第一三五話 待ち伏せ作戦(アンブッシュ)

「くそっ! なんなんだ……撤退しろッ」


 KoRJ調査班……戦闘を主に担当する新居 灯やエツィオ ビアンキなどとは違い、降魔デーモン被害インシデントを調査するために組織された元軍人などのエキスパートによって構成された特殊部隊である。

 単純な戦闘能力では戦闘を担当する異能の持ち主たちには敵わないが……それでも小規模な部隊と同レベルの戦闘能力を有している……はずだった。

「班長……死者は出ていませんが無力化されていっています」


戦乙女ワルキューレ猟犬ハウンドクラスでないと太刀打ちできないな」

 彼らの目の前には、不気味な黒い翼を広げまるで鴉のような頭部を持った今までに見たことのない降魔デーモン、いや怪異が立っている。

 怪物の手には金剛杖のようなものが握られており、その杖を使って抵抗しようとした調査班の職員を打ちのめしているのである。

 こいつはなんだ……? 今回調査班は降魔デーモンとの契約者コントラクターとして認定された立川 藤乃の調査を進めていたのだが、いきなり目の前に立っている怪異に襲撃を受け、なんとか逃げ出してきたところだったのだ。

「……君らに恨みはないのでね、殺す気はない。ただ彼女の身辺をコソコソ嗅ぎ回るのはやめてもらおうか」


「……うぉおおおっ!」

 目の前の有翼の怪物が口を開く……単なる怪物ではない?! 班長が驚きを隠せないでいると、怪物は向かってくる班員たちを手に持った金剛杖でいなし、体勢を崩し、まるで舞踊のような華麗な動きで次々と地面へと打ち付けていく。

 元軍人とはいえ、ほぼ現役の兵士達だぞ?! それがまるで子供同然の扱いを受けているのを見て、まだ信じられない気持ちでいる。

 怪物はつまらなそうな顔で地面へと倒れている班員達を見てため息をついている。

「鍛えてはいるだろうが……我々と戦うだけの地力はないな。やはり君らの戦闘部隊の方が骨があると見える」


「……お前は一体何者なんだ……」

 恐怖の表情を浮かべて動けなくなる班長へと目の前の怪物はゆっくりと彼へと近づき……金剛杖を彼の頬へと軽く撫でるように当てる。

 怪物は片手で何かの印を結ぶと、何かを呟き……そして班長へと背を向けると翼を大きく広げて、ふわりと夜の空へと舞い上がる。そして班長へ指を突きつけて宣言するとそのまま飛び去っていった。

「術をかけた。立川 藤乃に危害が及ぶ場合……お前の命を食うものが現れる。もし信じられないのであればお前の組織にいる術師に聞いてみるのだな……」




「もいうもひょで、わらひとあらいはんがたひかわしゃんにひかずくことひなりまひた」

 表情を変えないまま四條さんは手にもった焼きそばパンをもぐもぐさせながら話しているが、何言ってんのかわかんねえよ! 困惑する私の表情を見て、四條さんは何が悪いんだと言わんばかりの顔でパンを齧っている。

 今私たちは校庭の脇にあるベンチで一緒に昼食を食べながら話している。ミカちゃんは彼女にしては珍しく、私ではなく別の友達と一緒に昼食だとかで今はここにはいない。

 ミカちゃん友達もたくさんいるんだよなあ……あまり友人を積極的に作っていない私としては彼女の交友関係の広さに驚くばかりだが……でも四條さんと話すにはちょうど良いタイミングであったことも確かだ。

「四條さん……口に物入れたまま喋るのやめようよ……」


「ごくん……失礼しました」

 彼女はパックに入った牛乳をストローで飲みながら、全く表情を変えずにいる。なんかこう……どこかズレてるというか、本当に何を考えているのかわからないし、一般常識に恐ろしく欠ける部分なども散見され、こちらとしてはハラハラしっぱなしだ。

 前回の任務以降、四條さんと私は少しづつ話す時間なども増え、学校でミカちゃんを交えて一緒にいる時間が増えた。青葉根第二の女神と四條さんは当初呼ばれていたが、男性に声をかけられても表情を変えず全くの塩対応、女性に対しても変わらない対応のため、どうも最近は他の学生に避けられ始めている。

「四條さん不思議だよね……大人っぽいな〜と思った矢先に子供みたいな行動するし……」


「教えてもらっていないので、一般的な対応というものが分かりかねます」

 そうそう、誰に対しても敬語なんだけど慇懃無礼に感じかねない言動も多くて揉め事も何度か起こしてるからな……正直言えば、私ですら彼女の行動に対して驚くというか呆れることが多い。

 でも、勉強はちゃんとできるし運動能力も恐ろしく高いし、戦うためのパートナーとしては最高に近いだろうな。高槻さんという大阪でのパートナーからも信頼できる人間だというお墨付きをもらっている。

「そんなもんですかねえ……」


「ところで立川 藤乃の話に戻しますが……前回私が戦闘した際に彼女の刀を折りました。当分は戦闘能力がないと思われます」

 そういえばそんな報告があがっていたな……剣士にとって得物をおられる、破壊される、奪われるという経験は屈辱以外の何者でもない。

 私も例外ではなく……テオーデリヒ戦で日本刀を折られてしまって、動揺してしまったのはその証左だ。前世でも何度かそう言った経験があるが、ノエルはもう少しドライな反応を見せていた気がする。

「なら普通にお話しくらいはできそうですね……少しだけ彼女のパーソナリティを知りたいと思ってまして……」


 二人で仲良く昼ごはんを食べているように見える私たちを遠巻きに見て……他の生徒達が珍しそうな顔をしているのが見える。まあ、普通四條さんの突飛な行動を見ていて友達になりたいなんて思うようなことはないだろうし……転学してきてたった数週間で既に孤立しているのも凄まじいな、とは思うが。

「話すと何か変わるのですか? 任務に影響が出そうな行動は控えた方が良いと思いますが」


「変わるというか、なんというか……それはそうと、四條さんお弁当とか持ってないんですか?」

 四條さんは紙袋から別のパンを取り出して齧っている……ん? そういえばちょっと前から彼女がお弁当のようなものを持ってきている姿を見ていない。

 いつも牛乳とパンを齧っているが、それでは栄養が偏ると思うし、一応育ち盛りの年代としてはちゃんとしたものを食べないと健康にも影響が出てくるだろう。

 四條さんの顔色はそこまで悪くはないけど、それでもこのやたらめったら細い体はもしかしてちゃんとしたものを食べれていないということなのかもしれないな。

「私は任務以外のことをする気はありません、料理が必要なものとは思えませんが」


「え? じゃあ朝とか夜はどうしているんですか?」

 もしかしてこの人……ちゃんと生活できていないのではないか? 別の意味で恐ろしく心配な気分になる……洗濯とかは最低限やってそうだけど……そういえば化粧っ気も全くないんだよな。

 私の心配をよそに、当の四條さんは全く興味のなさそうな顔のまま問いに答える。

「朝はゼリー飲料を飲んでます、夜はコンビニ弁当を食べれば十分です」


「……私お弁当作りましょうか? 二人分作るのも手間は変わらないですし……」

 流石に仕事仲間でもあり、同級生なのだからせめて私もサポートできる部分はしなきゃいけないだろう……戦闘以外でできることといえば私的には料理かなあ。

 ミカちゃんにもたまに作って持ってきているが、本当に一人分作るのも二人分作るのも対して手間は変わらないし、やりがいはあるからな。

 意外な申し出だったようで、四條さんは少しだけ表情を変化させると突然俯いてしまう。その微妙だけど恐ろしく大きな変化に私は彼女の顔を見て驚いて二度見してしまった。俯いた彼女の頬が少しだけ赤くなっている……え、何この反応、ちょっと可愛いんだけど、ねえ! 

「食事を買うのは大変なので……きちんとお金は支払います」


「お金は必要ないですよ、好きで作っているものですから。でもこうして一緒に話してくれるなら嬉しいです」

 そうなんだよねえ、私趣味の一環で料理やってるだけなので、別にお金取ろうなんて思わないし別にそこまでのクオリティを持った弁当が作れるわけじゃないからな。

 自分が今日食べている弁当も食べロガーなど、レシピサイトを見ながらよさそうなものをチョイスしているだけなんだし……そりゃあミカちゃんやターくんは美味しいって食べてくれるけどさ。


『姉ちゃん料理上手だよね! 僕姉ちゃんの料理食べるの好きだよ』


 天使みたいな笑顔のターくんを思い出して少しだけ顔が綻ぶ……ああ、現世の弟は本当に天使だ。あんなに可愛いなら食べちゃいたいくらいなんだけどさ。

 今日も私の作った朝ごはんを食べてニコニコ笑ってたし、私ちゃんとしたお嫁さんとかできそうだよなあ、ウヘヘ。あ、いや別にお嫁さんになりたいわけじゃないからこれはまた別か。

「そ、それはそうと……立川さんの件はどうしますか?」


 俯いていた四條さんが咳払いをしてから立川さんの件を口に出す……そうだなあ、立川さんも話せばわかる人な気がするんだよな。

 普通に真っ正面から行って、話したいから時間作れ、って話してみるか。こういうのは逆に警戒しながらあれこれやるよりは、力押しで話した方がよさそうだし。うん、決めた正面から特攻だ……戦士たるものごちゃごちゃ考えても仕方がない。

 私の放った言葉で、四條さんは再び驚きで目を見開くことになった。


「普通に彼女の通ってる学校で待ち伏せて話しましょう、それが一番手っ取り早いです」

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