第一三八話 神山道中(オンザウェイ)

「四條さん、もう準備できましたか?」


 私の質問に四條さんは黙って頷く……彼女は戦闘服に前に見た時と同じように背中に対物アンチマテリアル狙撃銃ライフルを背負い、体の各部に拳銃や手榴弾などを装着しており完全武装の状態だ。

 対照的に私は腰に刀、全て破壊するものグランブレイカーを下げ背中に小剣を装備したいつものスタイルだ。準備を進める私たちに青山さんが心配そうな顔で話しかける。

「お二人とも無理はしないでくださいね。倒せないとわかったらすぐに撤退しても良いと言われていますので」


「はい、とはいえ無理はする気はないですよ」

 私は青山さんに笑顔で答えるが……正直いえば普通の九頭大蛇ヒュドラであれば今の私と四條さんならどうにかなりそうな気もしなくもない。

 魔法としての火力が足りていないのは確かだが、四條さんの対物アンチマテリアル狙撃銃ライフルの破壊力は高く、今私が下げている全て破壊するものグランブレイカーがあれば相手を切り刻むことも可能だろう。

 懸念点というか問題は該当の存在は龍神として祀られていた、という点の方が強い。


 死霊などの不死者アンデット、精霊などが崇拝を受けて力を取り込んでいった結果、通常の個体よりも大きな力を得ることが稀にある。

 神と呼ばれる存在がその信徒の数に応じて奇跡を多く起こせる……それは信じられている、崇められているという集合した意思や願いがその神の能力を向上させる。

 元々は小さな能力しか持たない神や精霊であってもそうやって恐ろしく大きな力を手にすることがあるのだ。


 この辺りの原理や仕組みはよくわかっていないが、前世の世界でも精霊が力をつけたことで強い能力を身につけるなどの突然変異が記録されている。

 神として信仰を集めていた存在が長い年月をかけて変化していったとしたら? それは既に通常の個体とは違う存在になっているのだろう。

 魔物が大きな力を入れたという記録はないが、魔王という存在の最初は……そうであった可能性は否定できないのだ。

「そうなっていないのを祈るしかないわね……」


「新居さん何か言いました?」

 四條さんが独り言を呟いた私を見て話しかけてくるが……私は何でもないと伝えて腰の刀を再度確認する。いざというときは私が殿となって四条さんや青山さんを逃さないとダメだろうな。まあ、私が本気で戦って勝てない降魔デーモンなどいないはず……多分ね。

 でもまあ……それ以上の敵が出てくるかもしれないという警戒だけはするべきだな。

「ララインサルが何かしてこなければね……」




「結構山の奥まで入るんですねえ……たいぎいわぁ」

「そうですねえ……道も荒れ果ててますしねえ……」

 四條さんが思わず素に戻って呟く……広島弁だな。そういえば彼女は広島出身で、高校から大阪に出てきていると行ってたっけ。KoRJの大阪支部に配属するために大阪に一人暮らしをお願いしてたとかで。大阪弁を喋らないのは、覚えるのも面倒で標準語のほうがまだ喋りやすいとか何とか。……まあ私も標準語で喋ってもらわないと困るからな。

 ただ……たいぎいってなんだ? 後で調べないとダメだな。


「しかし……誰か入った後はありますね」

 地面を見ると最近誰かがここを歩いたであろう足跡や、草や石を踏んだ後などが残ってる。小さめの靴……比較的体重の軽い人物と、成人男性のような足跡。

 おそらくララインサルが直接ここに出張って封印を解くというよりは、立川さんや鬼貞などの協力者を使って封印を解除しにくるだろう。

 しかし成人男性の足跡……革靴かな? これは新しい協力者だろうか。

「誰だろう……今までは協力者の数もそれほど多くなかったのに……」


「……先日、調査班が立川 藤乃の身辺を調査しているときに、正体不明の謎の怪物に襲撃され撤退を余儀なくされたらしいです。情報自体は秘匿されてましたが」

 四條さんが地面と睨めっこしている私を見ながらボソリと呟く……私その件知らないな、秘匿されていた情報にアクセスをして彼女はそれを知ったということだろうか。この人案外秘密情報とかにアクセスしてるんだな……・

「初耳ですね……死人は出てないんですか?」


「出ていないそうです、ただ一名呪いのようなものをかけられていて、今でもその後遺症に苦しんでいるそうです。その対応のためにリヒターさんが東京に急遽戻ってくることになったそうで」

 へー、ほー、ふーん、するってーとエツィオさんが急遽大阪に行ったのもそのためか。戻ってくるにしてもリヒターはあの格好や外見なので何か別の方法を考えるのだろうけど。しかしその呪いをかけてきた謎の怪物……は気になるな。

 立川さんの周辺を嗅ぎ回っているとその怪物に襲われるって……下手に手を出したら次は容赦しないぞ、というメッセージのようにも思えるしな。

「ちなみにどんな怪物だったんですかね?」


「鳥のような頭部に黒い翼を背中から生やした人間型だって言ってました。金剛杖を所持してたそうで、武芸者のような雰囲気だったとか。あと普通に日本語喋ってたそうです」

 うーん……前世で考えるなら有翼人種である梟翼人オウルマンとかかな? 梟翼人オウルマンというのは固有の種族で、全身が羽毛に覆われていて梟の頭部に人間型の体と大きな翼を持った種族だ。


 空を飛べるだけでなく、高速で飛翔できるのだが、そのために少し体重が軽く重い武器を持つことができないという制約がある。そのため剣士や戦士になるよりは弓やスリングを持つものが多かった。

 それと住居を崖などに造ることでも知られており、山脈などには彼らの集落コロニーが作られていたな……人間には到達できない場所などにあるため、交流という意味ではなかなか多くない種族ではあるものの、冒険者として旅をする有翼人種もいるので、比較的メジャーな存在だ。


 梟翼人オウルマンは、有翼人種の中でも最も数が多い鷹翼人ホークマンという種族の亜種にあたり、鷹翼人ホークマンや同系統の亜種である鷲翼人イーグルマンと違って人間に翼のついた姿をしていないのが特徴だったな。そもそも顔が梟そのもので、全身には羽毛が生えた姿だ。

 でも武芸者のような雰囲気? 有翼人種というのは確かに変なこだわりや奇妙な仕来りなどに縛られる種族ではあったけども、それにしたってね。

「何者なんですかねえ……」


「さあ……大阪でもそんな敵はいなかったです」

 四條さんは周りを確認しながら私の問いに答える……悠人さんに聞いたけど、四條さんは大阪で高槻さんという格闘戦を得意としている男性とのコンビで活躍していた。

 支援、遠距離攻撃に特化している四條さん、格闘戦で降魔デーモンをしばき倒せる高槻さんというコンビは非常に効率的で戦果もよかったそうだ。

 彼女が東京に来てからというものの、高槻さんと組んでいるのは此花このはなさんという男性らしいがうまく動けないそうで、リヒターが来てよかったと話していた。

 先日電話をかけてきて色々大阪支部の話をしてくれたが……結局最後はセクハラで終わったな、あの人。


『灯ちゃんが大阪来るなら……俺が手取り足取り、腰取り教えるんだけどな……』

『いい加減にしないとセクハラで訴えますよ?』

『……すいませんでした。それだけは勘弁してください』

『大阪で随分楽しそうですし、移住したらどうですか? 綺麗な女性に囲まれて、楽しそうですよねえ?』

『……灯ちゃん、もしかして怒ってます?』

『怒ってないですよ? 呆れてるだけです』


 リヒターは見た目は死体だけど、支援や攻撃能力としては非常に高いので大阪支部でも重宝されているようで、相談役としても降魔デーモン相手の戦闘でも貢献度が凄まじいと聞いている。

 先輩もそうだ……悠人さんが心配するくらい戦闘では積極的に前に出ており、少し怪我も多いようだがかなりの戦果を上げていると聞いている。

 無事でいてほしいな、とは思う……メッセージアプリでちゃんと返答くれないのが本当に悲しい。ミカちゃんからは一応先輩がミカちゃんに継続して勉強を教えてくれていること、ミカちゃんに私のことを時間が許す限り聞いてくることなどを聞いている。今はそれでいいか……先輩とそのうち話すこともあるだろうし。

「小さい靴は立川さんかな……彼女とは戦いたくないんだけど」


「……そういうこと言ってると足を掬われますよ」

 四條さんはあくまでも無表情で私に忠告をする……そうだな、戦いたくないと考えていればいるだけ、戦闘になった際に覚悟ができなくなる。兵士などもそうだ……感情に左右されて勝負に負けた例などは数多く存在している。

 前世でもそういう戦士が足元を掬われて、勝てるはずの戦いで死んでいった光景を見ている。だからこそノエルは容赦をしなかったようだし、それは勇者ヒーローパーティの面々も同じだったらしい。私は四條さんに軽く頭を下げて微笑む。


「そうですね……私も余裕があるわけではないですから、忠告ありがとうございます」

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