族軍が侵攻した場所に来るのはおかしいだろう?」


 俺たちを疑っているというよりも、隠れている仲間たちの準備が終わるまで時間稼ぎをしているってところだな。


「いや、俺たちはエミル嬢に請われて来たし、魔族軍がいようと関係ないけどさ……話は変わるけど、隠れている奴らの準備はできたのか? 俺たちは22人全員で掛かって来て構わないから、さっさとしろよ」


「へー……たった2人で来るなんて、随分と間抜けな奴だと思ったけど。少しはできるみたいだね……良いよ、話だけなら聞いてあげる」


 闇の中から現れた冒険者たちの中でに、一際目立っている奴がいた。

 赤い髪と褐色の瞳のエルフの女で、妖精銀ミスリルのレイピアとハーフプレートを装備している――こいつがプレイヤーキャラのシリル・エイバリッタだ。


 だけど、そんなことよりも……


「あのねえ、君……そんなに死にたい? 僕なら君たちを1秒で殲滅できるけど」


 ほんの一瞬でシリルの背後に移動したエリザベスが、『血の剣ブラッドソード』をシリルの首元に突き付けていることの方が問題だった。

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