「……また、助けられたな」

寝汗と共に目覚めた朝は最悪とまではいかないが、蒸し暑さも相まってそこそこ鬱陶しかった。

今日も今日とて一限目から授業があり、憂鬱な気持ちのまま身支度を始める。

…その嵐は丁度、玄関で靴を履いている時に来やがった。

ドアの向こうで誰かの気配を感じる。

「ピンポーン! 皇輝ぃ~? まだ寝てんのかぁぁ~?」

何故かインターホンの音を口に出して、インターホンを鳴らさない大空が朝から迎えに来た。

別に時間が遅れているわけでも一緒に行く約束があるわけではないのだが、たまに家まで来る。そして来る度に大声で騒ぐので、ご近所に迷惑だと言っているのだが…、なかなか直そうとしない。

そもそも「ピンポーン!」って自分で言うか? 朝っぱらから本当に恥ずかしいから名前も呼ばないでほしい。

今日もまた、そのお説教から始まる大学までの行き道。きっと反省などしないだろうことは目に見えているのだが。

俺と大空は学部が違い、門をくぐると別れるのでやかましいイケメンの大学生活をよく知らない。まぁ仕方ないといえば仕方ないのだが、さほど興味もない自分がいるのも事実。

そんな大空の背中が見えなくなると、見計らっていたかのようなタイミングで誰かに背中をつつかれた。驚きよりもこそばゆさが勝ってしまい、変な声が出てしまう。

「ぷふふっ! ふぁっ!? ってどこから出てるのその声」

両の人差し指を立てたポーズのまま、俺の顔を覗き込むように視界に入ってくる女子。

こんな大胆なことをする女子など俺の知るところ、一人しかいない。

南みく。俺の過去を知っているであろう重要人物…、なのだがこの子の計り知れない距離感の近さについていけない。昨日の今日でボディタッチまでしてくるとは。

まだ完全に心の壁を取り払ったわけでもないのに、彼女の凄い押しに簡単に壁を乗り越えられている気がする。その証拠に小悪魔の様な笑みにちょろい俺は、みくを怒るに怒れないでいる。

「い、いきなり…。どうしたの?」

「どうしたって…。おはよう的なのだよ? なんか眠そうだから」

「そうかな…? いや、そうかも」

「昨日話してくれた…、例の夢?」

思いのほか心配してくれているみたいで嬉しい気持ちがある反面、少し悔しい気持ちもあった。なぜなら、今まで他の人に寝不足な姿を悟られないように取り繕っていたから。

とは言うものの、大空の目は誤魔化せたことがなかったし、今思えば周囲の人達もあえて何も言ってこなかったのかもしれない。

そう仮定するなら、心配して声をかけてくれるくらい優しいと伺える。

無論、大空も含めて言ってるから。そこは誤解の無いように。

「いつものことだから…、大丈夫だよ」

「ほんとのほんと?」

「う、うん。大丈夫だから……ッ! 顔が近い…」

「あ、ごっ、ごめん!」

一気に顔を赤くして距離をとるみく。

無意識にしたことには余裕がなくなるところがあるとは…、意外なところを発見できた。

などと関心している場合ではない。もうすぐで一限目が始まってしまう。

「あ、わわわ! え、え、また後でね! それじゃっ!」

びっくりするくらい気が動転している姿は見ていて微笑ましいのだが、俺もそんな余裕はない。なんせ一限目は、あの夢籐だ。


「であるからして~、心理と精神は非常に近しいものであって~。~~ということが証明さるってことなんだけど…、みんな分かるかな~?」

相も変わらずの口調とペースの夢籐の講義。

やばい。単位落としそう。夢籐が何を言っているのか、さっぱりすぎる…。

他のみんなは、あの高レベルが理解できるのか?

俺の場合、夢籐に直接教わる機会は無駄にあるのだが、それでも厳しいだろう。これは…、間違いなく大学院以上レベル。

諦めの感情が顔を出し始めたので、ふと意識を教壇から外へと向けると、初めて目が合った時と似たような光景を目にする。

違っていたのは、みくがニコッと笑いながら小さく手を振っていることだ。

みくの存在を知って、まだ一日も経っていないのにここまで仲が深まるとは……。うん? 仲が深まったと捉えて良いのか?

とりあえず手を振り返すのは恥ずかしいので、手だけ上げて反応しておく。それに満足したのか、みくは黒板の方に向き直りペンを滑らせる。猫のような気分屋な彼女だが、きっと俺が反応するまで頑として手を振り続けていただろう。…その理解で合っているはず。

「一番理解してない子、見ぃ~つけた」

こっちの男はギリ理解できる。茶化しにきたと。

「彼女とのイチャイチャ…。単位下げとくね~」

まさか「下げる」とまで断言するとは。この男、俺の理解の範疇を容易に超えてきやがった。

そして、夢籐ファンの視線が痛い…。耐えろ。後………、十分。

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