なんだかんだ一波乱を乗り越えた俺は、この大学の魅力の一つである図書館へ足を運んでいた。今日は昼過ぎの四限目まで時間がある日なので、よく本を読むためだけに図書館を利用している。

ここの図書館は、市の図書館を遥かに超える蔵書を有しているだけでなく、視聴覚ベース、印刷・活版ベース、PCベース、個室・集会用自習ベース等々。

驚異の四階建ての図書館は、外部の人も利用出来るので館内に学生以外の姿が見られる。まぁ平日の午前中など、俺と職員くらいしかいないのだが。

ちなみにこの図書館にも俺はちゃんと特等席を決めており、それは出入り口と通路から一番遠く且つ一番端の椅子。

この囲まれた感じが、落ち着くこと落ち着くこと。

さて…、物語の世界へ行こうかな……。

「なぁ~んて、そうはいかないんだよこれが。……ねぇ? 驚いた? 何とか言ってよ皇輝く~ん」

「な ん で…、おめーがここにいるんだよッ!?」

「昔刑事をやっててね~。尾行はお手の物さ!!」

「嘘つけ!! ずっと研究者だろ!」

「よくご存じで。あれ? 僕のこと好きなの? 僕の素性を勝手に調べ上げて~」

「嫌というほど受賞された時の自慢話を聞かされたんでね…。………で? 何の用だよ」

結局、今日も読めそうにないな…。俺の日常の僅かな楽しみが…。

「本ばかりを読んで語彙力、文章力を鍛えるのはいいけど、人と話さないとせっかく読書で培った能力が、コミュニケーション能力の目前に惨敗しちゃうよ?」

痛すぎるところを、小馬鹿にしたような口調で突いてくる。

人付き合いをさせるために読書の妨害をしてきたとは。もう少し他にやり方があったのでは? と思うが、これが夢籐なりの気遣いなのだろう。

「誰のおかげで、人に距離置かれてると思ってるんだ?」

「僕は夢の研究もしてるけど、心理学も少々かじっててね…。端的に言うと、君自身の問題だよ。むしろ僕は感謝されるべき行動をとっているしね」

「はいはい。詭弁は聞き飽きたよ。で? もう一回聞くけど、何の用だ?」

「本当の意味で人との繋がりを知らない今は仕方ない…、か。まぁいいよ。いつか分かる日が来るだろうからね。…で、僕がここに来た理由は一つ。というか、ここに来た理由なんてほぼほぼ一つしかないよね」

「本でも探してんのか?」

「そゆこと~。で、偶然君を見つけたから、僕のお手伝いをさせてあげようと思ってね」

恐らく別の目的があって俺に接触してきたのだろうが、その真意は全く分からない。

分かっていることは、断っても俺が折れるまで話しかけてきて読書の邪魔をするだろうということ。研究の資料さえ集まれば、あの陰湿な研究室に閉じこもりっぱなしになるだろうから、さっさと追いやって自由を手にするためには…、協力する他ない。

「分かったよ。何探せばいいんだ?」

「うんうん。その意気だよ。それじゃあ、このメモのここから…、ここまでよろしく~」

「俺の方が探す冊数…、多くないか?」

「気にしな~い。気にしない」

「ハァ………」

大きなため息をついて、嫌々受けた手伝いも探し始めると夢中になるもので。

今は二十六冊の資料の内、最後の二十六冊目を探している。

時折、資料が置いている書架を職員の人に尋ねたりもしたが、殆ど自力で探してみせた。かかった時間は三十分程度か。

自分の分を探し終えていた夢籐は、黙々と資料のページをめくっていた。その姿が絵になること。

普段掛けていない眼鏡を掛けていたり、いつもの軽口を叩く表情がそこにはなく、真剣そのものだったりとギャップが凄い。改めて、夢籐という男が人気の理由を垣間見た瞬間だった。

「苦手な人間」という認識は、俺の中から消えないのはもちろんのことだが。

やっと見つけた二十六冊目と共に、文献の山を夢籐の元に持って行く。

「ここに置いとくぞ?」

「んん~。う~ん。…………んんん。うんうん」

すっかり資料から目が離せない状態に陥ってしまった夢籐の空返事に飽きれながら、自分の持ってきていた本を取り出す。これでやっと俺も本が読………?

本探しに夢中になっていたので全く気付かなかったが、夢籐の注文にあった本全てが「夢」に関するものだったことに今更ながら気付く。

これ…、二十三冊目だったか? 異様にその本のタイトルに目が引かれた。


『命と夢の世界 ―運命は夢の中にあるのか―』


自分でも驚くことに、その本に食い入るように読み始めていた。自分で持ってきていた本を手放して。

中身は細かい字と専門用語の羅列ばかりで、とてもじゃないが夢籐の授業すら理解できない俺に理解できるものではない。

その筈なのだが…、夢籐の授業の中で聞いたことのある単語が出てくると、その前後の文が少し理解できるような……、やっぱりできないような…?

「本当に世話が焼ける子だよ…、君は。人との壁をわざわざ自分で作って、自分勝手に拒絶して。君自身で人との繋がりを信じないでどうするのさ。少なからず君は、君だけは、その繋がりを大事にしないと。じゃないと悲しむよ。あの子が」

夢籐が小声で何か言っているような気がするが、きっと独り言だろう。というか、今は夢籐の相手よりこの本の中身の方がよっぽど気になる。

「今日は…、三十点ってとこかな」

男二人の研究資料黙読は昼のチャイムが鳴っても尚、終われなかった。

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