第4話 ミッドナイト・ファイト

「僕に用かい?」


 ミッシェルは笑顔を貼り付けて、ゆっくり女へ近づいていった。


 本音としては、ラファエルかガブリエルの方に行って欲しかった。

 魔道士として名を馳せるミッシェルは、二人に比べれば剣技は劣るため、先制で強力な物理攻撃を受けた場合、組み立てが難しくなるのだ。

 

 暗闇に浮かび上がるほど肌の白い女が、喜色を浮かべて手招きをする。

 

 ミッシェルは、必死に魔力を抑えているが、相手からは痺れるような魔力が垂れ流されている。

 恐ろしく淫らな魔力……並の人間ならひとたまりもないだろう。


「私と楽しみましょう」


「困ったな……」


 ミッシェルはどんくさそうに、ポリポリと頭を掻く。


「良いのよ我慢しなくても。初めてなのかしら? 大丈夫、ちゃんと優しくしてあげるわ」


「流石に初めてではないですけど、僕……人見知りなので、知らない人とはちょっと……」


 誘いに乗らないミッシェルに、魔物は魔力の圧を上げた。


「あなた、自制心が強いのね」


 もう食い殺さんばかりに魔力を禍々しく高め、腕を伸ばしてきた魔物に対し、ミッシェルも自身の力を解放した。


雷の獄Prison du tonnerre

 

 闇を裂く稲妻。

 細い金の光が、幾重にも降り注ぎ魔物を包む。

 魔物は、金の檻に閉じ込められたかに見えた。

 しかし、俯いていた女が、急に顔を上に向け目をカッと開いたかと思うと、その体はムクムクと膨れ上がり、光の格子を吹き飛ばした。


 元の10倍以上の大きさにはなっただろうか。

 所々に雷による火傷を負い、憤怒の表情を浮かべる魔物は、その正体を現した。

 上半身は美しく女、しかし下半身は巨大な蛇。

 なめらかな鱗に覆われた胴体がうねうねと動いている。


「ぎゅうっと抱きしめてあげるわね」


 ニタリと笑った口からは、鋭い牙がのぞく。

 そこから滴った雫は、地面に落ちてジュッと音を立てた。


「抱かれたり、キスしたりしたら、昇天間違いなしだねぇ」


 ミッシェルは、魔物の全身を観察した。

 巨大で下肢が蛇ということ以外は、人とほとんど変わらない。

 魔力も「魅了」は強烈だが、他に特性はなさそうだ。

 あとは毒に注意さえすれば……。

 

 魔物は、素早く動き鉤爪を繰り出した。

 巨大にも関わらず、動きは早い。


水晶壁cristal mur

 

 ラファエルは、壁を築いて防いだが、女怪の爪から染み出す毒は壁を溶かして砕いた。

 

 鋭く曲がった爪が迫る。


 ギィィィィン


 刃と刃がぶつかる。


「いきなり派手にやりすぎだろ」


 鮮やかな黄色に輝くオリハルコンの大剣。 

 それで、毒の滲む爪を受け止めてガブリエルは言った。


「うふふ。もう1人来てくれたの? 見て頂戴、美しいでしょう? この鱗。私、強くなったの。あの頃と違うのよ。人なんて、ひと嚙みで殺せるの。ちょっと握れば潰れるの。素敵でしょう私。うふふふ……」


 魔物は、ブツブツ言いながら力を込めてくる。

 剣と爪。ギチギチと押し合う音が響く。

 このまま力と力の戦いになる、かと思われたところ。


 一陣の風のような、斬撃。

 シュンっと音がしたと思えば、鉤爪の腕は宙を舞って、ズシンと地面に落ちた。

 零れた毒が地面を焼く。


 

「力比べして遊んでいる暇なんて無いよ。どうせデカい胸に見惚れてたんだろう」


「馬鹿、そんなんじゃねーよ。……すげぇとは思ったけどよ」


 ラファエルとガブリエルが剣を構えて、ミッシェルの前に立った。


(あの攻撃と容易に止めたり、切ったり……『金剛』『銀風』は伊達じゃない)


「毒に気をつけて、動きは止めといて。あ、あと殺さないで」


 ミッシェルが注文した。


「『殺さないで』が1番難しいんだがな」


「同感」


 2人はそう言ったものの、さすがだ。

 牙や残った方の爪から飛ばされる毒液を難なく躱し、ガブリエルの重い剣とラファエルの素早い剣は、交互に巧みに打ちかかった。

 うまく捌くことの出来ない魔物は、一歩も進めずに、唸り声をあげた。


 その間に、ミッシェルは、細剣を抜くと地面に魔法円を描き、中心に錫の小瓶を置いた。

 そして、地面に両手をついて、多めに魔力を流す。


氷の檻Sceau à glace


 ミッシェルの手元から、女怪に向かって氷の道が伸びていく。

 氷は蛇の尾を捕らえ、月光をちらちら反射しながら、その体を覆っていく。


「ヒィィィ、ァァァ…………」


 最後は悲鳴をも凍らせて、大きな氷像が出来上がった。 

 

 キィン


 ミッシェルは、剣先で軽く錫の瓶を叩いた。

 瓶は僅かに光ったかと思うと、氷の像と化した女怪を吸い込んだ。


 カチリと蓋を閉めて、ミッシェルは小瓶を胸ポケットにしまった。

 

 ガブリエルは、ぽかんと口を開け、ラファエルは目を見開いてそれを見つめていた。


「いや、ちょっと彼女の正体が気になっちゃて、調べてみようかなって思ったんだけど。ごめん、びっくりした?」


「……『龍眼の魔道士』ハンパねぇな」


「2人こそ見事な剣だったよ。ますます惚れちゃった」


「気持ち悪いな」


「酷い」



「これで、終わりではないのだろう? ミッシェルほどでは無いが、私も多少魔力はある。魔障は……多いな」


「うん、もう少し色々調べてみないと分からないね」

 

 煌々と月に照らし出されたヴィアの街は、一応の平穏を取り戻したが、街の隅々には良からぬ魔の気配が残る。

 

(捕らえた女からは、僅かに人の気配もしている…これは、只の魔物出現じゃない……参ったなぁ)


 ミッシェルは、首の後ろをさすりながら、歩き出した。

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