第2話 儚き夢

こんなにも些細な夢なのに、大人たちは許さない。


きみとの永遠を僕は願った。



きみと僕とはかくれんぼ。

ただ、この日のかくれんぼはいつもと少し違ってた。


僕がきみと隠れていたのは、町外れの小さな小さな防空壕。

すでに町は焼け野原。


戦争が始まっていた。


親兄妹は行方知れず。

途中までは一緒に逃げていた。


だけど、僕は走る方向を変えた。

「どこに行くの!!」

声が追ってきたが気にしない。

それどころじゃなかった。


君のことが気になって気になって、しょうがなかった。


「えっ……」

僕が着いたころには、きみの家は炎に包まれていた。


一瞬で頭をよぎったきみの死。

絶望という波に飲まれようとしていた時、聞こえたんだ。

きみの声が。


「――っ」

僕の名前を呼ぶ、泣きそうなきみの声。

だから、僕はきみの姿を探した。


人の波をかき分けて、大人たちに突き飛ばされながら、きみの姿を探し続けた。

けど、きみはなかなか見つからなかった。


困り果てていたとき、僕は思い出したんだ。

初めてきみと、約束を交わした場所。


案の定、きみはそこにいた。

町外れの真っ赤な花を咲かせた百日紅の木の根元。


体を縮めて、うずくまってたね。

僕はためらいなく駆け寄った。

危険なんて関係なかった。


「やっと見つけたっ」

泣き顔をあげたきみは、僕を見つけると安心したように笑って、飛びついてきてくれた。


「ごめんね。すぐに見つけてあげられなくて」

「ううん。大丈夫」

守ってあげなきゃ。

きみも一人で怖かっただろう。

僕も、怖かったよ。

きみがいなくなってしまうんじゃないかって。

離れ離れになるんじゃないかって。

本当に無事でよかった。


そして僕たちは、近くにあった小さな防空壕に隠れた。

誰もいない防空壕。

目の前には真っ赤な百日紅と、真っ赤な真っ赤な思い出。



いつものようにかくれんぼ。

僕たちは息をひそめて隠れてた。

違うのは、きみの笑顔がないことと、きみの声が聞こえないこと。


きみの体が小刻みに震えているから、僕はそっと手をつないだ。

あのころの僕には、そのくらいしかできなかった。

僕も限界だったんだ。

とても無力な僕。


さらに恐ろしいことに、防空壕の近くが爆破された。

僕はますます、きみに何もしてあげられなくなったんだ。


そこに落ちてきたのは小さな爆弾。

それなのに、この小さな防空壕は大きな被害を受けた。


爆風と地響きによって、もろい壁は崩れ始める。

奥から崩れるなら、まだ良かったのかもしれない。


でも、崩れてきたのは強度の弱い入口付近。

いくら小さな空間でも、僕たちでは追いつけなかった。


埋められる。


そう思った僕は……きみを突き飛ばしたんだ。


きみが外で転んだその瞬間、入口は崩れた。


僕ときみの間には、分厚い壁ができてしまった。


「大丈夫⁉ねぇ‼大丈夫⁉」

必死そうな君の声が、土の向こうから聞こえる。


良かった。無事だったんだね。

小さな隙間があったから、手を入れてみた。

すると、きみの手と出会った。


あぁ、やっぱり震えてる。


そうだ。

「ねぇ、かくれんぼしよっか」

「かく、れんぼ……?」

「そう、僕がここで隠れているから、きみが大人を呼んできて、僕を見つけて」

「わ、わかった!待っててね」

離れていこうとするきみの手を、僕はもう一度ぎゅっと握った。


「いってくる!」

そういうときみの手はそっと離れて、駆けていくのが音で分かった。


「僕はちゃんと守れたかな」


きみとの約束。きみの笑顔。


あ、残りの空間もつぶされていく……。

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