俺が目星を付けていた場所はなぜか誰もおらず、意図せず二人きりとなってしまった。

ここは、神社の運営する展示施設の一つ。その屋上。

普通、ここは花火が見れる名所として誰もが知っているうえに、神社側が大々的に宣伝している場所のはずだが…、今は俺達以外、一人もいなかった。

たまたま運が良かったのか? 屋上には丁寧なことに長椅子が幾つか用意されており、綺麗にされているあたり掃除も行き届いているのだろう。

余計に誰もいない謎が深まるばかり。まぁなんにせよ、花火が上がる時間に間に合い、最高の場所で見られる。これ以上のことはないのだが。

二人で最前列のど真ん中に腰を下ろすと、それを待っていたかのようなタイミングで花火が絶え間なく上がり始める。

赤や緑や金…。丸や三角や土星型…。

二人を包む空間から言葉はなくなり、俺の視線は自然と花火の方へ………、向けなかった。

みくの頬を伝う、一筋の涙に気づいてしまったから。

…言葉が出ない。

なんて声をかければいいのか、全く分からない。

こんな悲しげな表情のみくは…、見ていられない。みくは笑顔が一番だから。

どうやったら、この涙を止めてあげられるのか?

悩んで…、悩んで…、悩んで…。

出した答えは、みくの頭を俺の肩にそっと抱き寄せることだった。

「――――ッ! もう……、不意打ちは…、………ずるいよ」

「………………」

何も聞かないさ。その涙の意味はきっと俺には分からないから。

でもいつか…、俺に分かるように教えてくれたら…。

なんて、おこがましいか。

沈黙の間を埋める花火の炸裂音は、不思議と邪魔になっておらず、むしろ居心地のいい空間を作り出していた。

花火が上がる時間は約三十分。その間、一切みくと話すことなく、時間を共有し続けた。

ずっと変わらない体勢で…。


花火も終わり、そろそろ解散ムードが流れ始めた夏祭り。

この祭りは二日間に渡って行われるのだが、花火は一日目にしかない。一回で盛大に盛り上げようとでも考えたのか。

二日目に備えて、屋台のおじさん達は設備の調整などで賑わっていた時から休みなく動いているのだが、祭りの雰囲気に乗せられてか、誰もしんどそうな顔をしてはおらず、皆一様に笑顔だった。

これにて一日目は終わったのだ。無事何事もなく…。

いや、何事はあった。あったのだが俺ができることなど、きっと何もないだろう。

未だ花火の余韻に浸っているみくは、長椅子から立ち上がる気配もなければ、俺の肩から離れる気配もなかった。

…どうしよう。俺からしたのだが、後のことを全く考えていなかった。

俺の方から離すべき? それは無粋ではないか?

じゃあ、ずっとこのままなのか? 今は他に人がいないからいいが、すぐにでも誰か来たらどうする?

え? どうしよう…。ずっとこのままでいいけど…………。

………………ずっと。

なんで、ずっとこの時間が続けばいいと思った?

なんで、このままでいいと…、望んだ?

なんで、こんなにも他人といることに不快感がない?

なんで…、俺はみくのことで頭がいっぱいなんだ?

この心臓の高鳴りはなんなんだ? 俺は一体…………ッ!!


『人を好きになるって、その人の事で悩んで、ぶつかって、苦しんで…。そうやって自分自身を蝕むような病気みたいなもので、それでいて手放してはいけない、心そのものなんだよ』


なんの小説の、なんの登場人物の台詞だったっけ? タイトルすら思い出せないくらい前に読んだのか、はたまた興味が一切なかった内容だったのか。

真実は定かでないが、頭の奥底深くにあったこの台詞だけは一言一句覚えている。

それに核心を突かれたような気がしてならない。俺のみくに対する感情…、そのどれもが当てはまる。

そうなると…、一連の犯人が浮き彫りになってくる。

俺は…、みくのことが……。

「…よしっ! もう大丈夫だよ! なんか…、ごめんね? 心配かけたね!」

「あ、あぁ……」

「……聞かないんだね」

「言いたくなさそうだから。…じゃあダメかな」

「乙女心がちゃんと、わかってるじゃあないか」

おどけて取り繕うみくだが、俺のことを買いかぶりすぎだ。

乙女心なんて、一生理解できないと思う。理解できたのは多分、君だから。他の誰でもないみくだから。

だから…、言ってしまうものなのか。

「知りたい。できれば」

みくに対する一つの感情の存在に、気づいて、認めてしまったから。

なんともあっさり認めたもので、軽いように聞こえるかもしれないが、俺自身が受け入れるには…、かなり重いものだった。

確かに以前の俺ならば、「興味ない」の一択で切り捨てた感情だろう。

でも今の俺は、切り捨てたくない。そう強く思う。その理由は簡単。

想う相手が、みくだから。

「これが、最後の花火だからかな?」

「そ、それなら来年も来たら……、いいじゃないか」

「来てくれる? またここに」

「あぁ。来年も、再来年も。その先ずっと…!」

「ありがと。嬉しい」

当たり前だよ。こんなに特別な時間は今まで生きてきて一回もなかった。

だから……。

「本当は、違う。だろ?」

「~~~~~ッ!!」

花火が最後。そんなことであんな涙は流れない。もし花火に感動した涙なら乙女心以前の問題だが、はっきり違うと言いきれる。

根拠は…ってもう何度も言ってるから、さすがに分かるか。

みくだから。これ以上も以下もない。十分な根拠だと思う。

「あははは…。さすが文学少年」

「言いたくないなら、俺も無理に聞かない。だけど、『無理』はしないで?」

「優しいね。でも…、ごめん。言えないや」

「そっ……か。うん。それじゃあ仕方ない」

俺には言えない大きな問題を抱えているのは、もう知っている。

一緒にそれを背負えたらな、とは思うが仕方ない。言いたくないのだから。

「えぇ~と、行こっか? 花火終わっちゃったし」

気まずそうな顔で昇降口の扉に手をかけ、鉄の扉を開けるみく。

まるで、扉は現実と夢の世界の境界の役目を果たしているように見え、現実の世界に戻ればみくと二度と会えない気がして…。

「みく!」

初めて口に出してみくの名前を呼んだ。少し緊張もあったが、今の俺は…、言える。

「俺は…。君が…、みくが好きだ」

言ってしまったと、後悔の念は…ない。

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