第1話 仲間になってよ
3年前
ミッシェル・オネットは、母国グルナの隣国リノール公国の都ヴィアにいた。
老舗のバルで、マキアートを手にコーヒーの香りとミルクの自然な甘さを堪能していると、店内が僅かに騒ついた。
どうやら、彼の待ち人が到着したようだ。
月光のような長い銀の髪を黒いリボンで束ねた美貌の剣士が、衆目を集めながら店内を進んでくる。
シャンデリアがキラキラ光を反射する店内。大理石の天板のテーブルには、高級ドルチェが淑やかに並べられている。
「まるで宮殿だな」
その壮観な様を横目に、銀髪の麗人はフッと息を吐いた。
「ようこそ。僕がミッシェル・オネットだ。君がラファエル・グレイだね。来てくれてありがとう」
ミッシェルは、立ち上がると店の雰囲気に合わせた上品な笑みを浮かべ、手を差し出した。
「はじめまして。王族でもいそうな高級店に、怖気付いてるよ。正直、今すぐにでも帰りたい気分だな」
握手を交わした後、店内をぐるりと見渡してラファエルは肩をすくめた。
「それは申し訳なかったね。しかし他でもない、
ミッシェルの緑の瞳が悪戯にきらめく。
「……口説く?」
ラファエルは、氷のような瞳を眇めた。
「ああ」
「だとしたら謝るしかないな。私は、誰ともつるむつもりは無いんだ。今回も仲介者に恩があったから、来てはみたが、スカウトなら断るつもりだった」
ラファエルは、そのまま立ち去る素振りを見せた。
「まあ、待ってよ。もう一人呼んでいるんだ。前に一緒の現場で出会ったんだけど気のいい奴だから会ってみてよ。それに……この店のバイチェルンは絶品なんだ。滑らかで香りもいい。せめて一杯飲んでいって」
ミッシェルはそう言って、人好きのする笑みを浮かべると、丁度運ばれてきた飲み物を勧めた。
ウエイターも、愛想よく微笑んでカップを差し出すので、ラファエルは仕方なく受け取り、腰を下ろすと茶色い液体を口に含んだ。
「……美味しい」
「だろう? 使っているチョコレートの質が良いんだよね。コーヒーも嫌味がなくて、鼻に抜ける香りが堪らない。せっかくだから、こっちのブリオッシュも食べてよ。バター上品な香り、軽い甘さがクセになる味だから」
食い気に負けるのは癪だったが、好物を前にしたラファエルは、帰るタイミングを逸し、サクサクとしたブリオッシュを堪能する事となった。
「どうだい?」
「悔しいけど、美味しいよ。困ったな、これ凄く高くつきそうで……」
そう言ってラファエルは相好を崩した。
その顔をまともに見てしまったミッシェルは、思わず「可愛い」と漏らしそうになり、ぐっと堪えた。
「おう! ミッシエル! 悪りい、遅くなった」
2メートル以上はある長身の男が、大きな声をあげてやって来た。
「ガブリエル、久しぶり。よく来てくれたね」
ミッシエルは笑顔で迎えた。
「なんだってこんな店で待ち合わせなんだ? 入るのに躊躇しちまったぜ。って、まさかコイツが『銀風』か? なんだ、思ったより細くて小せぇな」
ガブリエルはそう言うと、遠慮なくラファエルの肩を叩いた。
「強さは、図体で決まるもんじゃ無いだろ」
ラファエルは手を払って、顔を顰めた。
「いやあ、エルーダ裏社交会の花形、デイジー・ヒルを落とした男だぞ。もっとこう何だ、男らしい剛健な感じの奴を想像していたんだ……まあ良いや。うん。夜の強さはガタイじゃねえもんな」
カブリエルはそう言って豪快に笑った。
少年の時分から、卓越した剣技により「銀の風」と呼ばれ、傭兵界では名の知られたラファエルだったが、昨年世界屈指の歓楽街パールバンの最高級娼婦を身請けした事から、一躍有名となっていた。
「くぅ、羨ましいぜ、デイジー・ヒルが恋人だなんて。なぁ、彼女はどんな感じなんだ? 腰の振りとか最高か?」
ガブリエルは、顔を寄せて訊いてきた。
「……おい、初対面にしちゃ色々失礼じゃないか?」
アイスブルーの目が一層冷える。
「何だ。銀風さんは、お堅い奴なのか? 世界各地で女を泣かせ、ありとあらゆる美女を恣にしているんだろ? ベッドでの技とかも色々聞けると思って楽しみにしていたのに。……酒入れねえと言わねえクチ?」
「……すまない、やはりチームでやるのは難しい」
食い下がるガブリエルに、ラファエルは渋面を作ると、代金を置いて立ち上ろうとした。
「待て待て待て。ガブリエルも昼間から飛ばし過ぎ! ラファエル頼むよ、断るのは僕の話を聞いてからにして。……ええと、二人は今この街で起きている怪死事件、そして失踪事件については知っている?」
ミッシェルは慌てて、本題を切り出した。
「ああ、若い男の不可解な惨殺体が見つかっているという話は聞いている」
ラファエルが頷く。
「全身の体液を抜かれたり、臓物をまき散らしたり……異常な状態の死体が、今月だけで25体も見つかっている。そして、彼らのうち複数が直前に美しい女に誘われて出掛けたという証言がある」
「という事は、精気も生き血も吸い尽くすという、エンプーサの一種か?」
ラファエルが厳しい目つきになる。
「エンプーサねぇ。美女と交わって、殺られたんなら本望なんじゃね?」
ガブリエルは、しれっと言った。
「ガブリエル~、犠牲者には10代半ばの子もいるというし、気の毒だよ。それと、変死体が見つかり始めた頃から、女性の失踪が相次いでいるらしい。その辺も気がかりなんだ」
「なるほど。それは確かに気になるな」
ラファエルは、テーブルに頬杖をつきながら同意した。
「しっかし、俺が言うのもなんだけど、『龍眼』『金剛』『銀風』って、随分豪華な取り合わせだよな」
ガブリエルは、改めて2人の顔をまじまじと見た。
「実は僕、『傭兵団』を作りたくてさ。それで勧誘も兼ねて今回2人に声をかけたんだ」
ミッシェルは、はにかんだ笑みを見せた。
「傭兵団? 騎士団を作ればいいだろ。あんた貴族なんだしさ」
ガブリエルは訝しげに言った。
「うーん。……何かに縛られたく無いし、縛りたくもないから……騎士団は、向いてないなぁ。礼節、名誉、忠誠なんか要らないんだ、助けを必要とする人の役に立てれば、それでいいと思う」
「慈善なら、ひとりでやってりゃいいじゃねえか」
ガブリエルの眉間の皺が深くなった。
「そう思って、僕もこれまでやってきた。でもね、やっぱり、個人がこの手で救えるものなんてほんのひと握りなんだよ」
ミッシエルは、上に向けた掌をそっと閉じた。
「それは、少し分かるかもしれないな」
ラファエルは思案顔で頷いた。
「ありがとう。ひとりは、点でしか無い。でも仲間がいれば、それが線や面になって、この手以上のものが掬えるんじゃないかって思ったんだ」
「『傭兵団』でそれが叶うと?」
ラファエルが問う。
「正直に言うと、傭兵団は看板。本当にやりたいのは、傭兵のギルドを作ることだったりする。武力を必要とする人と武で生計を立てる人を繋ぐ場所をね」
「傭兵の斡旋所なら既存のものがあるだろう」
「僕はね、なんと言うか……信頼のおける『傭兵ギルド』を作りたい。僕も結構若いころから傭兵やっているけどさ、分不相応な依頼を受けてしまい、命を落とした駆け出しの若手とか、法外な報酬を要求されて身を売った依頼者とか、たくさん見てきたの。そう言ったミスマッチで悲劇をおこさない、しっかりしたギルドを作りたいんだ」
「なるほど。つまり、私達にその傭兵ギルドの広告塔をしろということなのか」
ラファエルはそう言って腕を組んだ。
「まあ、そういう事だね。二つ名が3人揃えば、結構なインパクトでしょ。そんな傭兵団がいるギルドなら依頼も集まるし、登録する傭兵も増えると思うんだ。それにね、僕は、君達のことを適当に選んだ訳じゃないよ。戦闘力、人柄、これまでの受託傾向も併せて分析して、君たちが良い、君たちなら乗ってくれそうって思ったんだ。だからお願い、仲間になってよ」
ミッシェルは2人に向かって両手を合わせた。
「分かった。俺はいいぜ。『傭兵ギルド』ってやつも面白いと思う。俺も、前から信用のおける斡旋所があればいいって思っていたしな」
それまで頷きながら話を聞いていたガブリエルは、笑顔でそう答えた。
「……私はそうだな……傭兵団に加わるかは分からないけれど、この事件は気になる。今回、ブリオッシュ分くらいは働くよ」
ラファエルはそう言って、最後のひとつを口の中に放り込んだ。
「やった! ありがとう。とりあえず今回の事件、よろしくね」
2人の返事を聞いて、ミッシェルは顔を綻ばせた。
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