目的の駅では改札の前からすでに、お祭りムードの飾り付けが所狭しと施されており、華やかな雰囲気を漂わせていた。

なんでも数年前にあった地震の復興から始まったらしい。それまで同じような夏祭りが行われていたようだが、地震の後に夏祭りの担当者が変わり一気に人が集まるようになったとか。

噂ではうちの大学の関係者が案を出しているとか、いないとか。ってネットに書いてあっただけなので信用はできないのだが。

影の立役者がどうかは分からないが、祭りに訪れる年齢層が厚いあたり、どの世代も楽しめる祭りになっているのだろう。老若男女問わず、明るい装飾の元を闊歩している。

俺が第一の目的としている店は、駅と神社までを結ぶ商店街の中にある。五十弱の様々な店で構成されたアーケード商店街は、今や夏祭り参加者だらけ。きっと平時では、人気のない閑散な商店街だろうが、今はそんな面影などどこにもない。

その光景はまるで一夜限りの舞踏会…、って何言ってんだ俺は。

とりあえず、目的の店へと向かうか。人混みではぐれないよう近付いて歩いている今の俺達は傍から見たら恋人…、ってまた何を言ってんだ?

早くも祭りの雰囲気に呑まれて、浮かれたテンションになっているのか。やはり雰囲気とは恐ろしい。などと考えている内に到着できた。

気付けば、みくの右手にはいつの間にか買っていたコロッケが、食べさしの状態で欠けた頭を覗かせている。口も、もごもご。

「むむむ、むむむむむむむむむむむむ?」

「食べ終わるまで待つから…。飲み込んでから喋ること」

「むむむっ!」

まぁ、頬張る姿は小動物に似て可愛いのだが。

少しの間、食べ終えるのを待っているこの僅かな間にも、夏祭りの参加者はどんどん増えていっている。なんて人気なんだ、この祭りは。

「んむ…。ここが、私を連れてきたかったところ?」

「せっかくの祭りは、やっぱりこういうのは不可欠かなって。どう…、かな?」

「びっくりするくらいの、センスの塊だね!」

「ふぅぅ~~。それはよかった…」

そろそろ答えよう。俺が連れてきた店。それは…。

「ジャ、ジャーーン!! どう? 似合ってる??」

「え、あぁ、うん。思っていた以上に似合ってる…、よ。その浴衣」

「その褒め方は減点だよ~? 可愛い女の子には、ちゃんと可愛いって言わないと!」

みくが二周ほど回って見せている浴衣は、薄ピンクの生地に強い主張をしすぎない紫陽花柄と、桜柄の深紅の帯。紫陽花の花は全体的に華やかなイメージを与え、深紅の帯は落ち着きを表しているような締りのあるイメージ。

それに加え、下駄の鼻緒も統一された色合いで、まさに「可愛い」の具現だろう。

当然、みくを直視できるわけもなく。

「か、か、可愛い…。と、思………、う」

「全然こっち見てくれないけどね~! お~い! 私はこっちだよ~!」

もうお分かりだろう。ここは浴衣をレンタルしてくれる店。せっかくの祭りに私服も悪くはないのだが、やっぱりこっちの方がいいだろう。思い出的に。

そう思っていたが、よくよく考えてみると俺には刺激が強すぎて直視できないことを忘れていた。いやホント。可愛いすぎる。

浴衣が気に入ったみくは、鏡の前で何回もくるくる回ってはニヤニヤしている。

「皇輝君は着ないの?」

「俺は…、いいよ。着たことないし」

「むぅ…。私は見たいな~。皇輝君の浴衣姿」

「うっ…。壊滅的に似合わないと思うからいい……」

「すいませ~ん! この人に似合いそうなのってありますか~?」

俺の言葉など全く届いていない。とにかく俺に浴衣を着せたいのだろう。

店員も何着か浴衣を集めてはみくに見せ、みくは真剣な眼差しで浴衣を吟味している。恥ずかしいことこの上ないのだが、どこか嬉しい。

これって、女子が俺が着るものを見繕ってくれてる状況だよな? こんな状況に喜ばない男っているのか? というかこんなに嬉しいものなのか!?

二度程同じことを口走ってしまったが、まぁうん。とりあえず落ち着こう。

みくが俺のために悩みに悩んで決めてくれた浴衣は、灰色ベースに濃い青の帯の浴衣だった。これは確か…、店の外に貼っていた写真と同じ浴衣のはず…。

「うん! 皇輝君の方が似合ってるよ!」

見透かされたような気持ちにちょっと複雑だが、「似合ってる」はズルい。

多分俺の顔。今すっごいだらしない顔してると思う。人生一。

そんな俺を覗き見てニヤニヤするみくは、俺の手を引きながら店を後にするのだった。


神社に近づくにつれて人の数は凄いことになっていた。コミケ以上の混み具合だろうか。

などと圧巻されていても仕方がないので、とりあえず境内に行ってみることに。

由緒ある神様が祭られているという神社は敷地面積が広く、その広さはなんと六十万平方メートル。例を出すならテニスコート三千個越え。はっきり言って、なぜ地震前の祭りに人気がなかったのか? それほど、今は人で満ち溢れている。

境内には様々な露店や屋台が多く、その種類は五百近くあるらしい。行き交う人達が手にしている食べ物や玩具がみんな違うのは、その数多ある露店や屋台のせいだろう。

そういえば、みくの好物とか苦手なものとかまだ聞いてなかった。

食事関係でいえば、カフェで頼んでいた苦いものと、食堂で食べていた大盛のきつねうどん。まだまだみくの事を知ってみたい。…そう思うようになったのはいつからだろうか?

「あ、す、好きな食べ物とかってあったりするの?」

普段女子に「好きな」など言わないので、その単語に引かれてか微妙に質問がおかしい。

そりゃあ、誰にだって好きな食べ物はあるだろう。知りたいのは好きな「物」なのだ。

わざわざそんな事をツッコむような人じゃないみくは、しばらく悩むと頭を抱え始める。

「むむむむ…。お寿司でしょ…。オムライスでしょ…。うどんでしょ…。あ、あとパフェでしょ…。それで…………」

「分かった。分かった。全部なんだね?」

「えぇ~と…。その…。く、食いしん坊じゃあ…、ないんだよ?」

両手を弄りながら頬を赤らめるみくは、過去一番可愛い。瞼の裏にでも焼き付けておいても怒られないだろう。

「それじゃあまず、何を食べたい?」

「カステラ! …………嵌めたね?」

全くそんな気はなかったのだが…、見事に俺が嵌めたみたいになっている。

少し拗ねたような顔をしているが、カステラを口に入れると瞬く間に咲き誇る笑顔。

それからというのも食べては歩き、食べては歩き、ゲームをし、また食べては歩いた。

最初、みくは出ている屋台を全て制覇するつもりでいたらしいが、花火が上がる時間までほっつき歩いているわけにもいかないし、そもそも制覇できる数ではない。

それを伝えると、みくは買いに行く屋台を決めて回ることを選んだ。それでも結構立ち止まってはいるのだが。

「皇輝君、これ食べる? あとこれも!」


「む~~~! 美味しいよ! これは持って帰りたい!」


「見て見て!! のび~~る~~」


「熱っ! 熱っ!」

ちゃんと買ったものを分けてくれるみくに、あまり時間がないと強く言えない理由は、楽しむのが一番の祭りなので、それを邪魔するのは気が引けるから。

それと…、可愛すぎる……。

とは言いつつも、時間は待ってはくれない。花火が上がるまで後…、三十分といったところか。

祭りの最大の見物である花火なのだが、この祭りに限ってはスケールが冗談じゃないほど大きいらしい。

そういうものに限って不思議なジンクスが生まれるもので。

何がとは詳しく言わないが、まぁ男女の仲に関するありきたりなものだ。

この尾ひれのついた噂が人を呼んだのか定かではないが、花火がよく見える隠しスポットらしきものが複数個所ある。ただ問題は、そこまで少し距離があるのと、早い者勝ちの場所になっていること。

だからと言って満喫中のみくを急かしたくなかったので、結局時間いっぱいまで一緒になって色々な露店や屋台をひたすら回った。それも時間を忘れてしまうくらいに。

「………後十分!?」

「花火のこと? どこで見よう…」

「うーん。ここから一番近い場所は…、あそこか。もう人がいそうだけど……」

「あれ…、もしかして…。私が振り回しすぎた………?」

「そんなことない。俺もちゃんと一緒に楽しんでるから。でもどうしようか…」

「走る?」

まさか。俺はいいとして、みくは下駄だぞ? 走れるわけ……。

「私のせいで、せっかく皇輝君が考えてくれたことが無駄になるの嫌だし…。その…、皇輝君が手を引いてくれたら…………、大丈夫…かな? ………なんちゃって」

「…分かった。人がいないことを願って走ろう。…でも! 無理はしないで。怪我とか絶対!」

「うん……!」

みくの方から繋いできた右手を、初めてしっかり握り返す。

みくの手は小さくて、柔らかくて、強く握ったら簡単に崩れてしまいそうで、なんて……、愛おしいものなんだろう。

冗談半分で手を繋がれた以前と違って、今は離したくない。

今離したら二度と繋げない。そんな焦燥が俺を激しく襲う。

「行こう? 皇輝君…?」

「あ、あぁ。こっちだよ」

やはり走ると言っても限度がある為、早歩き程度でしかないのだが、それでも結構急いだ。

さすがに場所は取られているだろうが、最早そんなことどうでもいい。

今はただ…、この時間が無限に続けばいいのに。そう思っている。

本当に、ガラにもないことを感じるようになった。こうしてみくと関わっているせいで。

…いや、おかげか。

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