第一三七話 龍神神社(シュライン)

「調査の結果、この山地には古くから龍神の伝説があるらしく……山の中に古い神社が存在している」


 立川さんとのお茶から数日後の放課後、八王子さんからの呼び出しを受けた私と四條さんは、今KoRJのモニタールームに座っている。八王子さんがモニターに該当の神社の画像を表示するが……随分ボロボロの神社だな。

 ほぼ手付かずというわけではないけど、柱の色も褪せているし、掃除もあまりやってなかったのだろう、傍目には荒れ放題という印象でしかない。

「この神社が大蛇を祀ってたんですか? その割には随分と荒れてますね」


「そうだな……現在の管理者があまり素行の良くない人物らしくてな……まあ、何百年も継承を繰り返していく中で本来の意義や理想を失いことは多い」

 八王子さんが次にモニターに映し出すと、おそらく宮司なのだろうか、男性がお店で派手な格好の女性と共に酒を飲んでいる姿を映し出す。ああ、これはもうダメなやつだな。

 次にモニターに映し出されたのは……少し遠景からの写真だろうが、神社の前に立っているフードの人物の写真だ。

「……これってあのララインサルですか?」


「そのようだ、以前より各地で廃棄されかかっている神社仏閣を調査していたところララインサルの姿が目撃された。彼の目標はこの神社にあるのだろうな」

 次に画像に映し出されたのは……先ほどの宮司が路地裏で変わり果てた姿で倒れている姿で、いきなりそんなものが表示されたことで私は少し顔を顰め、四條さんは全く動揺することもなくモニターを無表情で見つめている。

 いきなりのグロ画像とかちょっとなあ……私の表情を見て気がついたようで八王子さんがその画像を消すが……先ほど見えた画像だと、切り殺されたとかではなく恐怖、とか驚愕に近い表情だったな。

「あ、すまない……こういう仕事をしていると配慮に欠けてしまうな」


「い、いえ……慣れてるつもりですけど、流石にいきなりですとびっくりしますね」

 同意を求めるように私は四條さんの顔を見るが……四條さんは全く動揺どころか、無表情のままお菓子を口に放り込んでいる。鉄の意志かな、この人。

 少し頭を下げると八王子さんは、モニターに別の画像を表示する……それは古文書のような読むのに苦労しそうな文面だ。

「この古文書にはこの地に封じられた怪物……龍神のことが書かれている。簡単に説明するぞ」


 古文書曰く……とても古い時代、この地には九つの頭を持つ力ある龍神が住んでいた。龍神は地元の村へと貢物を要求し、それに応えないとこの地を滅ぼすと脅してきたのだ。

 村人たちは悩むが、毎年一名の村娘を生贄として捧げ、その年の食糧の一部を献上することで龍神の支配下に入った。龍神はその貢物を受け取る代わりに村を襲う野武士から守ることで奇妙な共存関係が結ばれていた。

 ある年……村に立ち寄った武士が村娘に恋をした。武士はその年の生贄が恋した娘であることを知り、龍神を倒すと宣言した。

 武士は仏に守られた神聖なる刀を所持しており、龍神と七日間にわたって激しい戦いを繰り広げた。戦いの果てに龍神は武士の刀に貫かれ、神社のある場所へと封印されたが、武士もまた龍神の毒に侵されて命を落としてしまった。

 娘は武士の死に悲しむも、この地に神社を建立し龍神の封印と武士の魂を慰めるため、宮司となって社を守ることにしたのだ。


「とまあ、そんな伝説があるそうだ。八〇年代の開発ブームでもこの神社は祟りがあると言われて、取り壊しは避けられたそうだ。ただ村は衰退をたどり、今現在は廃村に近くなっている。宮司も普段は別の街に住んでいたそうだ」

 八王子さんの説明を聴きながら、この地にいた龍神というものを考えている……九つの頭を持つ龍、私の前世では同じ怪物が存在していた。


 九頭大蛇ヒュドラ……九つの頭を持つ巨大な大蛇、現世におけるギリシア神話にも登場したこの怪物は前世でも超強力な戦闘能力を誇る。

 知能としてはそれほど高くなかった気がするけど、そもそも九本の頭が別々に行動できる上に、体は少し小型のドラゴンに近い形状をしている。

 羽はついていないので飛ぶことはできないが、重量も重く魔王軍に使役されていた個体は城塞攻撃などに使用されていたりした。

 個人で戦うには少し骨の折れる怪物だ……そして似たような個体であった場合、私一人で戦うのは少々面倒かもしれない。

「もしその怪物が復活した場合、どうなるんですかね?」


「文献ではこの龍神への貢物をしなかった村落は一晩で壊滅させられたと書いているから、まあ暴れ出した場合は一帯の壊滅くらいは起きるかもしれないな」

 八王子さんはモニターに古い写真を数枚映し出す……あまり鮮明なものではないが、複数の人間と九頭大蛇ヒュドラが戦闘をしている場面だ。これは……もしかして過去の戦闘の写真だろうか?

「八〇年代末、KoRが組織されてすぐの時に巨大な九つの頭を持つ怪物がとある永久凍土に近い土地に出現した。当時は東西冷戦の真っ只中で高度な政治的判断があったとは聞いているが、初めてイデオロギーを超えて未知の怪物と戦うという状況が発生したらしい」


 歴史の授業で習ったな……八〇年代末から九〇年代頭に冷戦が終わり東側の超大国が崩壊した時代だ。降魔デーモンの活動は八六年以降……まだ活動が活発化してすぐの時代だな。

 それまでは人間同士の抗争しか行われていなかったが、KoRという組織が各国の政治や中枢に絡んでいった時期でもある。

「龍神がこれっていう可能性が高いって話ですかね?」


 八王子さんは黙って頷く……そうか彼自身も九頭大蛇ヒュドラの可能性を加味しているのだな。私は前世で戦った九頭大蛇ヒュドラの記憶を掘り返していく。

 あー、超めんどくさい相手という記憶が真っ先に出てくるな……。


『ノエルは九頭大蛇ヒュドラと戦うのを嫌がっていたな。圧倒的な攻撃能力を持つ魔法使いが必要だと言ってな』


 全て破壊するものグランブレイカーが補足を加える……そうだなあ魔法使い、特に圧倒的な火力を放てるエリーゼさんが仲間になってからは苦戦した記憶というのはないのだけど、まだそういうのがない時期に戦った九頭大蛇ヒュドラは恐ろしくタフで強敵だった。

「そういえばエツィオさんってどこ行ったんですかね?」


「彼は今別の任務の協力で、昨晩から大阪に行っている。リヒターが戻ってくるからな、その護衛も兼ねているのだが……こんなことなら数日遅らせた方がよかったな」

 そ、それで今日は急なお休みだって言ってたのか……エツィオさんの魔法であればかなり楽な戦いになるはずだったのに……すると私と四條さん二人でどうにかしなきゃいけないって話か。

 ふと彼女の顔を見ると、チョコレートを食べながら我関せずという顔でコーヒーを飲んでいる。八王子さんはモニターに映った情報を消すと、私達へと指令を伝える。

「今回は二人で行ってもらう、龍神の復活を阻止……万が一龍神の復活となった場合はKoRJからの援護があるまでできるだけ龍神を止める。それとララインサル一党との接触があった場合は優先的にこれを攻撃する、以上だ」




「ではこの呪具を使って、神社に封印された龍神を解きはなつ、でいいですか?」

 立川と社家間はララインサルから受け取った不思議な土器のようなものを見ている……不思議な形状だ。人の形のように見えるが、恐ろしく精巧にできており、持つと人肌のような温かみを感じる。

 ララインサル曰く、指定された魔法を消滅させることのできる呪具……今回の龍神は魔法的な力で封印されている、と彼は判断した。

「そうそう、龍神を解き放った後封印に使われているであろう剣を藤乃ちゃんが受け取るといい。僕の見立てだと……君の流派に関わるもののはずだ。少し形状は違うかもしれないけどね」


「聖剣ベラン……が存在していると?」

 立川は訝しげな表情を浮かべてララインサルの顔を見るが、彼はクスクス笑うだけでそれには答えようとしない。いつ見ても嫌な笑顔だ。

 でも聖剣ベランがあれば……あの剣聖ソードマスター……ミカガミ流に勝てる可能性が出てくる。伝承にもある、リュンクス流が免許皆伝一位の剣士に与えてきた聖剣、魔を滅ぼし悪を封じる神の剣。

 聖剣ベラン、その神聖な力はリュンクス流を庇護してきた国家のために使われてきた。勇者と敵対した時も、聖剣ベランを携えたリュンクス流の剣士が勇者たちと戦った。


 達人アデプト……敵対したミカガミ流の剣聖ソードマスターがリュンクス流最強の剣士に与えたと言われている称号。リュンクス流剣術の最高位、それが達人アデプト……受け継いでいくのはいつの日か達人アデプト剣聖ソードマスターを倒すために、その志を忘れぬために受け継いでいくと決めたからだ。


 立川は腰に下げた新しい騎兵刀サーベルを見て、軽くその柄を撫でる。現世では何の意味もない目的だけど、私の中にある魂が、記憶が剣聖ソードマスターを倒せと訴えている。

 そして……新居 灯の顔を思い浮かべて少しだけ胸がチクリと痛む……笑顔が素敵な女性だった。敵だっていうのにわざわざ理由を聞きにきて、お人好しだったな。

 立川は軽く息を吐くと、ララインサルに頭を下げて宣言する。


「わかりました、ではその神社に封じられた龍神を解き放ちます……その後は剣を回収して離脱、でいいですね?」

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