16
工事の人に見つかって、追われて。あまり自慢にならない足で引き離して。
息も切れ切れな状態の俺は、いつの間にか住宅街の中にいた。
ここは…、確か……。
「あなた…、皇輝君?」
声につられ振り返ると、大きく膨らんだ買い物袋を提げた、背の低いおばさんが俺の顔を覗き込んでいた。恐らく俺の母さんと同じくらいの年の瀬だろうか…?
それに…、俺の名前を呼ぶこの感じ…。とても久しぶりで、懐かしい。
「もしかして…。みくの…、お母さん?」
「みく…? それは誰のことかしら?」
恐らくこの人はみくの母親。子供の頃、よく家にお邪魔しに行っては、お菓子などを振舞ってくれていた。
なのに…、みくのことを……。
残酷すぎるだろ…。母親の記憶からも消え去っているなんて……。
待てよ? なんでみくの記憶がないのに、俺のことを知っている?
「えぇっと、俺のことをどこで?」
「それは、あなたは私の娘の………。私の娘? 私に娘なんて…?」
いきなり存在が消えたことが原因で、接触の濃い人間は嚙み合わない記憶になってしまっているのか?
確かめようにも、みくに関する具体的な物は…。
そうだ。みくが置いていった指輪なら……ッ!?
「こ、この玩具の指輪に、見覚えはありませんか?」
「これは…。結婚指輪…、ですか?」
「なっ!? なんで…。それを…?」
「ごめんなさい…。私には分からないわ。でも…、その指輪は特別な物…、でしょう?」
「そうです。これは、あなたは忘れてしまっていますが、あなたの娘さんと幼い時に交わした約束の物です。も、もしよろしければ…、これはあなたに…」
もしかしたら、これがあればみくのことを思い出すことができるかもしれない。そのきっかけにでもなるのならば、これは俺が持っているよりみくのお母さんが持っている方がいいはず。
そう思って指輪を差し出そうとした俺の手を、みくのお母さんはそっと押し返す。
「何を言っているの? これは皇輝君と、その…、私の娘? の『みく』との約束でしょう? それを誰かに渡すなんてダメよ。指輪っていうのは、ただ好き同士が愛をカタチにしただけのものじゃないの。同じ指輪をした二人には、どんな困難や苦難があっても離れないっていう、永遠の愛を約束するものなの。そんなもの、受け取れません。それに…、似合っているわよ? 皇輝君に」
ほら! と言いながら俺の左手の薬指に玩具の指輪を通すも、プラスチック且つ、子供サイズのせいで第二関節のところまでしか入らなかった。
実を言うと、俺は指輪を貰っていない。これを渡した時に喜んでくれただけなので、結婚指輪と呼ぶより婚約指輪に近いだろう。
でも、あの時。恥などどこにもなく、堂々とみくに指輪を渡した時。その時のみくの返事はしっかり思い出している。
『うれしい! わたしも、こーきとけっこんする!』
「すいません…。いきなりこんなこと…」
「いいのよ。喧嘩でもしたんでしょうが、頑張ってね! 悪いと思ったら、すぐ謝る! 相手をすぐ許す! これが長く愛し合う秘訣…、っておばさん、長話しでごめんね?」
「い、いえ! とんでもない! 貴重なお話、ありがとうございました」
子供のように手を振りながら去って行く仕草は…、やはりみくに似ていた。
思いがけない出会いだったが、いい話を聞くことができた。
みくの存在が母親の記憶からなくなっていることが分かったことは、結構くるものがあったが。
さて。これからどうすべきか…? どこに向かうべきか…?
みくがどこかにいる。そうは分かっていても、どこにいるのか…。
とりあえず、大通りに出てみるか。車通り多く、絶えず車が行き交っている通りに。
その時、ふと見つけてしまった。路駐している…、俺を撥ねたトラックを。
いや、恐らく同じ車種なだけだろう。あれじゃないと思う。
だけど、あの事故が原因でこんなことになったのだ。
確かあの事故は…、運転手がブレーキを踏んだにも関わらず車が赤信号を直進したって。
そうだ。みくが飛び出した時、確かに青信号だった。つまり、車の方は赤信号。
つじつまは合っているが、合っていない。
本当に運転手はブレーキを踏んだのか?
腑に落ちない謎だが、行く先は決まった。
あの公園。もとい事故現場だ。
色褪せた赤みがかったブランコ。黄色いペンキが剥げたシーソー。殆ど黒色になってしまっているが、元々七色の虹を模していたであろう半分埋まったタイヤ。
他にも様々な遊具のあるこの六角形の公園。
今も学校の終わった小学生達が、ドッヂボールやカードゲームなどで盛り上がっている。
改めて事故現場である横断歩道を見るが、なんの変哲もない。信号も規則的に変わっているし、見づらいとかもない。
それに信号手前の道は結構細道。その道を走るトラックが俺が死ぬ勢いで走るには少し無理があるのではないか? と思う。まぁ、当たり所が悪かったといえばそうなのかもしれないが。
「ん? あの人…?」
さっきから信号を待っているのか、ずっと横断歩道を渡らない女性がいる。
その姿はどこからどう見ても…、お化けなんかじゃなくて。
俺がずっと探し求めていた女の子で…。
「み、みく!?」
俺の存在に気付いたみくは驚いた顔で…、涙を流していた。
やっと会えた喜び半分、辛い現実に悲しみ半分ながらゆっくり近づくと…、背を向けられてしまう。
「なんで急にいなくなって…。いや、なんでこんなことに………ッ!?」
伸ばした俺の腕は…、みくの肩を掴めなかった。
え? 確かに肩に触れに行ったのに…。空気でも握ったのか? 単に届かなかっただけ?
そんなこと考えなくても分かる。なぜか…、みくに触れられない。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん? 誰とお話してるの?」
小さい女の子に声をかけられて驚いてしまうが、話している内容にもっと驚いてしまう。
……え? 誰と?
「ここにお姉ちゃんがいるでしょ?」
「ううん。いないよ?」
そんな、まさか…。みくは目の前にいる。のに?
「そう…、なの。私はもう誰にも見えないの。周りからは皇輝君が変な人に見えるから、もう私に話しかけないで?」
未だこっちに顔を向けずに口を開けるみくの声は震えている。
小さな嗚咽と共に…。
「嫌だ。俺にはみくの姿も声も聞こえてる。それに…、あの時、みくを突き放したことを謝りたいんだ。その他も…」
「私が皇輝君といたくないの! こんな所まで来て…。なんのつもり? 学校だって…」
「ならなんでこんな置手紙を残したんだよ! それにこの指輪も! 教室の…、名前も!」
「~~~ッ!」
「みくが何者かなんてどうだっていい。俺といたくないならそれでも…、いい! でも…、なんでみく自身が一番苦しい思いしなきゃならないんだよ? 人の記憶から消えて、この世からも存在が消えちゃうんだろ? それなのに、なんで…?」
これから何にもなくなるって分かっていて、俺と関系するものを極力残そうとして。
それでも、自己犠牲だけは立派で。
――――――なんで?
「そんなの…、決まってるでしょ? 私が十一年前からずっと皇輝君が好きだったからだよ…。だからどんなに苦しくて辛くても、ここまで生きてこれたんだよ。ただその限界が来ただけ。それだけのことだよ……」
「寿命で死ぬのとはわけが違うじゃないか…。それに記憶にも思い出にも残らないって」
「私が望んでやってきたことの制裁だよ。それくらい罪深い…、ね」
「言ってる意味が分かんねーよ…」
「夢籐先生…。あの人なら分かるよ」
夢籐…。あいつはもうみくを完全に忘れてしまっている。
恐らく一から調べ直すしかないだろうし、みくについての資料そのものがなくなっているかもしれない。
だとしても…、そんなに待ってくれないだろ? 今にも……、消えそうな状態なのに。
「あいつは…、全部は分からなかった。あの研究者でも白旗上げたんだよ」
「そっ……か。…分かった。ちゃんと全部話すね」
太陽の光が厚い雲に遮られ、地上は薄暗くなっていく。
なんだろう…。嫌な感じがする。
いつの間にか、公園で遊んでいた小学生達も見当たらない……、し?
「私の正体。それはね…、獏なの」
夢籐でさえたどり着けなかったみくの正体。それが…。
――私の正体。それはね…、獏なの――
頭の中で何度もリピートしているが、理解が全く及ばない。
獏って…、あの獏?
夢を食べる的な迷信がある…、あの?
「順を追っていくね。まず、あの事故は私が死ぬための事故だったの。それを皇輝君が捻じ曲げた。私の死の運命を、皇輝君が変えたの。だから今度は、皇輝君が死ぬ運命になった」
「また…、運命か………」
「決められたルールだからね。でも皇輝君はがむしゃらにそれを破っちゃった。だから私も強引に破ったんだよ。皇輝君の魂を私が作った夢の中に閉じ込めて、皇輝君の死を偽ったの。獏の力を借りて…、ね。毎回夢が崩壊しちゃうけど」
だから以前、夢籐は俺に運命がどうのって話をしていたのか。
それにしても、さっきから運命。運命って。なんでみくが死ぬ運命にあったんだ?
そのみくを助けたら、今度は俺も死ぬ運命になったって。
「なんでこんなに…、人が死ぬ運命にばっかりなってるんだよ…ッ!」
「それが神様の決めたことなの。この世界の均衡を保つためにそうしてるって」
「無茶苦茶すぎるだろ…。そんなの……」
「私だって全部を受け入れたわけじゃな……ッ!?」
突然胸を押さえて倒れ込むみく。その苦しそうな荒い息遣いが事の重大さを示していた。
何度も深い呼吸を繰り返し、やがて落ち着くとその場に足を投げ出して座り込む。
「もう…。無理かぁ…」
「ま、待って! 俺はみくを助けに来たんだよ! みくが助かる方法とか、何かないのか!? 俺なんかができることがあるなら、なんだってしたい!」
「また…、『俺なんか』って……。それに…、皇輝君が一番初めに私を助けてくれたんだよ? 私はその後。…結局どっちかは死んじゃうの」
「そんな……」
みくの体が薄くなってきているのか? 向こう側の道路が見えてきている…。
もう駄目なのか? 何かないのか? 俺にできることは…ッ!
必死に悩む俺をよそに、みくは目を瞑って誰かに話しかける。
「ねぇ…。お願い…。皇輝君にちゃんと話してほしいの…。あなたから…」
俺とみく以外に誰もいないはずなのなのだが、空を見るみくはまるで内なる自分と話しているよう。
俺の知りえない誰かに懇願するみくは、しばらく誰かと話ていたが、そのまま気を失ってしまった。
「みく…? おい? どうしたんだよ…! 死ぬなよ…!! みく!」
「うるさいぞ。馬鹿者」
再び体を起こしたみくは、声色も口調も変わって、俺を馬頭し始める…?
一体何が…?
「我は貴様らの世界でいうところの獏。この女に力を授けたのは…、我だ」
「み…、く? 何を言って…?」
「我は南みくではない。獏だ。貴様ら人間が勝手に夢を食す力を持っていると認知しているアレだ。だが夢の中で貴様の記憶を書き換え、死を偽り魂を夢の中に拘束し、夢の崩壊から救い続けていたのは他でもない我だ」
ぶっ飛んだ話を淡々と続ける獏に、完全に置いてけぼりの俺。
そう言えば…、みくがさっき自分を獏だと言っていたのは…、こういうことなのか?
みくの体を使って話しているせいで違和感が満載だが、逆にそれが明らかな証拠だろう。
誰かと話していたのは、この本体の獏に表に出てきてほしいと言っていたのだ。
つまり…、全てを知っている存在。それがこの獏なのだろう。
「みくを…、助けられないのか?」
「答えは無理だ」
「本当に何もないのか…?」
「貴様にはこの世の摂理から説明せねばならんな。まず、この世の生ある者は常に死へと向かって歩いている。それは絶対であり、死へ到達した者に再び生は与えられん。それが絶対摂理だ。そして神は世界に存在する生の管理者。死を早めることも延ばすこともできる。その力を持つ神が死と定めたはずのこの女を、貴様が救った。それだけならまだいい。問題はあの事故によって貴様が死んでおらんところだ。貴様はこの二つの超越により、神から目を付けられていた。それをこの女は、我の力を使い全て防いでいた」
「なっ……。俺はそんな特別な人間なんかじゃ…」
「あぁ。時として神の力を超越する者はいる。特別などではない。だが貴様はそれ以上に特別だ」
要するに神様の思い通りにならないのが俺なわけで。
それなのに特別じゃないとか特別だとか。一体どっちなんだ?
「…この女にとって、最上級の特別。それが貴様だ」
「!!」
「人間の欲は醜い。我欲の塊は時として他者を拒絶すらする。無論この女の、貴様を助けたいという欲も同じだ。だが、この女はそれ以外を望まなかった。自らの死すら受け入れて貴様を助け、あまつさえ笑顔を取り繕うのだ。この女は他の人間より美しかった。だから我は力を渡したのだ」
「死ぬって分かっていて…。俺を……?」
事故にあった十一年前。齢八歳がこんな重い選択をし、今の今まで平気なふりをしていた。
敵わないよ。みくの覚悟を前に、一丁前に悩んで、助けたいだとか。
何かを得るためには、何かを捨てなければならない。それに、みくは自分の命と俺の命を天秤にかけて、俺の命を優先したのだ。そのために色々と手を回して。
それなのに…、俺は本当に獏の言う通り、醜い。
「そんな…、無欲とかじゃ…、ないよ? 私…」
いつもの柔らかい口調。発言権のようなものが入れ替わったのだろうか。
この世で一番愛おしい存在。その子はもう…、殆ど姿が消えていた。
「私ってすっごい欲の塊だよ? 皇輝君の記憶に女の子との関係を一切書かなかったのは、私以外の女の子を好きになってほしくなかったから…。だから皇輝君はデートって聞くと、小学生みたいに凄い緊張して…。普通、皇輝君みたいなイケメンはすぐに彼女できるのに…」
「な、何言ってんだよ! そんな…。そんな…」
小さい欲。そう言いかけて、分かってしまった。
みくにとって俺がどれだけの存在で。どうあってほしいか。
それは俺に残る記憶そのもの。学校に通い、友達と遊び、勉強をし、高校・大学と進学して。…みく以外の女と付き合っていなくて。
それも、みくと遊んでいた。みくが好きだという十一年前の記憶から自分を消してまで。
確かに大きな欲だよ。…でもそれが、みくが俺に施してくれた全て。
今の俺はやはり、みくなしではできえなかったと思う。
「束縛強い女でごめんね。でも、もう皇輝君を解放するよ」
「何言って…?」
「大丈夫。私が消えれば、皇輝君の死を偽る必要はなくなる。私ももう皇輝君に迷惑はかけない。だから…、最期のお願い。………幸せになって。私以外の女の子でね?」
「そんなの…、無理だろ………。俺が惚れた女は、後にも先にもみくしかいねぇよ…!」
「………カッコいいこと言ってくれるね。でも、すぐに皇輝君も私を忘れるから。大丈夫だよ」
「それのどこが大丈夫なんだよ…。なぁ、みく…。無理に笑うなって。泣いたっていいんだよ…」
いつも涙脆いみくが、再会してから俺に顔を見せず一度も泣いていない。それどころかやっと見せた顔は頬を引きつらせ、無理に笑顔を作っている。
そんな姿を見ていると、胸が苦しくなる。
これは…、辛すぎる……。
「今泣いたら、全部が無駄になっちゃう。頑張ってここまで来たんだから、最期は泣かないって決め…」
「……みく!!」
「~~~~~~~~~ッ!? う……、嘘……ッ!?」
みくを抱きしめたい。その思いだけ。
その思いが通じたなんて、都合のいい解釈はしたくはない。
でも…、みくは俺の腕の中にいる。ちゃんと触れられて。
みくの体は半分以上透明になっていて、残された時間が僅かのなは十分理解できる。
それでも……、触れられた。みくを抱きしめられた。抱きしめることができた。
ずっと、こうしたかった。ずっと、こうしていたい。
それはみくも同じらしい。
細い腕で強く抱きしめてくるみくは、俺の存在を確かめるように、何度も何度も強く抱きしめる。
……いつもの号泣と嗚咽、悲しみも哀しさも一緒に、一身に伝わってくる。
一緒に泣こう? 我慢して作った笑顔に価値なんてないじゃないか。
それに…、この涙に今まで一人で抱え込んでいた『思い』を流そう。俺が全部受け止めることはできないけど、一緒に涙を流すくらいさせてほしい。
みくは俺のために頑張ってくれた。俺の見てきたみくは、いつも笑っていたけど、頑張っていた。
俺がみくに最期にできること…。それはみくを忘れないだけじゃない。
今まで頑張ってくれていたみくに、今すぐ返せるもの。
一生の思い出となるもの。
俺はみくの体を少し離し、泣き顔を見つめる。みくは泣いていても美人に見えるのだから不思議なものだ。
そんな俺の意図に気付いたみくは、何も言わずそっと目を閉じる。
半分勢い任せで、みくの麗しい唇に自分の唇を重ね…。
―――キス…、してしまった――
暖かく、柔らかい感触が広がる。ってキスなんて初めての経験だから、生々しい感想しか出てこない。…が、なるほど確かに。
キスってこんなに満たされた気持ちなるんだなぁ。
幸せの体現はこれなのかもしれない。ハグ以上にずっとこうしていられる。
なんて思うのも束の間。
キスしている間って、呼吸はどうしたらいいんだ?
息を止めておかないと、みくの顔に息がかかってしまうのでは?
そんな心配もあるのだが、みくが今まで以上に俺を求めてくれていた。
小さく息継ぎを繰り返し、何度も何度も唇を重ねてくる。
これは…、みくのペースに身を委ねるしかないか。
ただ無限に思える時間、みくを抱きしめ、キスをし続けた。
終わりなんて来ない。そう感じてしまうくらい。
……。
……。
………、だが終わりは残酷に告げられるもの。
それまでなんともなかったみくが、急に胸を押さえながら苦しみ始める。
「みく!? しっかりしろ!?」
「はぁ、はぁ…。今何時か…、分かる?」
「今? 十六時二十三分だけど…。それがどうしたってんだよ!?」
「皇輝君が、事故に遭って…、死んで…。それが十六時二十四分五十一秒。それから…、私が獏と契約したのが、十六時二十八分二秒。…私のタイムリミット。だよ…」
もう一度時間を確認すると、時刻は十六時二十四分を示している。
五分も猶予はない……、ということだ。別れの時は…、近い。
「私は…、凄い欲しがりの我が儘だから。だから…ッ! 皇輝の隣は私がいい! 他の誰にも取られたくない! だって……、こんなに好きなんだもん…ッ! 大好きなんだもん……ッ!」
「俺もだよ! みく以外の彼女なんていらない! みくさえいれば、他に何もいらない!なのに…、こんなのって……、ないよなぁ…」
「こんな最期になるのに…、それが分かっていて、皇輝の目の前に現れて、関わってごめんね? どうしても生きてる内に、会いたくって…」
「なんで謝るんだよ…。謝らなきゃなんないのは俺の方なのに…。ごめん。こんな重荷、みく一人に背負わせて。本当にごめん…」
みくの腕から力が抜けていっているのが分かる。次の一言が最後の言葉になるだろう。
それはもう…、決まってる。
「みく…。俺にはみくしかいない。それくらいみくが好きだ。だから……、みくのことを、みくが好きだって気持ちを絶対に忘れない!」
「うん…。うん……! 私も忘れない。私だって皇輝しかいないから! ずっと…、ずっと……、大好きだよ!!」
再びみくを抱きしめることは叶わなかった。
小さな光の玉になって霧散してしまったみくはもうそこにはいない。
これが俺の二日間の……、いや、十一年に及ぶ初恋の終わり。
成就した恋…、だった。
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