第一三四話 折れた騎兵刀(サーベル)

「では……殺し合おうか女武者、新居殿」


 鬼貞は金砕棒を片手で軽く振るうと、私に向かって武器を突きつける……その言葉に私は刀を回転させて鞘へと収めると腰を低く構える。

 閃光……いや、この場合は絶技不知火シラヌイを繰り出すべきか? この体格の相手に長期戦はまずい気がする……体格差もそうだが、私の知識に鬼などという化け物の知識はないわけで、こちらの想像を超える技や能力を繰り出されたら一発アウトな状況だ。


 鬼……この世界での鬼は人に危害を加え、さらに人を食べてしまうと言われる仮想の怪物だ。だが、その実態として恐ろしい怪物というだけでなく、村や人間を守った強いもの、と言う講義の意味の強者すら存在している。

 前世とは違って日本の鬼は悪から善、神まで多様な現れ方をしており、特定のイメージで語ることは困難なのだという……ということで、目の前の巨体を持つ鬼貞はおそらく鬼神レベルの存在なのではないか? と思うレベルの圧力を感じている。


「……いい構えだ。武士もののふとして高い次元にあるな……」

 鬼貞は笑みを浮かべて、金砕棒を構え……ジリジリと間合いを詰めてくる。凄まじい圧力……巨体だけでなく存在そのものの印象が大きい。

 まずは相手の出方を見極めないと……下手に近寄って金砕棒以外の攻撃があったら厄介だ。

「それはどうも、これには少しだけ自信があるんで」


 次の瞬間……鬼が凄まじい速度で金砕棒を私に向かって投げつけた。え? 投げた? リーチも破壊力もあるあの金砕棒を? 

 混乱する思考の中、私に向かって凄まじい速度で飛んでくる金砕棒が眼前に迫る……咄嗟に私は刀を抜き放ち、金砕棒を弾き飛ばす。そして、私の視界いっぱいに鬼の巨大な拳が迫る。

 金砕棒を投げつけた後鬼は私に向かって突進してきていた……刀を収納して抜き直す時間はない、私はギリギリのタイミングを見計らってその突き出される拳の勢いに合わせて体を回転させながらカウンター攻撃である幻影ゲンエイを鬼貞の腹部へと叩き込む。


『な、なんだと……その小さな小刀すら、神話級ミソロジーだというのか……』


 全て破壊するものグランブレイカーは腹部に命中した……と思ったが、彼が逆手に持っていた小刀に阻まれて甲高い音を立てる。

 私はそれ以上刀を押し込むことができない……まるで凄まじい巨岩を押しているような、そんな手応えを感じて私は顔を歪める。嘘だろ? 私は自分で言うのもなんだけど、KoRJのメンバー内で最も腕力が強いのに。

「なんて……なんてパワー……」


「グフフ……素晴らしいな、この小刀は無銘だがワシの窮地を何度も救った相棒でな……その刀も良いものだろうが負けず劣らずといったところか」

 鬼のくせに刀使ってんじゃねえよ、とは思うけども刀を常備しているということは元々侍か何かだったのだろうか。いや、金砕棒も使ってるところを見るとまた複雑な背景のありそうな人物ではあるが。不意に鬼が後ろへと跳躍し、私はなんとか窮地を脱する。

 私の息が切れるくらい……恐ろしいくらいの重圧だった、ホッと息を吐くがこめかみに汗が流れる。


「お主の出方を伺いたくて投げたが……反応が良いな、お主を素晴らしい武士もののふとして認めよう」

 鬼貞はしれっと金砕棒の場所まで警戒しながら動くと、武器を拾い上げて軽く土を祓うような仕草をしている。あ……考えすぎていて、彼に武器を拾わせるのを邪魔するという考えに至らなかった。


『……今は息を整えろ、無理に攻めてもおそらく勝てんぞ』


 全て破壊するものグランブレイカーの声が心に響く。わかってる……目の前の鬼はゴリ押しでどうにかなるレベルを超えている。

 昔戦った牛巨人ミノタウロスもなかなかの圧力を感じたけど……今から考えるとこの鬼と比べちゃいけないレベルだな、圧力のレベルがその時の比ではない。

「私は普通に女子高生したいだけなんですよ、別に戦いたいわけじゃない」


「藤乃もそういっておったな……だが不幸だな、お主らは戦いがないと生きていけないだろうに……」

 鬼貞は少しだけ表情を曇らせるものの、すぐに金砕棒を私に向けて表情を変えて笑う。どことなく人間臭い表情……元々人間だったというのも信じられるくらい、怪異や降魔デーモンにはない動作だな。

 しかし……次の瞬間、鬼貞は咄嗟に金砕棒を掲げ……その掲げた得物に凄まじい音を立てて、弾丸が衝突する。


『援護します、新居さん』

 インカムに四條さんの声が届く……しかし鬼貞は慌てる様子もなく、弾丸が飛んできた方向へと顔を向けると、ため息をつくと、次々と飛んでくる弾丸を金砕棒で叩き落としていく。

 戦車の走行すら貫く馬鹿でかい弾丸だぞ?! それを片手で叩き落とすのかよ……化け物じみた、いや正真正銘の化け物である鬼貞の身体能力に驚く私。鬼貞は感心したような顔で飛来してくる弾丸を叩き落としながら冷静に分析をしている。

「ふむ、正確だな……しかも弓よりも早い。怖い時代になったものだな」


 藤乃では足止めできなかったか、あの娘は嫌々協力しているという態度がはっきりと出ている……この世界で生まれて育ってきた一般人の娘がいきなり世界と戦え、と言われたところでそう簡単に割り切って戦えるものではない。

 人の形や、動物の姿をしている降魔デーモンなどと戦うにしても、まずは命を奪う嫌悪感を堪えなければいけない……藤乃はまだそういうことをしていない。

 でも目の前の娘は違う、確実にそういった経験に恵まれているようだ。目の奥に殺気を感じさせる……それも一朝一夕につくようなレベルのものではない。

「……面白い、今は引こう。次別の場所で出会った時はお互い命をかけて殺し合おうぞ、武士もののふの娘よ」


 鬼貞は笑いながらまるで闇に溶け込むかのように森の中へと姿を消していく……地響きが遠ざかっていくのを聞いて、私はホッと息を吐いて刀を鞘へと収める。


『あれは、豪傑だな。しかもテオーデリヒより明らかに強いときている……次に会うまでにお前は強くならなければ』


 そうね……どうやったら今以上に私自身が強くなるのかちょっとわかってないけども、どうにかして強くならなければ……今の私ではララインサルにすら勝てない可能性すらある、アンブロシオはさらにその上をいくのだろう。そこへ四條さんが無表情で息も切らさずに走ってくるのが見える。

 彼女は全くの無傷だ、戦闘をしたであろう汚れはあるものの……戦闘力が恐ろしく高いのだろう。立川さんは私と同レベルの剣士だ。銃器中心の彼女がどうやって立川さんを退けたのかわからないけど。

「無事でよかったです、四條さん」


「はい、立川 藤乃は接近戦は私よりも強いと思いますが、比較的まっすぐに攻めてきてくれました。ですので対処が楽でした。全く問題ありません」

 表情を変えずに四條さんは返答を返してくる……軽く埃をはらうような動作をしながら、戦闘服の状態を見ている。少しだけ女性的というか年相応の反応を見せてくれているような気がする。

 しかし……この華奢な体のどこに立川さんを退けるだけの力があるのか……いつか彼女の能力を聞きたいところだ。

 とりあえず今回の任務については、対象の石化鶏コカトリスが既に倒されてしまったわけだし……完了ということでいいのだろうか? インカムでとりあえず状況を伝えて、相談しなければな。

「報告です……石化鶏コカトリスですけど、既に倒されていまして……とりあえず回収班を要請していいですか?」




「藤乃、お主無事だったか」

 森の外……撤退後の合流地点と定めた場所に、立川 藤乃が座っているのを見て、鬼貞はゆっくりと歩み寄る。彼女は手にへし折れた騎兵刀サーベルを持っており、その折れ曲がった刀身を悲しそうに撫でているところだった。

 目には涙を溜めていたが、鬼貞に声をかけられると慌てて涙を拭って鬼貞へと向き直る。

「無事だけど、ごめんなさい。思ったよりも相手が強くて……援護になりませんでした」


「構わんさ、まずは相手のことも知りたいと思うておったのでな……良い機会であったぞ」

 鬼貞は豪快に笑いながら答えるが……立川は再び悲しそうな表情で騎兵刀サーベルを見つめる。この騎兵刀サーベルは自分が転生者だと理解し、魔王たちと出会った時にアンブロシオ様が渡してくれたもの。

 自分の未熟な技量のせいで、折角の武器が壊れてしまった……現代日本でこういった武器を扱うような店はないし、鍛冶職人にあたるわけにもいかない。

 騎兵刀サーベルがなければ戦闘力が皆無に近い立川は少しだけ途方にくれた気持ちになって、ため息をつく。


「折角の武器壊しちゃいました……私、剣士としては新居さんよりもはるかに未熟ですね」

 そんな立川を見て鬼貞は少しだけ目の前の少女のことを見直した。戦いを避けるような言動の多い娘だが、今は心の底から悔しいと思っている、負けたことに腹を立てて、武器を失ったことを悔いている。だから、心の底から強くなりたいと思っているのだろう。

「……ワシの時代は刀は消耗品だった、銘のあるものもあったがな。戦いとは武器を壊すこともあるだろうさ。ララインサルにワシからも頼んでみよう」


 鬼貞の意外なフォローに、少しだけ驚いた顔を見せる立川……鬼貞は頬を掻きながらも、片手で立川の頭をそっと撫でるとそれ以上は何も言わずに黙って歩き出す。

 立川は慌てて立ち上がって、スカートについた埃を払うと鬼貞の後ろについて歩き出した。少しだけ立川はこの鬼のことを見直した気分になって、微笑を浮かべる。


「見た目は怖いけどさ……意外と優しいね。次から私も貞ちゃんって呼んでいいかな?」

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