第35話 転生者


 バレス・ロドニアの城を後にして、みんなに追いつくまでは、大して時間は掛からなかった。


「それで、ロドニア伯爵とはどんな話をしたの?」


 馬車に乗るなり、エリスが訪ねて来た。

 こっちの馬車にはメインキャラの4人とガルドが乗っている。

 御者台に座るガルドも含めて、みんな気になるようだ。


「バレスには、もう二度と悪巧みはするなと釘を差しておいたよ。それと、あいつが『楽園』で稼いだ金は全部、麻薬中毒者の治療とか被害にあった人のために使うことになったから」


 バレスから奪って来た大量の金貨を見せる。

 全部で150億Gギルってところだ。

 もっとあるかと思ったけど、バレスは金遣いが荒いらしく、手元に残っているのはこれだけだった。


「アレク、あんた……あいつを脅したの?」


 何でそんな話になってるのと、みんなが唖然としている。

 あのままバレスを見逃すことには誰も納得していなかったけど、まさか金を差し出すとは思わなかったらしい。


「否定はしないけどな。バレスが逆恨みして暴走しないように手を打ったから問題ないよ」


 いったいどんな手を打ったのか、みんなは訝しそうな顔をしてたけど。

 エリスだけは察したらしく、呆れた顔をしていた。


「話を戻すけどさ。麻薬中毒者の中には自業自得な奴も多いだろうから、全部救済するつもりはないけど。

 こういう慈善事業的なものは教会にでも丸投げしようと思ってるよ」


 選別は教会にさせるが、諜報部隊に教会を監視させる。

 エリザベスなら最適な部下を選定するだろう。


「この話はもう良いわ。アレクが問題ないって言うなら大丈夫だろうし、あんたが私たちのためにやったことは解ってるから」


 レイナの言葉にみんなが頷いて、生暖かい笑みを浮かべて俺を見る。

 確かに俺はバレスがみんなをやらしい目で見て、セクハラ発言をしたことにムカついたんだけどね。


「あとは『転生者』の話ね。アレク、後で説明するって言ったことは憶えているわよね」


「ああ、勿論だよ。だけど、その件はチョップスティックのメンバーにも話したいから。夜営のときまで待ってくれないか」


 レイナが了承したので、そこから暫く雑談タイムになった。

 話題の中心はバレスのことで『顔だけ良いけど生理的に無理』とか『ニヤケ顔だから顔も駄目』とか『滅茶苦茶性格悪そう』とか悪口のオンパレードだ。


「でも顔の話だけで言えば、バレスって男の俺から見てもイケメンだと思うけどな。ちょっと良いなとか、思わなかったのか?」


「アレク、何を言ってるのよ。顔の造形が良ければモテるなんて幻想だから」


 あれ。何故かエリスに睨まれた。


「そうだニャ。隣にいて安心できるとか、こっちの話を真摯に聞いてくれるとか、中身が大事ニャ。顔だけ良い男なんて願い下げニャ」


「そうね。でも性格が良くても鈍いのはどうかと思うけど」


 セリカがジト目をしてる。

 いや、何を言いたいのかは解ってるけど。

 だから誤解だって。


 御者台のガルドは話には加わらず、みんなの話に耳を傾けていた。

 だけど目が合ったときに同情するような顔をしてのは、俺の気のせいだよな。


※ ※ ※ ※


 日が暮れて来たので、適当な場所を探して夜営の準備をする。

 みんなで夕飯の支度をして、テントも用意する。

 2つのパーティーは女子比率が高いから、2台の馬車は女性陣が使って、男4人はテントの方で寝ることになっている。


 みんな腹が減っているだろうから、粗方食事が終わるまで待つ。

 転生者について話をすることはソフィアにも伝えたから、ソフィアはそわそわしていた。


「それじゃ、そろそろ良いか?」


 俺の言葉にみんなが視線を集める。


「バレスが言ってた『転生者』のことだけど。まず最初に言っておくけど、俺の話を信じる信じないは、おまえたちの好きにしてくれ。

 それくらい突拍子もない話に聞こえるだろうからさ」


 そう前置きしてから、俺は説明を始めた。

 俺がこことは別の世界で死んで、この世界に転生したこと。

 原因も理由も解らないけど、前世の記憶に目覚めたのは2年くらい前で、それ以前の記憶は他人のモノのように感じること。


「こんな話をしても、俺の勝手な思い込みだって思うかも知れないけど。

 俺たち『転生者』は同じ記憶を共有しているんだよ」


 俺が視線で促すと、エリスが頷く。


「みんな、ごめんなさい。私もアレクと同じ転生者なの。

 私が前世の記憶に目覚めたのは5年前。転生したのは別の時期だけど、アレクに会ったときすぐに同じ転生者だって気づいたわ。

 アレクが言ったように、同じ記憶を共有しているから」


「アレクのことを元々知り合いって言ったのは、そういう意味なの?」


 セリカが問い掛ける。

 俺とエリスがクルセアで会ったとき、みんなにそう説明した。

 あのときは転生者だとバレれないように口裏を会わせただけだが、セリカの指摘も完全に的外れって訳じゃない。


 あのときエリスが知り合いだと言ったのは、ソフィアも同じだ。

 それに気づいたみんながソフィアに視線を集める。


「みんな、ごめん。言ってなかったけど、私も転生者なの。だけど私は2人と違って、初めは2人が転生者だって気づかなかったんだよね」


 ソフィアの言葉に、みんなが疑問を抱いている。

 レイナが転生者同士は同じ記憶を持っているから直ぐ気づくと言ったこと矛盾があるからだ。


「2人が言ったことに矛盾があると思うかも知れないけど、そうじゃないんだ。

 それを理解して貰うためには、俺たちが共有している記憶について説明する必要がある。

 俺たちがいた世界には、この世界とそっくりな世界についての物語があるんだよ」


 ゲームと言っても理解して貰えないから、俺は物語として説明する。


「レイナとセリカとライラ、そしてエリス自身も、その物語の主役として登場するんだ。

 だけど単に名前が同じだって話をしてるんじゃない。


 俺たちの世界には魔法とは違う技術が発展していて、物語に沿って絵を動かしたり声や音を再現したりできるんだけど。

 物語の中のレイナたちは姿や声まで、目の前にいるおまえたちにそっくりなんだよ。


 そして、そっくりなのは人のことだけじゃなくて。

 サリア村が魔族に襲撃されたこととも、ウルキア公国で『楽園』の密売が行われたことも、俺たちの世界の物語と同じなんだ」


 俺が説明したことを、レイナたちは必死に理解しようとしていた。

 ゲームもアニメもないこの世界の住人が理解するのは難しいと思うけど。

 レイナは自分なりに消化しようとしていた。


「つまり、私たちはアレクが知ってる物語の登場人物だってこと?」


「いや、俺にはそこまで解らないけど。逆の可能性もあるだろ。例えば、俺たちをこの世界に転生させるために、この世界の神が物語を作ったとか」


 自分が物語の登場人物だと言われたら、嫌な気持ちになると思って言葉を選んだのも事実だ。

 だけど言葉通りに、俺はこの世界が何者かがエボファンを具現化したものだと決めつけるつもりはない。


「とりあえず俺が言えることは、少なくともこの世界の未来は、俺たちが知ってる物語と同じようになるとは限らないってことだ。

 例えばガーランドやバレス・ロドニアみたいな転生者のせいだと思うけど、クルセアやウルキア公国で起きた事件は、結末が物語と変わっていたんだよ」


 ゲームのときはガーランドはサリア村に総攻撃なんか掛けなかったし、バレスもいきなり降伏なんてしなかった。

 そして奴らの勝手な行動のせいで、エボファンの物語メインストーリー通りに今後もイベントが起きるとは限らない。


「話を戻すけど。ソフィアが俺とエリスが転生者だと気づかなかった理由は、俺たちを物語の登場人物だと思い込んでいたからだ」


 ここまで説明して、みんながある程度転生者について理解したことが解った。

 だから俺はエリスやソフィアにも話していない爆弾を落とすことにする。


「もう1つ、俺はみんなに隠してたことがあるんだ。俺が転生したのは――」


 俺のことを心配してくれるエリスには悪いと思うけど。


「冒険者のアレクじゃなくて、魔王アレク・クロネンワースなんだよ」


 俺がカミングアウトしたせいで、みんなと仲違いすることになったしても。みんなを騙したままでいるよりマシだと思う。

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