第八七話 布告(プロクラメイション)
「でまあ……この都市の地下にある通路から入れるようにデザインしたんだ」
「本当に機能するのか? その
ララインサルはニコリと笑うと、目の前にある鉄製の非常ドアをコンッと叩く。その顔を見ながらテオーデリヒは訝しげな顔で、その光景を見ている。
今二人は東京のとある地下街にある緊急用脱出ドアの前に立っている……この場所はあまり使われていなかったこともあり彼ら以外にこの周囲にいるものはいない。
この地下街自体は往来も多く、この一角だけ人がいないというのは恐ろしく不自然なことなのだが……地下街を歩く人の目には映らないのか、誰もがこの場所に気が付かずに通り過ぎていくのだ。
「そりゃあ僕が設置するからね……品質は保証するよ、テオーデリヒ」
ララインサルはあくまでも笑みを崩さずに、周囲を確認する……人が入ってきても困るか。魔素を集中して人払いの結界を張り直す。
この魔法は
「僕は故郷の森をこの結界を使って一〇〇年以上人の手から守ってきたんだ、最後はダメだったけどね」
魔族や人間の勇者などがこの結界を破って侵入してくるケースも多くあるそうだが、この世界でこの結界を認識して破ることができるのは、ララインサルの認識では
そして
これで良い……まだここは見つかっていいわけではないからな、あのアライ アカリを誘い込むための場所だからだ。だから今現在は見つかってはいけない、見つかるには条件があるのだから。
「
テオーデリヒがララインサルに尋ねる……彼は生粋の戦士だ、魔法の万能性は理解しているがその理論や構造、できることなどをきちんと理解しているわけではない。
「そうだねえ……
ララインサルは楽しそうな表情で、目の前の緊急用脱出ドアを開く……本来は、その先には脱出用のコンクリート通路が広がっているはずだったが……そこには不気味な蔦や、シダ類のような植物が生えた森が広がっている。
そしてその不気味な植物はまるで意志を持っているかのように、蠢き震え、そして何かを探すかのように常に蔦や枝を四方へと伸ばしている。
「これは……この世界の都市の地下とは思えないな」
驚くテオーデリヒの前で、森林が空間を無視するかのように縦や横へとまるで生きているかのように移動して、通路が造られていく。
それはまるで王を迎え入れる臣下のようにもみえ、一種荘厳な雰囲気が漂っている。
「今は
ララインサルが再び笑うと、その空間へと足を踏み入れていく……テオーデリヒは恐る恐る中へと足を踏み入れていく……ララインサルの歩みに合わせて森林はその形を有機的に変えて、複数の通路や階段などが形作られていく。
テオーデリヒが薄寒そうな顔で周りの壁や、木々を見ている。
「これは……生きているのか?」
「正確には生きてはいない、魔力でイメージを固定していて……現実と同じような触感や匂い、音などを発生させている。生きているように見えるのは僕のイメージが強いからかな」
ララインサルは説明を進めていく……テオーデリヒは感心したように壁や床を確認しながら歩いていくが……その様子を見て、ララインサルは少しだけ薄い笑いを浮かべて見ている。
テオーデリヒの今の姿はかりそめの姿……本来の姿に戻ればララインサルですら戦闘能力では一歩劣るであろう……異世界最強の
人の姿の時はやせっぽちでまるで強そうにも見えない彼だが、
「楽しみだねえテオーデリヒ……あの女剣士、新居 灯がここにきてくれたら君はどうする?」
この
ララインサルとは全く違う価値観、強さの指標。肉体的な強さだけで言えばアンブロシオすら凌ぐ可能性もあり、その点でいくと新居 灯は足元にも及ばないだろう。テオーデリヒはニヤリと笑う。
「殺し合いを、お互いが満足するまで……腕がちぎれようが、足がもげようが生命の最後の一滴がなくなるまで殺し合う。それが王座を捨てた私の望みだ」
「美味しいっ! これはもう一杯食べるしかない!」
私は緊張感なく、KoRJの近所にあるカフェでパフェを食べている……ここはミカちゃんたちにも教えたことのない私だけの秘密のカフェである。
このカフェでのお気に入りはモカバナナフラペチーノダブルクリームという舌を噛みそうな巨大パフェで、私は時折ここにきて好きなだけパフェを食べてからKoRJに立ち寄るというのが密かな楽しみになっている。
「灯ちゃんよく食べるねえ、私らもあなたの食べっぷり見てると嬉しくなっちゃうよ」
「ありがとうございます〜」
お店のおばちゃんがニコニコ笑いながら紅茶をサービスで差し入れてくれる。
とまあこんな感じで私はこのカフェの常連かつバカみたいに甘くデカいパフェを食べる謎の女子高生という扱いになっており、お店の人から可愛がられている状態なのだ。
周りの客がどれだけ食べるんだよ! という顔をしながら呆れたように見ているが……私はそんな目など気にせずに、のんびりとパフェを食べる。
ここのパフェは美味しい……ジャンボチョコクリームスペシャルバナナパフェとどちらがいいか? と言われると甲乙つけ難いのだけど、それはそれで別物なので順位付けは難しいかなー。
うふふ、前世では絶対に食べられなかったこんな甘いスイーツを好きなだけ食べれるなんてなんて幸せなんだろう……私は食べながらそっと頬に手を当てて、至福の瞬間を楽しんでいる。
「どうもお待たせしました……新居さんと待ち合わせだったもので、コーヒーをお願いできますか?」
ふと目の前に突然スーツの男性が座る……彼はニコリと私を見て笑うと、お店のおばちゃんにコーヒーを注文してこちらをじっと見ている。
おばちゃんは少し心配そうに私の顔を見ているが、気にせずにスプーンでバナナを口に放り込む私を見て納得したのか、コーヒーを入れに厨房へと移動していく。
何者だ? 私はパフェを食べる手を休めずに、その顔を見る……金色の髪に赤い眼、そして恐ろしく血色の悪い肌。日本人ではないな……そうだな、イメージとしては貴族? 欧州の方にいそうな顔つきだが、ロイド眼鏡の似合う痩せぎすの書生のような雰囲気を醸し出している。
「……どなたですか?」
「……コーヒーを待ってからでいいかな? 新居さん」
目の前の男性はニヤリと明らかに邪悪な笑みを浮かべて……私を見つめている。そして恐ろしいまでの存在感と冷たく底冷えをする印象を感じ、私は心の底から身震いをしてその場で凍りついたように動けなくなる。
何者なの……彼はコーヒーをおばちゃんから受け取り、にこやかに笑顔を浮かべてお礼を言うと、一口コーヒーを口に含んでからそっと私へと笑いかける。
「改めて、初めまして新居 灯さん……でも私は君のことをよく知っている」
「あ、あなたは何者ですか……」
奥歯が少しだけ鳴るが、何とかそれだけでも搾り出すように答える……この威圧感、魂が警告を発している。記憶が私に『すぐに逃げろ』と警告を発しているが、私は縛り付けられたように椅子から立ち上がることができない。
目の前の男はテーブルに、名刺をそっと丁寧に置くと私へと見せる……そこには日本語でこう書かれている。
『輸入雑貨のことならお任せください! 総合輸入代行 代表 アンブロシオ チェロニアーティ』
「私はアンブロシオ……君たちが
アンブロシオは獰猛すぎる笑みを浮かべて私が驚く顔を見て満足そうに笑う……周りを見るがそれまで気がつかなかったがまるで時が止まったかのように誰もが静止した音のしない空間の中へと閉じ込められている。
「ここは……あなたが
「周りには聞こえないから安心して喋りたまえ……そんなバカなとでも言いたいかね?」
アンブロシオはクスクス笑うと、すぐに不機嫌そうな表情を浮かべてロイド眼鏡の位置を直す……赤い眼が輝き、その輝きで私は一瞬自分が死んだかのような錯覚を受けて震える。
苦しい、息ができない……恐ろしいまでに濃密な魔の気配に私は目が眩みそうな気持ちだがなんとか堪えて口を開く。
「っ……なぜここに……」
「
アンブロシオはロイド眼鏡の位置を再び直すと、牙を剥き出しにして笑う。
敵として認めた相手に
アンブロシオはそっと席を立つとまるでそこから時が戻ったかのように周りが動き出す……私は少しだけ重圧から解放されてなんとか息ができるようになって、少しだけ咳き込んで目の前に立つアンブロシオを見る。
パフェでも詰まらせたのか、と言わんばかりの目で周りの客は私を見ているが、違う、今本当に殺されかけたんだ私は……目に浮かぶ涙を指で拭う。
そんな私を見て薄く笑うと、アンブロシオはあまりに見事なお辞儀をして私へとこう語りかけた。
「では、後日ご招待したい場所がございますので、ぜひよろしくお願いいたします。新居様」
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