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実は今、これまで感じたことのない脱力感と絶望感に苛まれている。
それは初めてみくとあった日。みくと一緒に食堂にいた、友達らしき人達に所在を聞いたところ…。
「南みく…? そんな人、うちの学部にいないわよ?」
「一緒に食堂にいた…? ごめん。見たことも、聞いたことも」
「その名前の学生さんは……、どの学部にもいらしてませんね……。人違いでは?」
行く先々、聞く先々で帰ってくる言葉は、「知らない」だけだった。
何が起こっている……、んだ…?
なんで…、どこにもいない?
誰も知らない?
学籍もないなんて……、元からいなかったみたいになっているのか?
頭に浮かんだ可能性は二つ。
・友達に見えたのは見間違え。
・そもそもこの大学の人間じゃない。
この二つであれば、誰も知らないのは当然。俺しか知らないのは、俺意外と関わっていなかったからだろう。
じゃあ、なんで今日はいない? 昨日の件で、俺に会い辛くなったから?
そりゃ…、あんなことあった後に顔見せるなんて…、無理だよな…。
こんなことなら、連絡先でも交換しておくべき……。
「生徒の呼び出しで~す。四ノ宮皇輝く~ん。今すぐ僕…、じゃなかった。夢籐のところに来てくださ~い」
なんだこの呼び出し放送。他の先生に怒られそうな言い方だな…。
というか、なんで俺が呼ばれるんだ…? 今、この瞬間に。
まぁ、呼ばれたら行くが。
例の夢籐の研究室。放送では場所の指定がなかったが、恐らくここに来たらいいのだろう。
半開きのドアを開けて中に入ると、神妙な顔をした夢籐が手に持つプリントを睨んでいた。
「来たね……」
「呼ばれたからな」
「………。で、見つかったかい? 彼女は」
「!?」
「僕は覚えているよ。南みく…、だろ?」
「何で…? 知って……? いや、『覚えている』ってどういう?」
「君が今さっき、見て、聞いたこと。それを基に君は勝手に『この大学とは無関係』とか考えていたんだろうけど、そんなことはない。昨日まで、確かに彼女はこの大学の学生だった」
また夢籐はわけの分からないことを……。
わけの分からないことだが…、夢籐はみくを知っている。
それに、昨日まで学生だった…?
「君が分からなくても仕方ないだろう。……僕の口からで悪いが、答え合わせをしようか」
ホッチキス止めされたプリント三部を、机の上に並べると俺に椅子に座るよう仕向ける。
「最初に言っておく。僕の今から言うことは全て真実だ。それを、何としてでも受け入れろ」
夢籐らしからぬ口調と目つきに、ただならぬ事態なのは理解できる。できるが、夢籐の言ったことを全部受け止めろって………?
「わ、分かった。俺でも分かるように説明してくれ」
「そこまでの余裕が僕にあれば…、善処するよ」
まず、一番右端に置いていたプリントを、俺の目の前に持ってくる。
一番上のタイトル欄には、「神井大空について」と書かれている。
「まずは…、それからだよ」
生年月日、血液型、系譜、経歴……。何から何まで大空について調べ上げられた書類。
それは、プライバシーもあったものではなかった。
「なんなんだよ…、これ!? こんなの……ッ!」
「落ち着くんだ。これは百パーセント、神井大空君の協力あって作成したものだ。…入ってくれ」
夢籐がドアに向かって言葉を投げかけると、気まずそうな顔をした大空が姿を見せる。
「僕は君ほどではないが、他人に興味がない。こんなものを作ることに、殊更興味ない。だが…、必要なら話は別だ」
「こんなものが…、必要だって?」
「あぁ。神井君もこっちにおいで。僕の淹れた不味いコーヒーでも飲むといい」
夢籐と大空。そして俺の三人で膝下の高さしかないテーブルを囲む。ただそこに居座るは、重い空気だけ。
特に大空は全く口を開かない。いつものテンションはどこへやら。
「さて、神井君について本人の口から……、は可哀想か。僕が簡単に言おうか」
「あぁ。分かった」
「ではまず。神井君は君の幼馴染なんかじゃない。少なくとも君が記憶をなくしてからできた仲だ」
「……は?」
「二枚目のプリントは、神井君が小学生の頃の住民票。三枚目は君の住民票だよ。嘘偽りのない…、ね」
確かに、俺と同じ住所でもなければ同じ小学校になるはずがない住所がそこに記されている。転校の記録もない。
俺の記憶違い…? そんなはずは…。
「君は一命を取り留めた後、学校にちゃんと行っていたかい?」
「え? あ…、行ってたぞ? それがなんだよ?」
「友達はいたか…?」
「それは…、大空が…、………ッ!?」
「そんな生徒、君の学校にいないよ」
友達と呼べる人間が大空しかいない。だが、当時大空と会うことなど不可能……。
他に名前が上がらないのも…、分からない。
なんだ…? このモヤモヤは…?
「こっちの綴りは、僕がわざわざ! 君の小学校の先生に直接、話を伺ってきたことだ」
箇条書きにまとめられた書面には、俺の知らない、身に覚えのない内容が連なっている。
『退院してからの四ノ宮君は、人が変わっていた。人懐っこい性格から反転、人を拒絶するようになった』
『今まで仲の良かった友達に、手を上げるようになった』
『時折、誰へともなくブツブツと何かを言うようになった』
『四年生になるころには、不登校になった』
全く覚えがないことばかり。
誰かに手を上げる? 独り言? ……不登校?
「情報過多は脳に悪い。簡単にまとめると、事故以後の記憶が…、書き換えられているということだ」
「そんな…、非科学的な……」
「では、僕流の科学で証明しよう」
自分のデスクから一台のノートパソコンを持ってくると、一枚のCⅮを差し込む。
しばらく映し出されたロード画面が切り替わると、真っ白な世界の映像が流れる。
これは…、紛れもない。俺の見る、白い街の夢。
夢の映像化。それが夢籐の十八番である、日本で夢籐しかなしえない芸当。
夢籐の研究の全てと言っても過言ではない。至高の研究成果だと言えよう。
この映像は、ついこの間の分。眠っていなくても夢を映像記録できるとは…、夢籐という男の隠れた実力なのだろう。
だが、これを持ち出した理由が分からない。いつもこんな感じの夢なので、変化なんて特に……?
「見てもらうと分かるように、君の失われた記憶がなぜか、夢の中でのみ補完されはじめている。この建物とかは、初めて僕が見た時よりはっきりしている。あれはコンビニ? それにこれは大手スーパーマーケットでしょ?」
昨日、俺が見た時よりぼやけて映っているが、間違いない。
つまり、はっきり見えるように既になってきていた。
………なんで急に?
最初は街だと認識するのも困難で、真っ白の空間だと思っていたくらいなのに。
いきなりはっきり見えてくると、それはそれで…、………ん?
「気づき始めたか…」
急にリアルになっていった夢。特に昨日は、学校の中の、さらに教室の中にまで足を踏み入れられた。机も触れられたし、字も読めた。
「その原因ともいえる出来事…、心当たりあるかい?」
白い空間の夢から、白い街の夢へと認識できるようになってから数年。
街の建物の区別ができるようになったのは……、三日前から。
「…………みくと、初めて会ったのも…………。三日前からだ…」
「うん。正解。そして……、南みく。彼女が、すべての元凶…」
「元…、凶……?」
「彼女は殆ど何も説明せず、してほしい事だけを一方的に言ってくれて…。めちゃくちゃな子だよ本当に」
最後に残っていた綴りを、俺の方へ放り投げてくる。ちょっとイラついているような?
「彼女の秘密…。それは、この僕の研究を全てなかったことにしてくれる。最初から僕の存在すらも否定してくれる存在だったんだから」
「そんな大袈裟な」
「い~~~や! 彼女の秘密について充てた研究の時間で、世紀の発明は三つくらいできただろうに! 僕の時間は、そこらの人間と同等の価値じゃないんだぞ……」
イラついてもいるが、悔しそうにもみえる。
なんとも態度がデカい発言だが…、本当なんだろう。それくらい凄い研究者だと、世間が認めるくらいなのだから。
「とりあえず、分かったことを伝えよう。それが彼女の望みでもあるみたいだし?」
三人分、今度は俺が淹れた美味いコーヒーを口にしながら、話始める。
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