第八六話 全て破壊するもの(グランブレイカー)

 ニムグリフ暦五〇一八年、アルネリア大陸……夜の天蓋寺院にて。


「フハハハ! 勇者ヒーローパーティよ! よくここまできたな!」

 この寺院を一〇〇年に渡って支配している不死の王ノーライフキングの中でも過去最強の個体であるディーレットは俺たちの前に立ち塞がる……この夜の天蓋寺院は一〇〇年前に魔王軍に奪われて以来、何度も人が攻撃を繰り返しているもの、一度も奪還できなかった魔王軍の要所の一つでもある。


「ディーレット……お前をここで倒して……俺たちが光を取り戻す」

 キリアンが聖剣光もたらすものライトブリンガーを構えてディーレットへと突きつける。キリアンを勇者たらしめているもの……それは勇者としての能力だけでなく、彼しか振るうことのできない聖剣光もたらすものライトブリンガーに他ならない。全ての魔を討ち滅ぼし、光をもたらす……それが光もたらすものライトブリンガーという剣の特殊能力だ。

 前に出たキリアンを心配するようにパーティの回復役であるアナが警戒の声を上げる。

「キリアン様! 気をつけてください、恐ろしいまでの闇の力を感じます。」


「フフフその剣……目に眩しいな……それとその聖女よ……神聖なる力を感じる」

 ディーレットはカタカタと骨だらけの顔を歪めて笑い、カチンと指を鳴らすと彼の周りに凄まじい数の死霊が湧き出していく。なんて魔力だ……一〇〜二〇体では済まず一〇〇体を遥かに超える数が出現している。

 なんて数だ……俺たちは立ち塞がる死霊を切り払いながらジリジリと前進していく。キリアンは聖剣を振るって叫ぶ。

「俺たちは負けない!! ディーレット今日がお前の命日だ!」


「ぐあああああっ! ま、まさかこの私が倒されるとは……」

 数時間後、俺たちはついにディーレットの胸に剣を突き立てることに成功した。とはいえ俺たちは満身創痍という言葉がふさわしいくらいの状況で、俺の大刀ブレイドは折れ途中から格闘戦でどうにか凌いでいたし、キリアンも身体中に細かい傷を負って肩で息をしている。

「終わったのか?」


「みたいだな……これでこの寺院も解放できる、ということか」

 俺がキリアンに尋ねると……彼はホッと息を吐きながら頷く。そっか、よかった……俺たちは安堵からかその場に座り込み、誰からともなく笑い声が漏れ出す。

 ところが倒したはずのディーレットの声がこの広間に響き渡る。

「フハハ……見事……我が生涯を通じて研究した剣を持っていくと良い……」


 祭壇に急激な魔力の集中が起きる……確かあそこには生贄に捧げられた少女の死体が置いてあったはずだ……俺はすぐに駆け出すと祭壇へと上がっていく。

 目の前にあった死体の腹を裂くかのように、一本の剣が闇の中から姿を見せていく。大刀ブレイド? 怪しく輝く刀身とその醸し出す雰囲気は……まさに魔剣と呼ぶにふさわしい。急に俺の頭の中に声が響く……。

『お主……剣士だな?』


「だ、誰だ!」

 俺は慌てて周りを見回すが、そこには誰もいない。そしてなにをしているんだ? と言わんばかりの仲間達の目だけが俺に突き刺さる。

『我の声はお前にしか聞こえない剣士よ。……目の前の我だ』


「お、俺だけに? 剣が喋るだと?」

 俺はフラフラと祭壇へと近寄り……その大刀ブレイドに手を伸ばす……恐ろしいまでに集約した魔素、鋭い刃先、そして何より抗い難い魅力を感じる。

 シルヴィがその俺の様子がおかしいと判断して声を荒げる。

「ノエル兄! なにを!」


『教えてやろう……我こそは全て破壊するものグランブレイカー……』

 俺が取り憑かれたようにその大刀ブレイドの柄を握った瞬間に……俺の中に凄まじい速度で何かの記憶が流れ込んでいく。その記憶の量と質は桁違いだった。

 ある時は王国を守る剣士として、戦争の英雄として戦いそして戦いの中で死んでいった。そしてある時は不思議な光景に立つ女性剣士として、一生を修行に捧げそして恋焦がれた男性のために戦い命を落とした。


 別のものは愛する人をその手にかけ……絶望と苦しみの中で悶え、世界を終わらせてしまえと叫びながら自らに大刀ブレイドを突き立てている。

 またある時はまるで神話の悪魔の姿となって、人を斬り殺し暴れまわり……そして最後には人の手によって滅ぼされていく……その次は俺はまるで不気味な魔物の姿でこの大刀ブレイドを奮い、これまた異形の化物を切り伏せていく。

 情報と記憶が洪水のように俺の体へと流れこみ、押し潰し……そして俺を変化させていく。

「なんだこれは……」


「我の所有者の記憶よ……新たなる所有者ノエル・ノーランド」

 目の前に子供の時の俺が立っている……いや違う、俺はこんなに邪悪な顔つきをしていない……俺は周りを見渡すが、そこは一面の暗闇で俺と昔の俺、全て破壊するものグランブレイカーが対峙するように存在している。

「所有者……そんな……お前をほしいなんて思ってないぞ?」


「違うな、我を手に取ったのはお前が所有者であるからだ、ノエル・ノーランド……この※※※という世界における最強の剣士よ」

 俺の世界? その言葉だけがまるでノイズが走るように上手く聞こえない……全て破壊するものグランブレイカーはゆっくりと俺に近づく。

「我の所有者の歴史を見たろう? 我はお前に力を貸すことができる、お前が見た自らの姿は連綿と受け継がれてきた平行世界パラレルワールドのお前自身だ。姿や名前は違うし、時代も違う……だがこれは全て


「同じ時に? なにを言っているんだ……」

 全て破壊するものグランブレイカーはクスリと笑うと俺に手を差し出す……それまで俺が見たことのない、苛烈で恐ろしくそして心の底から邪悪な笑みを浮かべて。

 俺はその笑みを見て、心の底から恐怖と目の前の存在に警戒心を抱いている。

「手を取れノエル・ノーランド……魂を差し出せ、幾千の魂と同化しろ、お前が魂を紡ぐことで次の世界のお前に……我を手に取る資格が生まれる」


 抗い難い魅力を感じて俺はまるで自分の意思ではないかのように全て破壊するものグランブレイカーの差し出した手をとる……その瞬間、空間が一気に晴れわたる。

 俺と全て破壊するものグランブレイカーはまるで天空の一角に浮かんでいるかのように、この世界の全てを見渡す場所に立っている、いや浮いている。俺はこんな美しい光景を見たことがない、なんだこれは……。

「な、なんだ……これが俺の世界?」


「この世界の魂も、また我を選んだ……然り、これは必然である。ノエル・ノーランド……お前に我を委ねよう、そしてお前の望むままに力を振るうといい」

 全て破壊するものグランブレイカーはホロホロと黒い粒のように崩れ落ちていき……急に視界が、夜の天蓋寺院に戻っていく。

「ノエル兄! ノエル兄!」

 ぼうっと立っている俺の胸を必死に叩いて、シルヴィが叫んでいる……あれ? なんだ? それまでいた場所はどこへいったんだ? 俺はまだ目覚めていないかのように何度か周りを見渡して……その手に感じる重さで手に全て破壊するものグランブレイカーが握られていることに気がつく。

「シ、シルヴィ……俺、なにがあった?」


 要領を得ない俺の言葉に首を傾げるも、無事なのを理解したのかシルヴィがほっとした顔でそっと俺の体に抱きつく……それを見て、少し遠くでエリーゼが頬を膨らませているが……なんでだろう?

「ノエル兄がその剣を握ってから……ほんの少しだけど全く反応しなくなって……どこかへ意識を持っていかれたかと思ったのよ」


「そ、そうか……大丈夫、俺は大丈夫だよ」

 ほっとしたような顔のシルヴィと仲間達……俺はシルヴィに離れるように言ってから、全て破壊するものグランブレイカーを上段に構えて一度振るう。

 その大刀ブレイドはまるで俺のために作られたかのように恐ろしく馴染み……恐ろしく軽く、そして技がまるで冴え渡ったかのように鋭く感じる。

「これは……とんでもないものを手に入れたのかもしれない……」


「ノエルさん……大丈夫ですか? 先ほどまでの邪悪な気配は感じませんが……どこか不思議な雰囲気がありますね」

 アナが全て破壊するものグランブレイカーをまじまじと眺めて、不思議そうな顔を浮かべる……。キリアンも眺めているが……まあ難しいことはわからないと言わんばかりの顔で、俺の肩をぽん、と叩く。

「ま、無事ならいいさ……ここを解放したことを報告しないといけないからな、俺たちがやったんだぜ!」


 光景が暗転していき、急速にその後の風景があっという間に過ぎ去っていく。暗闇の中に、一人の少女が立っている……黒い髪を靡かせた、黒い目の少女。

 不思議な場所で、我に遠く及ばない剣を振るう少女の姿が……そうかこれが次の世界の、ノエル・ノーランドの魂を受け継ぐ者か。

『我を呼ぶのか? 新居 灯……』




 私はぼうっとする頭で窓の外で雀が鳴いている声を聞いている。現実味のない夢だったが、恐ろしくリアルな夢でもあって……私はしばらくなにを考えていいのかわからない。

 全て破壊するものグランブレイカー……そうか今まで私はグランブレイカーという名前だけしか思い出せていなかったが、本当の意味を思い出した。

 破壊の剣……全てを破壊するためだけに生み出された全て破壊するものグランブレイカー


 夢で見た別の世界のノエルは、名前は全く違うのだがノエル自身であると全て破壊するものグランブレイカーは告げていた。そして私自身も……またノエルであると。

 冷静に考えてみると、とんでもない武器を所持していたのだな、と思う。曰く付きの魔剣じゃないか……そんなもん平然と振るっていたと考えるとノエルさん相当にぶっ飛んだ剣士だったことは想像に難くない。


 夢の中の剣士たちは、全てが凄まじい技量の持ち主だった……正直人間外の姿をしているものも何人か混じってたし、私の理解の範疇を超える動きもしていたのは事実だが。

『我を呼ぶのか? 新居 灯……』

 頭の中に少しだけその声を思い浮かべるが、私はため息をついて首を振る。


「でも……まだ私は……その域に達していないと思う……まだ……」

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