11
一人、家路を歩く夜。
夏の夜は日中より少し涼しいが、それでも蒸し暑い。
あの後、夢籐とは屋上で別れた。「泣き止むまでが長いね~」などと茶化してきたが、それはまた別のお話。
いつも通り家に帰って、寝ようか…。いや、レポートをまとめないと。
「や~っと帰ってきたかぁ。おせ~ぞ~」
「え? 大空? なんでここに?」
ドアの前で携帯を弄って立っていたのは、なんと大空。片手にはアイスの棒らしきものが三本程握られている。
「うんにゃ。『色恋は僕の管轄外。君に任せるよ~』って言われてな~」
「夢籐にか? てか、二人って繋がってたんだな」
考えてみれば、俺の見る白い夢について夢籐を紹介してくれたのは他でもない大空だった。
だが、俺の家の前にこんな時間にいるのは……、ちょっと…。
「とりあえず~、上がらせろよ~」
「おまっ……。何時だと思って……。って、明日は?」
「皇輝ん家に泊まるから問題ないぞ?」
「俺の問題はフル無視か」
「気にすんなって。男だろ?」
「何言ってんだか…。まぁ、どうぞ」
「おっ邪魔しま~~す!」
俺よりも先に上がるし、俺よりも先に椅子に座ってるし、なんかもう自由すぎやしないか?
なんて、言うだけ無駄か。
冷蔵庫には…、水とコーラ。大空は基本的に炭酸系は飲まないので、水にするか…。
「あ、俺コーヒーで」
「図々しいな…、全く」
まぁコーヒーメーカーはあるにはあるのだが、普段から使わないので一度洗わないと…。
面倒だけど……、たまの使ってやらないとコーヒーメーカーもかわいそうだよな。
サクッとコーヒーを淹れてテーブルの上に置くと、餌を待っていた犬のようにコーヒーに飛びつく。
ゴクッ……、ゴクッ………。
改めて俺が淹れたコーヒーを飲まれると……、意外と緊張する。
どうだろう…。夢籐に淹れる機会が多いのでそれなりに自信はあるのだが…。
「う~~ん! 美味いな~。店のなんかより何倍も!」
「お、そりゃどうも」
なんて取り繕ってみるが、嬉しいことこの上ない。思わず、頬が緩んでしまうところだった。
「さぁ~て、本題に入ろうぜ!」
「ノリが軽いなぁ…。俺は結構悩んでんのに」
「いいから、いいから。何があったんだ?」
「え、え~っと…。どこからがいいかな…」
とは言え、たった二日間の関係に大した濃い話もなく、名前だけ伏せて話してみた。
窓際で初めて目が合い、そこから全て始まった。
カフェに行き、同じものを飲んで…。
今日も昼食を一緒に取り、そのまま夏祭りへ…。
たったこれだけで惚れるなど思ってもみなかったが、それでも………、みくの笑顔が頭から離れない。離れてくれない。
終わった恋に未練がましく口にするのも、正直、気が引けるのだが…。それくらい、俺の中で大きな出来事だったということなんだろう。
ずっと黙って聞いていた大空は、突然テーブルを叩き、勢いよく立ち上がる。
「で、皇輝はまだ好きなのか?」
「……分かんねぇ。俺が一番分からないなんて笑い話にもなんねーけど」
「でも、たった二日間って言う割には、今までしたことなかった経験してるし、それに…、話してる時の皇輝………、ずっと楽しそうに話してたぜ?」
「俺が? 楽しそう?」
初めて会った時や今日の昼までの話ならまだ分かる。だが、祭りの部分のどこが楽しく話せるのか。過去一の悩みの種でもあるのに。
「それはもう、すっごく。それに、俺は皇輝がこれで終わる男じゃないって信じてるし」
「どこの主人公だよ」
「そういうのじゃないって。俺はただ、たった一つの障壁程度で、皇輝の本気の恋がなくなったりしないだろってこと」
「………」
「ずっと……、心配してたんだよ。皇輝は人と関わるのが嫌すぎて、ずっと一人でいたろ? 俺や夢籐先生には素の自分でいれるのに…、他人に対しては殻に閉じこもって」
「同じこと、夢籐にも言われた」
「だろ? でも皇輝には殻をこじ開けてくれる存在がいた。そりゃ簡単に惚れるのも分かるし、他の事より何万倍も悩むもんさ。だからって、惚れた女の言葉も聞かず、このまま……、逃げるようなことするなって、俺は言いたい」
「~~~~ッ!」
夢籐もそうだったが、大空もずっとこんな俺を心配してくれていたのか。それにずっと気付かず、一人狼を演じていたとは…。
俺はどれだけ子供で、馬鹿で、愚かなイタいやつなんだ?
初めて理解しようとした相手さえ、傷つけて。
「惚れた子と一生、一緒にいたいって思えたか? 守ってやりたいって思えたか? そう思ったら今後、今以上に悩みまくらねーといけなくなる。それを受け入れられるか?」
「俺は…、あの子にどう思われてるかも分からない。それも怖い……」
「好きかどうかってことか? そんなん簡単だろ? どんな手使ってでも………、惚れさせろよ。所詮、人と人の繋がりなんて一方の強すぎない我が儘を、どこまで相手が受けきれるか。受けきる器量があるかどうかなんだよ」
「んな無茶苦茶な…」
飲み干したカップにコーヒーを注ぎ足しながら、ふと思い返す。
カフェに誘われた時。
昼食を一緒に取った時。
祭りに誘われ、行動計画を任された時。
――ずっと、みくの方から声をかけてくれていた――
その全部…、俺にとって何一つ嫌に感じたことはなかった。どちらかといえば、嬉しかった。
こんな俺に構うこと。誘ってくれること。みくが俺にかけてくれる言葉なんて全部。
確かに俺の心は、みくの優しい我が儘に見事にしてやられた。みくに惚れさせられたのだ。
それに、みくといない時間、俺は笑えてない気がする。
みくなしでは生きていけないのではないか?
……。
…。
…俺の中でのみくの存在は大きく膨れ上がり、俺を俺として支えてくれているんだって………、今更になって気付くなんて。
馬鹿だよ俺は。ホンモノの。なんでこんなに悩む必要があった?
そもそも、みくは「俺が嫌い」なんて言っていない。「俺の幸せに自分は必要ない」って言っていたのだ。
なんで、なんで、なんで、なんで、なんで………ッ!
「俺の幸せは、みくが傍にいること」って言えなかった?
たったこれだけ。これ以上も以下もない。
好きな人と歩く人生に、なんの不満がある?
またしても、頬を水滴が流れる。ほんと、いつからこんなに涙脆くなったのか。
「皇輝……。もう答えは出たんだよな?」
「あ……、あぁ」
「んじゃ、俺はおいとまするぜ!」
ささっと身支度を済ませると、大空は空のカップを俺の目の前に持ってくる。
「俺がいたら、泣くにも悩むにも気使うだろ? ってことでコーヒーご馳走様」
「大空……」
「おっと、感謝のお言葉は全部ひっくるめて、皇輝なりに解決してからでいいさ」
部屋に入った時から、なぜ上着を脱がないでいるんだろう? とは思っていたが、まさかこのためだったとは…。
なんて考えている間に、玄関のドアの閉まる音が聞こえてくる。黙って帰る大空は、少し…、いや、とってもカッコよく見えた。
そんな大空の思いを、無下にするわけにいかない。
俺は明日、ちゃんとみくに会わなければ。
そして…、ちゃんと向き合わなければ。
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