18

「過度に思いつめる節があるから心配してたんだけど…、まさか不眠とは。これまた相当悩んでるね?」

「ま、まぁな…」

あれから今の今まで泣いていたと聞くと、誰もが驚くだろう。俺自身が一番驚いているのだから。

みくのこととなると、自分で自分の感情をコントロールできなくなるらしい。まるで子供じゃないか。

「何があったとか、聞かないのか?」

「気になるかどうかで言ったら気になるさ。それが研究者の性ってものだからね。だけど僕はそれ以前に、君の保護者だと思っている。これは自論だけどね、保護者っていうのは『子が歩む路を違えないように道標として存在するだけのもの。だから、子の悩みは打ち明けてくれるまで待つもの』だと思うんだよね」

「なんで保護者なんだよ。歳だって…」

「年齢の差なんて全く関係ないよ。歳を食っていても無能は無能だし、若い子だって優秀な子はいる。問題はそこじゃない。君をどれだけ大切に思っているかだよ。変な意味じゃなくてね」

よくも恥ずかしいことを普通に口にできるものだ。

だけど…、夢籐は本当に俺のことを考えて行動してくれている。

先日のポカも大したことには至らなかったのだが、俺を庇って起きてしまい、夢籐は怒られていたのだ。

『別に大丈夫』

そう言っても、夢籐は俺を庇うのだ。

「夢籐が、父さん…」

「いいね~。それ」

「いやぁ~、せめて兄貴で」

「それも…、うん。悪くない」

「あぁ…」

結局、夢籐に全てを話すことはしなかった。

理由は簡単。俺だけが、みくを思い出したからだ。

きっと世界中で俺だけなのだろう。そうであれば、俺だけが知っている方がいいのかもしれない。

それは何故って?

みくは生き返ったりしないからだ。

俺はみくと違って死を偽ったり、記憶を書き換えたりできない。

生き返らせるなんて以ての外なのだ。

臭いセリフだが、「みくは俺の心の中で生きている」。

だから…、みくを求めるのはもうやめよう。

みくは帰ってこない…。のだから。


今日も今日とて夢籐の助手として研究に励む俺は、今は図書館に籠っており、データの処理に努めていた。

なんでも、研究室にネットが繋がらなくなったらしい。

さすがの夢籐も半ギレ状態で、「校長の仕業だ!」などと証拠もなく疑いだす始末に。

俺が図書館に来た理由は、余計な飛び火がかかる前に避難したかったから。と言った方が正しいだろう。

まぁ、たまにはこうして図書館に来ないと心の休憩がしづらい。研究室内は機械熱とかで空気があまりよろしくないからだ。

一人パソコンに向かう俺はタイピングにもだいぶ慣れ、今まで四、五時間かけていたレポート処理も今や一時間足らずでできるようになった。

そして…。今、雑務が終わった。

さて、ここでもう一つ問題が生まれた。

時間に余裕ができすぎた問題だ。夢籐のイライラのほとぼりが冷めるまで、何をして時間をつぶそうか。

そう考えていた俺の背後に、この場の雰囲気をぶち壊す声量で話しかけてくる者がいた。

「皇輝!! 久しぶりだな~!!」

「ここではお静かに。だぞ? ……大空」

「あ、わりぃ」

結局、大空もみくのことを一切覚えていなかった。

それなのに、大空と俺の関係は変わらなかった。

大空と俺の関係はみくが作ったもののはずなのだが、変わらず友として関わってくれている。

俺の数少ない友…、ではなくなったが。

「コウ~。久々にカラオケ行かね?」

「イイね~! 皇輝君いたら盛り上がりそう!!」

「行きたいけどお金が…、大空ぅ~。貸して??」

「ったく…。しゃ~ない。皇輝、任せた!」

俺に大空以外の友達ができた。できたとは言っても大空の友達繋がり。だが、今まで大空以外に友達がいなかった俺としては、大きな成長と一歩だと思う。

なんで今更? と思うかもしれないが、夢籐に散々「人との繋がりは大事にしなさい」と親よりも言われたからだ。

でも…、多分友達を作った理由の根っこは、「違う」と最近分かった気がする。

みくがこうあってほしいと思う俺が、『俺の記憶にある俺』ならば、それは人を拒絶し、壁を作る俺ではないはず。

みくを思い出せずにいた時間も、無意識にそう考えていたんだろう。

そうなれば、もう一つの心境も頷ける。

「で~。皇輝っちはいつになったら私に惚れてくれるの~?」

「ほんっと、皇輝君好きだね~。諦めたら? ずっとフラれてんじゃん」

「だって理由が納得いかないし~?」

俺には、なぜか言い寄ってくる子がいるのだ。みくを超えるグイグイ系で。

気に入られた理由は分からないが、この女子、なかなかの美人で有名のはず。

しかも、チャラいグイグイ系なだけじゃなく、勉学等々俺を遥かに上回る秀才。

正直、どこまで本気なのか分からないが、この調子がずっと続いていた。

それも、俺の返事のせいなのだろう。

ずっと有耶無耶な返事しかしてこなかったのだ。それは、明確に好きな人がいたわけでもなければ、付き合うことに対して大きな抵抗があったわけではない。

別に申し分ない素敵な人のはずなのだが、きっぱり嫌いでもないので返事に困っていた。

だが…、今なら言えるか? きっぱりと。その後の関係がどうなるか分かったものじゃないが………。

「俺……、好きな人がいたんだ。ずっと忘れてたけど。だから…、ごめん」

さすがの重い話に、空気が悪くなるか…?

そんな考えは、どうやら杞憂だったようで。

「なぁ~~んだ。そういうことね。って忘れるってどういうことよ! 忘れてあげちゃ可哀想じゃん! ……じゃあこれは約束! 今度皇輝っちが好きな人を忘れたら、私の番だかんね!」

「わ、分かった…」

勢いの凄さに驚いてしまうが、今の関係をどうこうすることはないらしい。

そのことだけで、どれだけ俺自身が助かるか。本当に感謝しかない。

「てことで…。私の傷心会にカラオケ行こーーー!」

「無茶苦茶ね~。ところで、皇輝君は来れるの?」

「皇輝は夢籐先生の優秀な助手だから、来れねーだろ?」

大空をはじめ、みんなの期待の視線が凄い。

だが予定はあっても、それまで空いていることに変わりはない。

断る理由などないのだ。

「行くよ。俺もたまには皆と遊びたかったし」

「おおぉぉぉぉ! ノリいいじゃん!」

「まぁ、夢籐も怒られてるか怒鳴られてるかしてるから、どのみち暇なんだよ」

「そうと決まれば…、レッツゴー!」

「だから、ここでは静かにしろって…」

真面目な奴は俺だけなのか? などと思いながら片づけを始める。

なんせ何十冊も本があり、数十束も文献資料があるのだから。

誰も「手伝うよ」などと言ってくれないのか…、と思っていると、さすが大空。何も言わず片してくれると、俺の首元にぶら下がっている物に気付いた。

「皇輝って…、そんなネックレス? みたいなの付けてたっけ?」

「あぁ。これか? ……これは、忘れないためのお守り…、いや、おまじないみたいなもんだよ」

俺が首に下げている物。それは…、みくとの婚約指輪。

子供が好む駄菓子の付録なので、今の俺の指の太さでは着けられない。だから首から下げ、いつでも視界に入るようにしたんだ。

二度と…、絶対…。みくを忘れないために。

その後、三、四時間程度ある空白の時間を埋めにカラオケに行くことに。

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