15

今の時間なんて分からない。ただ、すれ違う小学生達が登校しているあたり、いつもなら目が覚めている時間なんだろう。

虚ろな足取りはいつしか家の方に歩んでおり、気付くとドアが目の前にあった。

カギを開け、無気力にドアノブに手をかけた時、その存在に気付く。

一通の封筒が、ドアのポストから頭を出している。なぜ今まで気付かなかったのか不思議なくらい…、不自然にそこにいる。

引っ張り出してみるが、宛名などどこにも書かれていない。

茶色の封筒のみというのも少し怖いが、無視もよくないだろう。

それに手に取ってから分かったが、中にカサカサ小さく硬い物があるような…?

家に入って、一通りことを済ませてから封筒を開けてみる。

中には一通の便箋と…、玩具の黄色い指輪が入っていた。

この指輪、駄菓子屋で売っているラムネのおまけの……。

「あぁ…、あぁぁ、ああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

これは……、俺が小学生の時に好きな女の子に渡した玩具。

相手の子も喜んで受け取ってくれたのを覚えている。

その相手を…、覚えている。

「みく…………、みく……。みく……ッ!」

俺は十一年前も…、みくを好きになっていた。惚れていた。

この指輪に触れ、全部思い出した。

学校の授業が終わり、同じクラスの友達と六角形の公園で毎日、当たり前のように遊んでいた。

そこには、みくもいて…。

その日、みくを含む十人くらいで鬼ごっこをして遊んでいた。ルールは簡単。公園から出ないことだけ。

だがある時、鬼だった俺がみくを追いかけていた時のこと。みくは俺に捕まらないように公園の外まで走って行ってしまったのだ。

公園の外はすぐ目の前に横断歩道があり、みくは周りを見ずに飛び出す。

目前を気にしていたみくは、何かに憑りつかれたように赤信号を直進するトラックに気付いていない。

その後はもう無意識だった。

みくが危ない。

みくを助けないと。

思いっきり伸ばした両手でみくを突き飛ばすと……、俺はトラックに撥ねられた。


「なんで…、なんでだよ……。俺はみくが生きてくれることを望んだ。守りたいって、助けたいって…。なのにみくは…、自分を犠牲にして………。俺に、何も言わずに黙って…」

この玩具の指輪は、俺の記憶を呼び起こすためのカギだったのだろう。

丁寧に扱われていたのか、汚れ一つない。まさに新品同様。

溢れる涙を流しながら、封筒の中に入っていた二つ折りの便箋を広げる。

そこには女の子らしい、可愛らしい丸文字が並んでいた。


『黙っていてごめんね。

でも、すぐに忘れるから。許さなくていいよ。

さようなら』


たったこれだけ。この三文に秘めた思いがどれほどのものか、俺には分かる。

便箋が濡れて、字が少し滲んでいるのだ。きっと涙を流しながら書いていたのだろう。

たった三文。この三文を書くのがどれほど辛く、重く、悲しいものだったか。

俺がみくの立場だったら、こんなの…、耐えられない。

人を助けるために、自分をここまで犠牲にできるだろうか?

こんなことになると分かっていて、笑顔でいられただろうか?

みくは…、強い。強すぎる。

なんで俺は気付かなかったのか。何度でも自分を憎んでしまう。

俺は……、本当に何もしてあげられないのか? 俺に……。

「すぐに……。忘れる…?」

俺が…、忘れる? すぐに…?

今はまだ。でも、すぐに?

この違和感…。まだ何かできるのか? こんな俺に…?

ポケットから取り出した携帯の画面には、七時十分と表示してある。多分、夢籐はもう起きているはず。

夢籐なら何か分かるはず。電話帳を開け、夢籐の番号に電話をかける。

珍しく二コール目で電話にでた夢籐は、どこか眠そうな声色をしていた。

「朝からわりぃ。でもみくがまだ、どこかにいるかもしれないんだ! 何かわかんねーか?」

「みく…? あぁ…、君の彼女か…? 何かあったのかぁ~~~~い?」

「欠伸しながら喋るなよ……。じゃなくて、みくの置手紙があるんだよ! みくに関する色んな物が無くなったはずなのに、手紙が残ってるんだよ!」

「僕は何も分からないよ? それにみ……、く? という子も聞いたことが…」

これは…。間違いない。今の会話の最中にも、夢籐の記憶からもみくの存在が消え始めている。

みくが直接会っていた者だから、夢籐も大空も記憶が残っていたのかもしれないが、それももう限界なのだろう。

つまり…、俺ももう少しで忘れてしまう。みくの存在の全てを。

「まだだ…ッ! まだ何か方法が…」

「なんだかよく分からないけど…、女の子との縺れ話は振り出しに戻って話し合ったらいいと思うよぉ~~~~~お」

「振り、出し…?」

俺とみく。俺達二人の出会いは……。

「琴城小学校…、三年一組!」

「それ…、どこの小学校?」

「あ、あぁ…、後で説明する! サンキューな!」

「はいはい。何の話かぁ~~~あ、分からないけどね…」

電話を切り、検索ツールを表示させる。

検索バーに『琴城小学校』と打ち込む。予測候補で『琴城小学校 交通事故』と出たのは、多分俺のせいだろう。

琴城小学校の検索結果と共にホームページが一番上に映し出される。

震える指でホームページを開けると…。

「閉校しました…。って、……え?」


眩しい朝日の下、俺は電車やバスを乗り継いで、とある場所を目指していた。

もちろん、大学はズル休み。普段から出席も課題もちゃんとしているから、一回くらい目を瞑ってくれるだろう。

目的地はもちろん。…琴城小学校。

ネットで調べた地図を頼りに、片道五時間かけてひたすら歩いた。

歩いて…、歩いて…、歩いて…。

ふと、足が止まった。丁度立ち止まったここが、『白い街の夢』のスタート位置。

「ここが…。俺の夢の街の舞台…。こうも完全一致するとは思ってなかったけど、これなら探しやすいな」

まずは琴城小学校。閉校してしまっていたら立ち入り禁止だろうが…、なんとかなるだろ。

などと考えながら、何色にも色付いている街に足を踏み入れる。

無計画だと思うが、残された時間がどれくらいなのか。まだみくは存在できているのか?

大きな不安を伴うと、他のことに頭なんて回らない。一辺倒で申し訳ないが、俺流のゴリ押しでみくを助ける。そう決めたのだ。

しばらく歩くと、ちゃんとそこに琴城小学校はあった。あったが案の定、立ち入り禁止。

取り壊しの真っただ中で、校舎の半分が既になくなっていた。

夢の中の小学校を信じるのであれば、残っている半分に当時の三年一組の教室があったはず。

「これ…、このまま入ったら不法侵入になる…、よな? ………だからってここまで来て、何もなしで帰れるかっての! 覚悟は今、決めた。それで…、十分!」

誰も見ていない事を確認してから、琴城小学校の校舎へと勝手に侵入する。

夢の中で見た光景と全く一緒だったおかげで、迷わず三年一組の教室にたどり着けた。

どうやら閉校が決まった時も、この教室は三年一組の教室だったらしい。

教室の中は椅子や机などといった小物は全てなくなっており、寂しげな雰囲気の残る空間となってしまっている。

「ははは…、こんなになって…。しゃーないけどな…」

大きな黒板が、かろうじて教室の体裁を保っている程度。大きな黒板が…。

今の今まで気付かなかったが、黒板の端に日直欄があり、そこに名前がまだ残っている。

綺麗に掃除しているものだろうと思うのだが……………ッ!!

「う…、そ……。だろ?」

日直欄に書かれた名前。それは…。

『しのみや こうき』

『みなみ みく』

夢の中では、もう一人の名前が分からなかった。あの時は字数から大空かと思っていたけど…、みくだったのか…。。

そっか…。同じ小学校だっただけじゃなくて、同じクラスだったなんて…。

だが、これで確証がいった。まだみくは…、存在している。みくの名前が残っているのもそうだが、ここに書きに来たはずだ。わざわざ、誰も見ないであろう壊される教室の、消えるであろう自分の名前を。

みくは、ここに俺が来ると信じていたんだ。

あぁ。絶対見つけてみせる。そして…、助ける!

そしてもう一度言わせて欲しい。…好きだって。

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