第一三六話 猛々しい魂(フィアスソウル)

「で……これは一体どんな状況なのよ、新居さん」


「どういう状況なんですかねえ、あはは……」

 私たちの目の前にはテーブルに置かれたスペシャルクリームジャンボラテと、そして立川さん、四條さん、私が円形のテーブルの前に座っている。えーとなんでこんなことになったんだっけ。

 目の前で立川さんはめちゃくちゃイライラした表情で、四條さんは我関せずという感じのいつもの無表情で……私はめちゃくちゃ困った顔で座っているわけで、どうしてこうなった!


 とりあえず今日起きた出来事を整理していこう……私と四條さんはアルカディア国際女子学園高校、通称アル女へと放課後に向かって……立川さんが出てくるまで待ってだ、運よく立川さんが帰宅するところに出くわしたので、声をかけた。


『立川さん! こんにちは!』

『え? は? ちょっと? なんであんたここにいるの?』

『遊びに来ました! 突然ですけど……お茶しませんか?』

『……え? 何言ってるの?』

『大マジです、さあさ、お茶にしましょう! そうしましょう! 私奢りますんで!』 


 突然現れた私たちに立川さんは本気で驚いて、むしろどうしたらいいのかわからないという顔をしていたが、私は穏便にことを済ませたいと思ったので、友達を話すくらいの感じでスタパへラテを飲みに行こう、と誘った。


 目的はまあ、立川さんと一度腹を割って話そうと思ったからだ。おかしな発想と思うかもしれないけど……現世に転生してからと言うもの別に戦うだけが正しいとは思わなくなっているのはあるかな。

 ただ、どうして彼女が降魔デーモンと契約するに至ったのか? は実際知りたいと思っていたから、それだけは聞きたい。

「ぶっちゃけて言えば、私は同年代と戦いたいと思ってなくて……もし一回話す機会があれば話したいと思ってたんですよね」


「……正気でそんなこと言ってんの? 頭沸いてない? 私たち初見で殺し合ったんだよ?」

 うう、なんか刺々しい一言をぶつけられてしょんぼりしながら、ラテにふんだんに乗っかっているクリームをスプーンで口に運ぶ。うん、店舗はいつも通ってる場所じゃないけどちゃんと美味しいな。

 このスタパのスペシャルクリームジャンボラテは私が人に勧めている最強のラテなので、ファンが増えてくれるのは少しだけ嬉しい。

 無表情の四條さんも黙ったままクリームを黙々と口に入れているあたり気に入ったのではないだろうか?

「殺し合うにも……できれば相手のことをちゃんと知りたいと思ったんですけどね」


「貴女、いやミカガミ流の剣聖ソードマスターってのはそんなことしたのかしら?」

 立川さんがクリームを口に運びながら私に質問を飛ばす……正直言えば無い。ノエルは見敵必殺がモットーだったし一度敵対した相手を許したことはほとんどないからだ。

 私は首を振って、軽くラテを飲んでから頬を掻いて苦笑いを浮かべる……わざわざ前世がーとか言わないのは彼女なりの気遣いなんだろうな。

「しませんでしたね……でも私はちょっと違うので、そこは私なりの考えで動いています」


 四條さんは私と立川さんの会話など聞いていないかのようにラテに乗っかったバカみたいな量のクリームを黙々と口に運んでいる。

 ただ、警戒体制は続けているようで立川さんと四條さんは微妙な牽制を続けているようにも見える。

 立川さんは私の顔を、いや目をじっと見て何事かを考えている。この人も結構綺麗だよなあ……整った顔立ちだし、少し気が強そうだけどもそれも魅力的な感じだ。

 うーん、前世ならこの気の強そうな顔を朱に染めたい、特に寝台でとか思っちゃったりしただろうなあ。

 この気の強そうな目は記憶のどこかで見ただろうか? 少しだけ懐かしい気分も感じる。


「……私には病気の母親がいるの。母を助けるためならなんでもするわ」

 私の顔を見るのをやめた立川さんは、大きくため息をついてボソリと呟いた。母を助けるため……つまりはアンブロシオやララインサルがその病気の母親のために何かをしていて、それの見返りとして彼女が戦っていると言うことだろうか?

 確かにアンブロシオならやってくれそうな気がする、でもララインサルはきちんと彼女の言葉通りに何かをしてくれるようには思えないんだけどな。

 彼女はラテをさっさと掻き込むと、紙ナプキンを使って軽く口の周りを拭い、椅子から立ち上がった。

「ラテありがとう、でも……もうこんなことはしない方がいい。お互い辛いだけでしょ」


「立川さん……」

 私が引き止めようとするのを、彼女は手を振って拒絶する。鞄を持って軽くスカートを払うような動作をした後、私の目は見ずに下を向いて口を開く。

「新居さん、次会うときには私の武器も直ってる。本気で戦い合いましょう」

 立川さんはそのままこちらを一度も振り返らずに歩いていく……しっかりラテは全部飲んでいったし、これ以上話すことも難しいのかもしれない、でも彼女の目に浮かんでいたのは困惑や敵意だけでなく、迷い? のようなものを感じた。


「新居さん、無駄な時間でしたね」

 四條さんの冷静な声で私はため息をついて、椅子に座り直すと残ったラテを飲んだ。少しだけ苦い……よく話せばわかる、そんな理想論のようなことを現世では教えられているけど、やはりそんなことはないのだろうな。

「無駄でしたかね……私が甘いんですかね……」


「……嫌いじゃないです、そういうの」

 四條さんが無表情のままラテを飲み終えると、口元を紙ナプキンで拭う。意外な反応に私が驚いたまま彼女の顔を見つめていると、視線に気がついた四條さんはぎこちない笑顔を作って口を開く。

 なんか無理やり表情作ってる気もするけど、彼女なりの優しさなのかもしれないな。

「話して平和になるなら……理想ですけど。それは無理だから私たちがいるんです、でも新居さんの行動は嫌いじゃないです」





「よかったのか? 藤乃君が望む女子高生らしい話ができるんじゃないのか?」

 路地を歩いている立川の背後からいきなり声をかけられて、彼女は少し身を固くするが……その声が社家間の物だと気がついて、緊張を解いて深く息を吐く立川。

 彼女の背後に社家間が草臥れたスーツで立っている、いつの間にこの人は後ろにいたのだろうか? もしかしてさっきのも全て見ていたとか?

「いきなり声かけないでくださいよ……社家間さん、私が皆さんを裏切るわけないでしょう?」


「……俺の仕事は藤乃君の護衛だ。監視は含まれていないし何も言わないよ」

 社家間は笑いながら口に咥えた煙草に、一〇〇円ライターで火をつけると、ふうっと煙を吐き出す。その煙の強い匂いに少し顔を顰めて立川は咳き込む。

 昔母を捨てた父も煙草を吸っていたと聞いていて、正直言えば煙草を吸っている男性を信用することに抵抗感を感じている。

「それはありがたいですけど、煙草はやめてもらえませんか?」


「ああ、すまないな。今消すよ」

 社家間は懐から携帯灰皿を取り出すと、煙草をもみ消して灰皿へと吸い殻をしまう。どうしてこの草臥れたスーツの中年男性が私の護衛役なのだろうか? と少し疑問を感じるが、どことなく人ではない雰囲気をさせている彼は、護衛としては恐ろしく優秀だった。


 先日KoRJの一部の連中が立川の周辺を調査しに回っていたが、社家間は一人も殺すことなく彼らをしまった。

 家の周りでそう言うことをして欲しくないと話した立川の願いをきちんと叶えたことで、立川自身は彼のことを信用するようになっている、煙草をどこでも構わず吸い始めること以外は。

「なんで男性は煙草好きなんですかね……ちょっと匂いきついですよ」


「まあ、俺はこの匂いを嗅がないとうまく思考が回らんのでね、他は知らんよ」

 社家間が悪戯っぽく笑うのを見て、立川は呆れた表情を浮かべて新居 灯の様子を思いだす。どうして彼女は話をしようとしてきたのだろうか?

 先日襲いかかってきた自分と話したいなんて……おかしな女性だと思う。ただ、少しだけ彼女のパーソナリティが理解できた。

 思っていたよりも相手のことを知ろうとしている、それは知識というよりは興味の範疇かもしれないが、話せば分かる人物のようにも感じてしまった。

「言わなきゃよかった、知らないままなら殺しても罪悪感は感じないのに」


「今は殺すのを躊躇うか?」

 立川の独り言に社家間が問いかける……その問いに立川は少しだけ悩む。話す前なら躊躇わない、家族を守るために相手を殺すのには躊躇わない。現代に生まれた人間であっても自分は少し違う。


 前世の猛々しい剣士としての意識が強く根付いている。


 魂の声というか自分自身が少し他の人と違う、というのは理解している。子供の頃からずっと他の人との差を理解して生きてきていた。

 親にも相談したことがない、いや相談したら病院送りになっただろうから言えなかった。自分が見ている夢だけでなく、自分自身の心も全て……この世界で生きていくには猛々しすぎる。

 立川は薄く笑うと、社家間を見ずに歩き出す。そうだ、私は戦士なのだから……笑顔で相手を殺せるのだから。


「躊躇うなんてしませんよ、私はこの世界における異物ですから」

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