第36話 決別


「アレクが魔王って……あんた、何を馬鹿言ってるのよ。魔王と名前が同じだからって、冗談でも言って良いことじゃないわよ」


 魔王だとカミングアウトしたら、レイナに睨まれた。

 だけど彼女の態度を見れば、魔王をどう思っているかは解る。


「レイナ、悪いけど冗談じゃないんだ」


 俺は視線を動かしてソフィアとエリスを見る。

 ソフィアは突然のことにアワアワしていた。

 エリスは……少し怒っているみたいだけど、仕方ないと俺の決断を受け入れてくれたみたいだ。


 魔王に転生したのは俺のせいじゃないからカミングアウトする必要はないって、エリスは言ってくれた。

 それを裏切ることになったけど、俺は黙っていることができなかった。


「みんな、今まで騙していてごめん」


 俺はアレクの能力を使って、本来の魔王の姿に戻った。

 羊のような二本角と背中にある大きな黒い翼。

 これは魔王アレクの象徴のようなモノだ。


「魔王……アレク!」


 レイナは2本の剣を抜き放つと、いきなり切り掛かって来た。

 だけどエリスが俺を庇うように立ち塞がる。


「エリス、そこを退きなさいよ!」


「レイナ、駄目よ。冷静になって。姿が変わってもアレクはアレクだわ」


「だけど魔王じゃない! エリスこそ、何で魔王の味方をするのよ!」


 レイナの親を殺したのは魔族だ。

 魔族軍との紛争に巻き込まれて、戦災孤児となった彼女をガルドが拾った。

 だから魔族軍を率いる魔王を殺したいと思うのは当然だろう、


「エリス、ありがとう。でもレイナの好きにさせてやってくれ」


「アレク……」


 俺はエリスの肩を叩くと、レイナの前に進み出た。

 レイナの赤い瞳が俺を睨み付ける。


「アレク、あんたは私を騙して……絶対に許さないから!」


「ああ。レイナには申し訳ないと思ってるし、言い訳をするつもりはないよ。

 だから俺を切るのは構わない。だけど悪いけど、今のレイナじゃ俺のHPを削ることも出来ないんだ」


 レイナの気持ちを考えれば、何をされても文句を言うつもりはない。

 だけどVITとREGが高過ぎるから、剣でも魔法でもノーダメージになってしまう。


「ふざけるんじゃないわよ……いくら魔王だからって!」


 レイナは剣を握る手に力を込めるが、切り掛かっては来なかった。

 ダメージが出ないと解ったからか、それとも……


「当然だけどさ、俺はパーティーを抜けるよ」


 俺はレイナを見つめたまま続ける。


「エリスもソフィアも、騙していて・・・・・ごめん。みんなにも悪かったと思ってるよ」


 同じ転生者の2人まで巻き込むつもりはない。

 だから俺が魔王だとは知らなかったことにした方が良いだろう。


「アレク! せっかく、また一緒に冒険できるようになったのに……すぐにお別れなんて嫌だよ! ねえ、みんなも何か言ってよ!」


 ソフィアが泣きそうな顔で言うが、誰も応えなかった。

 みんなにとっても魔族は敵だからな。いきなり攻撃されないだけマシだ。

 エリスは無言のまま、じっと俺を見つめている。


「ソフィア、ごめん……ギスペルの方の密売ルートは俺が潰しておくし、バレス・ロドニアから巻き上げた金はキチンと被害者のために使うからさ。それとエリス……今までありがとう」


 俺はエリスの手を強引に握るフリをして、彼女に指輪を渡す。

 『伝言の指輪メッセージリング』だ。

 エリスには俺に文句を言う資格があるし、何かあれば俺の手で守りたいと思うから。


「待ちなさいよ、アレク。逃げるつもり!」


 レイナに呼び止められる。

 振り向くと、レイナの顔には怒りと苛立ちと迷いが渦巻いていた。


「ああ。逃げるしかないからな」


 少しでもレイナが迷ってくれたことは嬉しいよ。

 だけど今のまま一緒にいることなんてできなし、今のレイナたちなら俺がいなくても問題ないだろう。


「じゃあ、行くよ」


 俺は転移魔法テレポートを発動した。


※ ※ ※ ※


 転移魔法で俺が向かった先は『始祖竜の遺跡』だ。

 『始祖竜の遺跡』は転移阻害を常時発動しているから、直接転移できるのは1階層の特定の部屋だけだ。


「エリザベス、おまえなあ……殺意が駄々洩れだったぞ」


 直後に俺を追って転移して来たエリザベスに文句を言う。


「さすがアレク様ですね、バレてましたか。だけど、あの赤目女がアレク様に喧嘩を売るのが悪いんですよ」


 エリザベスは悪びれもせずに、俺の腕に抱きつく。

 彼女は『不可視インビジブル』と『認識阻害アンチパーセプション』を発動して隠れていたけど、俺の方がレベルが高いから通用しない。

 エリザベスもバレていることなど解っていたのに、惚けているだけだ。


「別に良いんだよ。俺が騙したのは事実だからな」


「だけどアレク様。僕なら騙されても殺されても、世界で一番大切なアレク様を恨んだりしませんよ」


 ああ。おまえは『遺跡の支配者』の力で俺に支配されてるからな……とは言わない。

 そんなことを言っても仕方ないし、エリザベスを侮辱することになるからな。


 『始祖竜の遺跡』の中をエリザベスと2人で移動する。

 配下の戦士モンスターたちが俺を見掛けると最敬礼するから、その度に手を上げて制した。


「ギスペルの密売ルートと『楽園』の被害者救済の件は、おまえも聞いていただろう。全部任せて良いよな?」


「勿論ですよ……優しいアレク様のために、僕が完璧に仕事をこなしますから」


 俺の考えを見透かしたようにエリザベスが微笑む。

 だけど悪い気分じゃない。例え『遺跡の支配者』の力のせいだとしても、エリザベスが俺のことを想ってくれているのが解るからだ。


「アレク様。ご帰還をお待ちしておりました」


「アレク様、待ってましたよ。俺もまた強くなったんで殴り合いステゴロに付き合って下さいよ」


「ロンギス、アレク様に失礼です! エリザベスも、また無駄肉を押し付けて……ああ、私こそ失礼しました。アレク様、お帰りなさいませ!」


 アギトにロンギスにサターニャ。『太古のエンシェント神の騎士団ゴッズナイツ』の3人は俺の帰還を部下からの『伝言』で知ったのか、1階層まで駆け付けて来た。


 もう1ヶ月以上『始祖竜の遺跡』には戻っていなかったからな。

 それにしても……相変わらず過ぎて突っ込みたくなるよな。


「みんな、ただいま。『伝言』で聞いているけど、とりあえず俺が留守の間のことについて、それぞれ報告をして貰うか」


「「「はい、畏まりました!」」」


 片膝をついて頭を下げる3人に対して、エリザベスは俺の腕に抱きついたままだ。


「エリザベス、貴方という人は……アレク様もエリザベスをお叱り下さい。それにエリザベスだけ……アレク様と一緒なんてズルいです」


 サターニャはエリザベスに絶対零度の視線を向けた直後、俺を見ると表情が一変して甘えるように上目遣いになる。

 だけどエリザベスがさらにと力を込めて俺に胸を押しつけると、再び絶対零度に……


「おい、おまえらさあ……」


 俺は呆れながら……彼らの姿に自分がほっとしていることに気づいて、思わず苦笑してしまった。

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