第4話 こんな状態で生きていても

 母さんが意識を戻さない植物人間状態のまま1ヵ月が過ぎていた。

 

 1ヵ月を過ぎても意識を戻さない場合は、回復する見込みは殆ど無くなるのだそう。

 それでも、父さんは、意識が戻る事を信じていたいらしい。


 けど僕は、ジッとしているより動くのが好きだった母さんが、こんな植物状態のまま生きているのは、1ヵ月もこんな母さんの姿を見ているうちに、本望じゃないと思えるようになった。


 そんな時、ずっと忘れていたけど、ふと脳裏に浮かび上がった記憶。

 

 3年くらい前、僕がまだ中学生2年生になったばかりの頃、終活というブームの言葉に乗って、母もエンディングノートなるものを購入し、尊厳死についての書類を作成していた。


 あれは、どこに有るのだろう?

 たしか、壁掛けに入れてあるクリアファイルの中だ!


 出て来た書類に目を通してみた。


『尊厳死宣言公正証書』と書かれた文章の中には、僕や父さんの名前も了解を得たという事で連記されていた。


 父さんに見せると、父さんは、そんな物は無効だと言い張った。

 

 だけど、この書類の存在によって、以前から母さんは、植物状態のまま生きる事を望んでなかった事がハッキリしたんだ。


 今の状態は、母さんの本望ではない!


 回復の見込みも無く、本人の望みでは無い、チューブを繋いだこの状態を維持する為にかかる膨大な出費、毎日のように僕達が足を運ぶ労力。

 それで、いつかは目が覚める希望がそこに有るなら、僕はそれにかけたいが、医師も時間の経過するほど、回復の見込みも無くなって行くと言う。


 だったら、母さんの希望通り、人間らしく、最後の長い眠りに就いてもらった方が良いに決まってる。

 そうでないと、母さんが自ら作成したこの書類の存在理由が無くなるのだから。


 僕は、父さんを説得し、父さんと2人で『尊厳死宣言公正証書』を担当医師に見せた。

 

「植物状態になった患者さんのご家族それぞれ、色んな選択を強いられる事になりますが、君のお母さんにとっては、それが正しい選択かも知れませんね」


 担当医師は、書類を提示すると見慣れた様子で頷いた。


「最後に確認しますが、本当に止めてよろしいですか?」


「お願いします」


 僕と父さんの声が合わさって答えた。

 きっと、声には出せないけど、母さんもそう答えてくれていたはず。


 医師は、今まで、母さんの生命を維持して来た延命措置を止めた。

 ずっと耳に聴こえ続けていた機械の音が止んだと同時に、母さんが息を引き取った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る