12

…………。

………。

俺にはこの問題もある。

白い街の…、夢。

悪夢ともとれるこの夢の世界は、ただただ崩壊を繰り返す。

夢籐もお手上げのこれに、何年苦しめられ、この先何年付き合うことになるのやら。

俺のことを助けてくれる手がなければ、あっという間に廃人になっていたと思う。

でも…、そろそろ自分でなんとかしないと、とも思う。

この白い街。全く見たことがないのかと言われると……、そうでもない。

あの建物はコンビニだろう。それと…、こっちの大きな建物は大手スーパーマーケット。

一点を集中して見ていると見慣れてくるというか。今日の俺はやけに冷静でいれているからというか。

色々な要因は何か手がかりでもあればと思い、白い街を徘徊してみることに。

…………。

……。

あれは…、学校か?

しばらく歩いていると、少し高い塀のようなものに囲まれた建物が見えてきた。

それは、大きな国旗と時計が特徴的だろうか。

のっぺりとした壁がL字に建っており、グラウンドには朝礼台らしきものがある。

待てよ……。この学校…。この小学校……ッ!

「見覚えが………、あるッ!?」

塀を乗り越え、学校に入ってみる。夢の中なら不法侵入とかないはずだから、問題はないと思うが…、ちょっと気が引ける。

まぁそんなことも言っていられないので、校舎内にも堂々と踏み込むのだが。

一階は職員室と用務員室。それに校長室と給食室。多分こっち側の校舎の一階には教室がない……、はず。

なんだ…? ないはずの記憶が蘇ってくる…?

「あっ………、ああああああああああっ!」

激しい頭の痛み。それに伴うように体全体が痙攣し始める。

どこか横になれる場所を求めて校舎内を歩き回り、偶然扉の空いていた教室に滑り込む。

低い学年の教室だったせいか、室内に並ぶ机は低く、体を預けるには膝を床につけなければならない。

低い目線で見る白い黒板…、それにこの角度……?

まさかこの机は………ッ!


『しのみや こうき』


白い教室に、白い机。そこに貼られた名前の書いてあるシールも当然白い。

だが、俺の名前だけは黒字ではっきり読めるものだった。

「なんで…、ここだけ? 俺の名前……、だけ?」

他の名札シールは、机の保護色になっていて確認できないのに。

それともう一つ。白い黒板の端に日直欄があり、そこに二人の名前らしきものが記されている。

『しのみや こうき』

それと……。

『○○○ ○○』

字が分からないが、そこには五文字の名前がうっすらとあるような、ないような…。

その後、教室後ろにある鞄入れや、机の中を見てみるが特に何もなかった。

ここで得た情報は、この教室は三年一組の教室。…俺の通っていた教室。だったことだ。


全面的にこの夢の中を信じてるわけではない。そもそも記憶にないのだから信じようがない。

なのに、ここは知ってる。この白い街は脳が記憶として覚えていなくても、体が覚えている。その証拠に、今向かっている先に目的の公園を見つけたのだから。

「やっぱり……。俺はこの街を知ってる…」

六角形の形をした公園。ここでよく友達と遊んでいた。

あの頃は誰もかれも友達って言ってたなぁ………。なんて言ってる場合か。

ジャングルジム。滑り台。ブランコ。シーソーに、半分埋まったタイヤ。懐かしいなぁ。

あまり大きくない公園内を一周し終えると、公園と向かいの歩道を結ぶ横断歩道に差し掛かる。

白い世界の横断歩道は道路と一見、見分けがつかないが、なんとなくしましましている。

ここの横断歩道……、俺が…、確か……?


ピキッ……。


「今日はやけに遅いと思ってたけど……、今来るかよ…ッ!」

この亀裂音…。白い街の崩壊が始まった合図だ。

始まってしまっては俺にできることなど一つもない。

まだ調べておきたいことはあったのだが…、仕方ない。

発現こそ遅かったが崩壊のスピードはいつも通りで、あっという間に足元も崩れてしまう。

漆黒の闇へと真っ逆さま。夢の中にも重力があるのか、抵抗などできない。

正直、怖い。上も下も分からないような闇に落ちるのだから。

でも…、きっと……。

あの手がいつも通り助けてくれる。そう思うと怖さは半減…、いや、激減だ。

………、いつも通りであれば。

いつも助けてくれるだろうタイミングで手が現れない。

たったそれだけのこと。だがこれ異常にないほど、恐怖に支配される。

心は簡単に折れ、芯からくる痙攣は小学校の時の比ではない。

どこが前で、後ろなのか? どこが右なのか、左なのか? 立っているのか、倒れているのか?

平衡感覚など当の昔になくなっているせいで、パニック状態。

さすがに……、もう駄目か………………………。

そこで俺の意識はなくなり……。


「間に……、合った――――ッ!」


「うわあああぁぁぁ! はぁ…、はぁ…。起きれた…、のか? 真っ白じゃないってことは……、現実か…」

久々の叫びながらの目覚め。気分は最悪。

瞼を持ち上げる元気すらないほど憔悴しきっている。体なんてもっての外だ。

ダルすぎて指先の一つも動かない。

「大空は多分、顔見せねぇだろうし…。自力で大学まで行けるか…、これ?」

深呼吸一つ。勢いよく上半身を起こすが、耐えかねた腕が上半身を支えきれず、ベッドから凄い音を立てて落ちる。…頭から。

「~~~~~~~~~ッ!」

おかげで目は覚めたが、代わりに首を痛めるなど笑い話にもならない。

まぁいいさ。昨日見た夢はいつもと違って恐怖は多かったが、起きてしまえばこっちのもの。

すっきりした朝を迎えられたことに感謝しよう。

結局、昨日もあの手が助けてくれたことを、ギリギリ覚えているし。


大学に向かう道すがら、夢の中の白い街について考えていた。

あれは、どこかに実在するはず。どこか分からないが。

夢籐なら分かるか…? いや、大空か。

というより、みくに聞けばよく分かっているはず。

結局、たどり着く先はみくなのか…。分かりやすくて助かるというか、なんというか。

「ヤバい……。もうドキドキしてきた…。まだ大学にすら着いてないのに……」

なにも再度、告白するわけでもないのにこの緊張ぶり。その証拠にまっすぐ歩けていない気がする。

くっそ……。分かりやすすぎだろ、俺…。

初恋の中学生でもあるまいに。自分でも呆れてしまう。

人の字を手のひらに書いて飲み込む。という古典的な方法で場を乗り越えようと思ったが、もう大学に着いてしまった。

「なんの漫才だよ。全く…」

自分自身にツッコミを入れるのは寂しいもので。

さて……、がんばろ。


そんな俺の覚悟とは裏腹に、大学中どこを探しても最後の講義時間まで…、みくに会うことはなかった。

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