カトル・ラーム傭兵団
碧月 葉
プロローグ:ミッシェル・オネットの述懐
ミッシェル・オネットは、元来争いも暴力も苦手だった。
だから、他の貴族の3男坊がするように、資産のある家の令嬢を追いかけることも、軍隊に入り名声をあげようとすることもしようとは思わなかった。
金も名誉もいらない。
波瀾万丈な人生など送るつもりは毛頭無く、聖職の道に進み、田舎の教会の司祭にでもなって、のんびり生きて穏やかに死ぬのが小さい頃からの夢だったのだ。
そう、「だった」。
今となっては、全て過去形だ。
ミッシェルが、ザクロ水を飲みながら業界新聞に目を通していると、ノック音がして、銀縁眼鏡が良く似合う涼しげな美女が部屋に入ってきた。
「マスター、本日これまでに入った依頼は50件ほどです」
「うわぁ。もう、そんなに。嬉しい悲鳴……かなぁ」
ミッシェルは、椅子にもたれて息を吐いた。
「ふふっ、今月も黒字確定ですね。ちょっと気になる依頼があったので、見て頂けます?」
微笑む事務リーダーに促され、ミッシェルは椅子に浅く座り直すと、受け取った書類に目を通し始めた。
「中級未満の案件と判断できたものは、私の方で予め相性の良さそうな方に割り振っています」
「うん。良さそうな配分だね」
ミッシェルは、顎に右手を添えて軽く頷いた。
「ありがとうございます。では、難易度が高めの案件の差配をお願いします。まずは、ギサーウ平原でのアルミラージの群れですね。100頭以上が出現して、手に負えないようです」
「ははっ、100頭は壮観だろうね。それは、ハンティングが得意なラビ傭兵団あたりに任せるか。喜びそうだし」
「次に、クロディール河のほとりでロバから産まれたワニの案件です」
「は? ロバから、ワニ⁉」
「はい。結構厄介な怪物のようですよ。人を飲み込むわ、毒を吐くわ、糞を飛ばすわで……結構被害がでています」
「ちょっと行きたくないなぁ……それって一応ドランゴン系のモンスターってことになるのかな? うーん、ドラゴン専門のシーグルズに相談するか」
ミッシェルは、時折ブツブツ言いながらも的確に仕事を振り分けていく。
「最後は、こちらです」
「……ん? 上級の案件があるの? ……リノール公国、セペティの洞窟に、半身半蛇の怪物、旅人が複数犠牲……か」
ミッシェルは書類から目を上げ事務リーダーを見つめる。
「似ていますよね」
案の定、彼女は瞳を翳らせていた。
「気になる?」
「ええ」
「……分かった。僕
「『カトル・ラーム』が出るんですか?」
「うん。ここは丁寧にいった方がいい気がするんだ。君にも安心して欲しいしね」
ミッシェルは、ニッと笑ってみせた。
「とりあえず、ガブを呼んでっと。ウルは……どうせパールバンで女遊び中だろうから呼ぶか。うーん、ルーは忙しそうだな。ま、声はかけようっと」
ミッシェルは、伝書鷹たちに、短い手紙を預け魔法をかけると空へ放った。
グルナ国のトゥール伯爵家の3男にして、特級魔術師、「龍眼」、傭兵団「ラトル・カーム」の団長、傭兵ギルドのマスター、商会の会頭……。
少しの間に随分と肩書きが増えた。
「お前……一体何者になるつもりなんだ」
帰省する度に長兄は呆れて笑うが、ミッシェル自身もそう思っていた。
(僕は、一体何処に向かっているんだろう)
遠い昔(といってもミッシェルは20代前半だから、10年程前の話なのだが)、ある少女の行方を知りたくて街へ出た。
家族でよく訪れた教会の、見習いシスターの女の子が、罪を犯し教会を出されたと知ったからだ。
当時ミッシェルは、その娘に恋心を抱いており、もし自分が司祭になった時には、その子と一緒に小さな教会を切り盛り出来ればいい……そんなことさえ考えていた。
その
彼女は、聖職者を誑かした罪人として、焼き印を押され、教会から追い出された。
「大人しい顔をして、とんでもない淫婦であった」
「世が世であれば、『死刑』になる所を、教会追放で済んだのだから、寛大な措置だ」
聖職者達は口々にそう言ったらしい。
当時彼女はミッシェルより2つ年下で、12歳の少女だった。
まだあどけなさを残した顔で、恥ずかしそうに微笑む彼女を想い、ミッシェルは天に問うた。
——罪は何処に?
まだ少年だったミッシェルの心の中には、怒りと不安が渦巻き、彼は居ても立っても居られずに、街に放り出された彼女を探しに飛び出した。
そしてその時、ミッシェルは知らなかった。世界基準で治安が良い方だといっても、夜の街を身なりの良い子どもが1人で歩くのは、自殺行為だということを……。
幸い命は落とさなかったが、路地裏に引き摺り込まれ、身ぐるみを剥がされ、売春宿に売られそうになる所まではいった。
通りがかりのめっぽう腕の立つ商人に救出され、無事家に帰り着いたのだが、情けなくて泣く事すらできなかった。
(あの時僕は悟った。彼女を探し続けるなら、何かから救いたいなら、「力」がないとダメだと。そして、それからは必死だった……)
「マスター! サボっていないで下へ降りてきてください。皆様いらっしゃいましたよ」
扉が開いて声がかかった。
「えっ! もう⁉︎ ガブもウルも、ルーも来ているのかい?」
「ええ、お揃いです。お早く」
事務リーダーの金の瞳に急かされながら、ミッシェルが慌てて階段を下りると、そこには3人の仲間が揃っていた。
「おっす、ミッチ!」
長身で筋骨隆々、黄金の髪を短く刈り上げた男が、茶目っ気のある青い瞳を輝かせて挨拶をしてきた。
白シャツを無駄にはだけさせて着ている、ゆるくウエーブのかかった黒髪の男は、気怠げにタバコをふかしていたが、目が合うと口の端を持ち上げた。
もう1人は、煙を避ける場所で、専用にブレンドされた紅茶を味わっていた。
何気ない仕草も絵になる銀髪の麗人だ。
ミッシェルに気づくと、ふっと口元を和らげ、軽く手を挙げた。
『カトル・ラーム傭兵団』
ビジュアルだけでもインパクトが強いが、たった4人にも関わらず、世間では当代最強の傭兵団と言われる猛者の集団だ。
「へぇ、リノール公国か。俺達、そこで出会ったんだよな」
「『カトル・ラーム』始まりの地……か」
「懐かしいね」
場所と依頼内容を聞いた彼らは、やはりそれぞれ3年前を思いを馳せているようだ。
(そう、僕たちは、あの時から始まった……)
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