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「食堂に行くなら、僕の分のビッグストロベリーパフェ買ってきてよ~」
開口一番、何を言い出すかと思えばこの食堂に置いてないものをねだってきやがった。
さては、一度も行ったことがないのでは? 例え存在するものであっても、おつかいに行くわけないのだが。
「アイツには……、う~ん。……ッ! あの激辛アメリカンドッグがお似合いだな」
何でまたこんなよく分からない商品が売っているのか。遊び心にしても、罰ゲーム以外に誰も買わないだろ…。
「あ、おばちゃ~~ん! 激辛アメリカンドッグ二つちょ~だい!」
「まいど~」
いるもんなんだなぁ~、物好きって。しかも二つなんて。
「おばちゃ~~ん。皇輝が来たら一個渡しといてくれね~か?」
「あぁ、カミー君ね。はいよ」
おいおい。よく見たら二つ買ってるのは大空かよ。しかも俺用にわざわざ買ってくれてるうえに、おばちゃんは俺のこと分かるのかよ。
今日の昼は止めておくか…、いや俺の分を夢籐に…。それは大空に悪いか。
「おぉ~! 皇輝く~んだぁ。今からお昼?」
手を振りながら近づいてくるみくに、俺の存在が大空に気付かれてしまうのではないかと驚いてしまう。
「し、し~~!」
「何何? かくれんぼ? 私も…、っていやいや。お昼まだなら一緒にどう??」
かくれんぼの考えに行きついた理由はさっぱりだが、みくの誘いに断る理由はない。ないのだが…、みくは俺と一緒にいて楽しいのか? そう思うと一人の方が楽で…、いい。
「えぇっと…、俺は…」
「どうせ、一人なんでしょ? 仕方ない人なんだから…、もう」
そう言っておばちゃんに注文を始めるみく。
みくの昼食は大盛きつねうどん。俺は野菜炒め定食と激辛アメリカンドッグ。
あえて大盛を選び、男勝りな豪快な食べっぷり。見ているこっちが満腹になってしまう。
「よく食べるね」
「むむむむ…」
「飲み込んでからで大丈夫だから。落ち着いて、落ち着いて」
相変わらず忙しない様子だが、逆に場が和んでいる。これぞ不思議なみくワールドと言ったところか。
「…ん。皇輝君はこの後授業?」
「一コマだけどあるよ」
「その後は?」
「特にないか…。あ、レポートまとめるくらいかな?」
「よし! 暇だね! 実は今日ね、ナントカって神社で夏祭りしててね。もう何年も神社の祭りとか行ってないし。その…、行きたいな~って!」
なるほど。神社の祭りか…。確かに年単位で行っていない。行ってない理由は至極簡単。
家族で行くか、恋人と行く場所だと思っているから。一人はまずあり得ない。
あんな人がワイワイ仲を深める場所に…。………。
「ゴ、ゴホッゴホッ! え? 俺と!?」
「そ、そ~だよ! またデートだよ~」
「ちがっ! デ、デートっていうのは付き合ってる男女でするもので…」
「まぁまぁ。そんなに照れないでよ。私まで恥ずかしくなるでしょ~」
全然恥ずかしそうでない口調に態度。もしかしてまた遊ばれてる!?
そんなことより…、本当に二人で行くのか? 俺と、みくとで?
いやいや、多分他にもいるのだろう。きっと人数合わせだ。
「…ちなみに、私と二人だけだよ? 人数合わせとかじゃなくて」
「え…。でも…、なんで俺となんか…」
「んふふふ~。それは………………、ひみつで~す」
えらく溜めて『秘密』とは。今のは結構心臓に悪かった。
「秘密…、なのか…」
「そう凹まないでよ。男ならドンと構えて、俺について来いって言ってくれないと」
「男気じゃあ、俺は既に負けてるよ」
大盛きつねうどんを汁すら残さず食べきったみくと、未だ半分くらい残った野菜炒めを食している俺。
この後に激辛アメリカンドッグが控えていると思うと、食が進まない。
「まぁ~たネガティブ発言? しょうがないなぁ~ホント!」
そう言ってバッと立ち上がったみくは、勢いよく俺の両肩に腕を振り下ろす。
バシンッ! と凄まじい音が食堂内に響くが、そんなこと当然お構いなし。
「決めた。今日の夏祭り、私をエスコートしてね! 皇輝君の思うままでいいから」
びっくりするくらい大きな声で周りの注目を引いているにも関わらず、なんでもないかのように俺だけを視界に収めるみく。
本当に…、どうしてこんな俺にここまで肩入れするのか。俺の過去を知っているからか?
それとも………。いや、それはないか。
どんな理由かは分からないが、俺だからこそと思ってくれているなら、期待に応えねば失礼だろう。俺なんかが上手くできるなんて微塵も思わないが、みくがそれを望むなら…。
「…分かった。門のところで待ってて。迎えに行くから」
「ふふふ。よろしい! …じゃなかった。分かりました」
なんとも甘酸っぱい青春みたいなことをしているなと甚だ思う。
今まで女子をエスコートするなど考えたこともなかっただけでなく、今までエスコートのエすらない人生だった者なので。
みくは「後でねっ!」と言い残して颯爽と食堂を後にした。
その目尻に少し涙のようなものが見えたのは…、きっと………。
「そんなに嬉しいもの…、なのか…?」
とは言いつつも、誰よりも嬉しいと感じているのは他でもない自分自身なことに今更気付く。
その証拠に、激辛アメリカンドッグの辛味が全く感じられなかった。
現在時刻、十五時過ぎ。
緊張と不安で包まれた夏祭りの幕開けの合図として、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
ぞろぞろと帰宅する人並の中から、目的の子が姿を現す。
その子も俺と同様に少し緊張しているのか、いつもほど目が合わない。会話も少し…、ぎこちない。
これではどっちから誘った話なのか分かったものではないが、とりあえず駅までの道を歩く。
…男らしくなんて、俺からすれば高いハードルだな…
「い、いつものテンションは、どこにいったの?」
「あははは…。今更ながら恥ずかしさがこみ上げまして…」
「まぁ、そのくらいの方が俺は助かるんだけど…。で、今日なんだけど、まず向かうのは神社…、じゃありません」
「およ? まさか本当に私をエスコートしてくれるの? やった!」
先程までのローテンションはどこへやら。まぁ、助かるとは言ったものの、みくがいつものテンションじゃないとちょっと寂しいと思うのも事実。
「俺なりになんとかやってみるから、間違えたらごめん」
「ふふっ。正解とか間違いとか、そんなのって一つもないよ? その人の優しさの写しなんだから」
全く…、みくには敵わない。芯が通っているというか、そこらへんの大人よりしっかりしていると思う。それほどまで、みくの背中は大きく見え、カッコ良く見えた。
「そう言ってもらえると助かるよ。あ、電車来たね」
「なんかいいね~。こういうの」
一抹の不安を拭えきれないでいる俺だが、なんとかしよう。一夜も漬けていない知識でなんとか…。
『祭り デート』と検索バーに打ちこむ俺は、少し憂鬱な感情が勝っていた。
みくと夏祭りに行くと決まってからというのも、頭の中はそのことでいっぱい。
現在の時刻は十四時二十分。何を隠そう、授業中にコソコソと携帯を使ってネットに頼っているのだ。姑息で惨めではあったが、デートなど経験したことのない身の俺にとって必死になるのも無理ないと思う。
色々なサイトを経由し、それなりに勉強になることが多かったが、何となく印象に欠ける…、そんな気がする。
作法のあれこれは、多分大丈夫。でも何か…。
「あ、穴場スポット的なのとかか?」
はっきり言って、この祭りの開催場所の地理に詳しくない。その上、祭りの存在は知っていたが、開催日時まで知らないという中途半端な認識しかない。
四つ先の駅で降りる。降りた駅からどの道順で神社まで。など、今更な感じもするが復習しておこう。ついでに、お洒落なお店の一つでも見つけておいても損はないだろう。
地図を表示させ、歩き過ぎない距離にある店は………。
「ん? この店……?」
思わぬ収穫に笑みが零れてしまう。確かにこれは…、盲点だった。
早速、脳内プラン最上位に組み込んでおこう。
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