第一〇八話 星幽迷宮(アストラルメイズ) 一七
『新居さんところのお嬢さん、ちょっと無表情で不気味だよね』
女性である自分と男性の記憶に本格的に悩まされていた頃、私は影でいろいろなことを言われているというのに気がついた。はっきりいえば妬みもあっただろうが、直接言いに来ないで色々いう人はそういう人なんだな、と切り捨てて対応していた。
孤独だったけど、女性らしくあれという幼少期からの教育もあって、意識して行動すればなんとか形にはできていたものの、正直とても苦痛を感じていた。
スカートを穿かされて、外を出歩くのもめちゃくちゃ苦痛で……なんの罰ゲームなんだこれは、と思っていた。
社交的に振る舞うのも苦手で、いわゆるあらゆる人に塩対応を繰り返していた私の周りにはあまり人が寄らなかったが、それでもいいと思っていた。
だって同い年の女の子が話内容が理解できなかったのだから。どんな話を振っても塩対応な私を見てそんな感想を持ったのは仕方のないことだったろう……。
中学生の頃、私に真っ赤な顔で告白をしにくる男子を見て初々しくて可愛いなとは思ったけど、だからと言って対応を変える気にはならず、いつしか男子もあまり近寄らなくなった。
『新居は人間に興味がない、あれは宇宙人みたいなものだ』
そんな噂が流れてしまい、流石にそれは酷すぎると思ったけど言い返したところで私は同年代の人とまともにやり取りができないのだから仕方ない、と諦めていた。
友達もできず、一人で肉体と魂の不一致に悩む日々……どうしたらいいのかわからなかった私はいつも本を読んでいた。別に本を読みたくて読んでいるのではなく、時間を潰すにはそれしかなかったからだ。
『ねえ……新居さん何読んでるの?』
その日も一人で本を読んでいた私の隣にすとんと腰を下ろした女性がいた、同じクラスにいたあまり目立たない少女……昭島 美香子……ミカちゃんだ。
ミカちゃんは一方的に色々捲し立てて、私の読んでいた本の中身で気に入っている部分や、その作者の別の書籍を薦めてきて、恐ろしく距離を縮めてきた。
私が驚いて完全にフリーズしているとミカちゃんはにっこり笑って……今でも忘れられない一言を呟いた。
『ああっ! ……一方的に喋ってごめんね、私新居さんと友達になりたくて……ダメかな?』
私は……表情には出さなかったが泣きたくなるくらいその言葉が嬉しかった。それまで自分から友達になろうなんて言ってくれる人が一人もいなかったからだ。その時どんな表情を私はしていたか、全く覚えていないけど……私はミカちゃんにこう答えた。
『私も昭島さんと友達になりたいです……』
と。
お互いを愛称で呼び合うようになったのはそれから……私とミカちゃんが仲良くなって一番変化したのは、それまでどうしていいか分からなかった同年代女性の知識をミカちゃんが教えてくれたこと、その時のファッションや流行しているもの、ライトノベル……これは私の記憶に似たようなものがあって正直気絶したくなるくらい驚いたけど。
買い物もスイーツも、お化粧道具も……ミカちゃんと一緒に選んで、そこから私は女性であることに少しだけ楽しみを覚えることができた。
いつしか私は自然に笑うことができていた……女性であることにストレスを大きく感じるのではなく、受け入れてもいいかな、と思えるようになった。
そこから少しだけ今の人生が楽しくなってきていた……。友達も少しづつ増え始め、いろいろなことがあって……毎日楽しく生活できていて……。
だからミカちゃんは私の中で、先生でもあり師匠でもあり、友達以上でもあり……私の全てなのだ。そうか……だから私は、ミカちゃんに嫌われるのが本当に怖いんだな……怖いよ、本当に怖いよ……。みんなに嫌われたくない……もう戦えない……。
「お、眼を覚ましたな……大丈夫か?」
視界いっぱいにエツィオさんのイケメンな顔が広がっているのを見て、私は一瞬で頬が熱くなる……な、なんだ? 急にエツィオさんが視界に入ると心臓に悪いな……。
私は少し周りの様子を見て……エツィオさんの腕の中に抱き抱えられていることに気がついて、再び動揺する。な、なんで私は彼に大事そうに抱き抱えられているんだ? ここ戦闘してた場所だよね?
「わ、私……どうしたんですか? 何があったんです……?」
「……覚えていないのか……君は一度あの
エツィオさんが指を刺した方向には、肉片……まさに細切れと呼ぶにふさわしい何かが転がっている。思わず私は口を抑えて……吐き気を抑えるが、あれを私がやった……?
「覚えてない……私誰かに助けてもらった気がするんですけど……」
そこまで話して気がついた……夢の中でノエルと話して……彼はとても優しく話していた、もう一度だけ私を助ける、と。体を入れ替えて、彼が戦ったのだろうか?
恐ろしく身体中が痛い気がする……昔ノエルの魂を前面に出した時に感じたような筋肉の痛みを全身に感じる。
「私……何か話してましたか?」
「いや……でも起きたら優しくしてほしい、と。それよりも君の戦闘能力はすごいな……視認できないレベルの高速軌道斬撃、あれは
途中から素に戻って興奮しながら捲し立てるエツィオさんだったが、もしかしてノエルが
記憶が本当にない……ずっと私は恐怖と孤独を感じて泣いていて、全くそれ以外にできていなかった気がするのだ。
「
「
エツィオさんの言葉に私は頷くと……膝を抱えて……私はそのまま俯いて泣き始める……突然泣き始めた私を見て慌てふためくエツィオさんを尻目に、私は目からこぼれ落ちる涙を抑えることができない。
ごめんなさい……ノエル……私、全然剣士としてダメじゃない……あなたに助けてもらって、それで危ないところを抜け出して……私全然弱すぎるじゃない……今までの自信はなんだったの……新居 灯……あなた本当に
「私……もう……戦えない……弱すぎる……足手まといになっちゃう……」
その言葉を聞いて、詰め寄ってきたリヒターがぐい、と私の顔を持ち上げたかと思ったら軽く私の頬を叩くと、赤い眼を煌かせる。
あまりに自然な行動にエツィオさんも止める間も無く……むしろ彼は本当に驚いた顔でリヒターを見つめている。
リヒターはため息を軽くつくと、再び反対側の頬を叩き、カタカタと怒りに震えながら口を開く。
「新居、お前はミカガミ流の剣士なのだろう? 弱音を吐くな、死ぬまで戦え、恐怖に抗い、最後まで勝利を諦めるな……異世界で俺が戦ってきた剣士は絶対に最後まで諦めなかった……黙って剣を取れ、そしてこの世界を救え」
涙を流したまま、私は呆然とリヒターの赤い眼を見つめる……凄まじく強い意志の力。私はその強い瞳に気圧されて、思わず眼を逸らせてしまう。
そんなことを……そんなことを言っても……私もう……叩かれた頬が少し痛む……痛い、痛いのは怖い……。エツィオさんが慌ててリヒターに抗議を始める。
「リヒター……いきなり女の子を叩くなんて……」
「違う……新居は剣士だ。敵を倒し、蹂躙し、貪欲に勝利を求める。そして力で結果を出していく、それが剣士だ。俺を失望させるな新居 灯……先程の技は見事だった、それは今はお前のものではないとしても……お前が引き継ぐべきものだろう? もう一度だけ言う……これ以上俺たちを失望させるな、俺にもエツィオにも、そして
興奮したかのようにリヒターが一気に捲し立てる……その言葉に私の脳裏に、あのちょっとスケベだけど、本当に強くて優しいノエル・ノーランドの笑顔が浮かび上がる……はっきりと彼の顔が思い出せる。彼は最後になんて言っていた? 彼は私に何を託したのだ?
『一度だけ、もう一度だけ俺は君を助ける。でもその後は君に自分の足で歩いてほしい。日本人、新居 灯という女性の人生を、そして君自身の手で世界を救うんだ』
私の人生を、自分自身の足で歩け……私の手で世界を救う……そうか……私は託されたんだ……彼に、異世界最強の
エツィオさんも、リヒター……彼はめちゃくちゃ怒っているが……私をじっと見つめていて、私がどうするのかを待っている。
私は……この世界に転生してきた
でも……最近色々あって、憧れた男性もできて……仲の良い友達と一緒に買い物に行けて……笑えて……私のことを真剣に好きだって言ってくれる人もできて……たくさんの仲間ができて。そんな大好きな人たちが住んでいる世界を……守る……それが私の役目。
私はゆっくりと立ち上がる……ハンカチを懐から出して軽く眼を拭う……。
「すいません……弱音を吐きました……でも立ちます……私戦わなきゃいけないから……だから一緒にいてください」
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