第八八話 美味しい紅茶(ブラックティー)

「すると……アンブロシオから直接布告プロクラメイションを受けたと……それはまずいな」


 目の前にはリヒターが白衣を着て椅子に座っている……どういうシチュエーションだとは思うけども、彼はKoRJの医務室で臨時医師としての活動に従事している、らしい。

 白骨化した不死の王ノーライフキングがスーツと白衣を着て座っていると言うのも実におかしな光景でしかないのだけど、KoRJは空前の人手不足なので、猫の手も……いや死人の手も借りたいと言う状況だったりするので、彼が異世界で侍祭アコライトだったことから、カウンセリングや簡単な治療などもこなせると言うこともあって、臨時の職員として活動してもらっている、とのことだが……部屋入ったらいきなり骸骨がいるってホラーだからね?


 八王子さんやお婆ちゃんもリヒター自身には少し思うところはあるらしいが、本人はいたって真面目に仕事をこなしていて、すでに職員さんの間では『話のわかる不死の王ノーライフキング』と言う評価だとかで……彼は着実にKoRJ内での地位を確立しつつあった。

 見た目はあれだけども……彼自身の本来持っている几帳面さとか、真面目さという部分はやはりきちんとしたものがあるということだろうか。

「まずいですか? やっぱり」


「新居かアンブロシオどちらかが倒れるまで戦いをやめないという宣言だからな、それは……これから本気で新居を殺しにかかってくるぞ」

 リヒターはカタカタと白骨化した歯を鳴らして、ええとこれは笑っているのか心配しているのかわからないが、とにかく今私の状況がまずいと言うのは理解できた。

 少しだけ前世のキリアンが布告プロクラメイションを受けた日に、俺たちとの晩酌を断って、黙って一人で酒を飲み続けていた気持ちがわかる気がする。

 翌日にはいつものキリアンに戻っていたが、優しい彼のことだったから相当に堪えたはずなのだ……でも彼はその重圧をきちんと理解して、自ら噛み砕いて……人に当たることもなく、最後まで人格者で貫き通した。あいつほんとすごいな……。

「どちらかが倒れるまで戦いをやめない、か……ひどい話ですね」


「その割には……新居は嬉しそうだな」

 リヒターが呆れたように首を振る……え? もしかして私今笑みでも浮かべていたのだろうか? 慌てて頬に手を当てるが、よくわからない……彼はやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。

 とはいえ私は剣士……戦いに生きる戦士としての本能はやはり隠しようもなく……指摘される程度には嬉しそうな顔をしているんだろうな……実際強敵と戦うことは戦闘中の重要なモチベーションと化している。

 技の向上があればそりゃ嬉しいし、戦いの中で私の技の向上が確信した時点でそりゃ嬉しいのだよ……私は剣士だからな、ただ戦いが終わってからふと思うのだ、心の奥底では怖かったと。

「新居……お前の魂は戦士の魂だな……猛々しく、そして戦いに飢えている。見た目は普通のお嬢ちゃんだがな……」


「嬉しくなんかないですよ……戦いがなければそれはそれに越したことはないと思いますし」

 これは正直な感想だ……降魔デーモンがいなければ私は普通の女子高生として毎日を自堕落に楽しく過ごしていたはずなのだし。

 前世の記憶を抱えたままそんな生活ができていたのか? と問われると少し疑問ではあるけど……でも多分きちんと折り合いをつけていられるのではないか? 前世のノエルも平和な生活というのに憧れていた節はあるし……。

「まあ、そうだな……争いのない世界というのはないが、それでもこの国は驚くくらい平和だ。羨ましいくらいな」


 リヒターも私の考えを読んだかのように頷いている……彼自身も侍祭アコライトである身だからこそ、平和というものの有り難みをよくわかっているのだろう。

 前世であったことのある司祭プリースト侍祭アコライトの大半はやはり戦いをあまり良くは思っていないものが多かった気がするしな、中には博愛主義が強すぎて自分を殺そうとする魔物すら愛せよ、と教える宗派もあった気がするが……あれはまあ特殊な例だったかな。

 例外は戦の神を崇める宗派の司祭プリーストで、彼らは常に戦いを欲しており神の使徒とは名ばかりの戦争屋ウォーモンガーの集団で、自ら傭兵団を組織して常に紛争へと出撃していくような連中だった気がする。

「ところで新居の左手はちゃんと動いているか?」


 リヒターの言葉で一気に思考の海から脱出すると、私は左手を何度か握ったり開いたりしてみる……先日竜牙兵スパルトイとの戦いで私は左腕がうまく動かない、というそれまでになかった経験をして、ある意味それが原因で戦闘継続不可能になったわけで。

 ここ最近は痛みもなく、麻痺のような感覚も無くなっている……手術をしたため肘の一部に縫合した後が残っているというのが実に女性としては悲しい傷跡が残ってしまった。

 傷跡を見て……これ本当に消えるのだろうか? という疑問は少し湧くのだけど……先日お婆ちゃんに聞いたら、普通に消せると言っていたので私はその見立てを信じている。

「一応……あの後からは少し良くなっていると思います」


「そうか……エツィオとも話していたが、この世界では女性が戦いに出て怪我をするというのはあまり好まれないそうなのでな、気をつけると良い」

 先日エツィオさんに本気で心配されて、頬をそっと撫でられたことを思い出して……少しだけ気恥ずかしくなる。いや、単純に彼イケメンだからさ、なんかあんな顔をされちゃうとな……というところだ。

 なんか最近ノエルとの同化が進んでより新居 灯としての意識が強くなってきているのか、いやでも自分が女性だということを意識しちゃうんだよな……。

「エツィオさんそんなに心配されてたんですか?」


「あやつも複雑な魂の持ち主だからな……お前さんが傷つくようなことがないようにしたいとは言っておったぞ」

 なんか優しいな……ちょっとエツィオさんの株が私の中で上がっている気が……いや最初の印象が最悪だからな……なんせ私を暴行しようとした前歴があるわけだし、でも彼優しいんだよなあ……いやいや、それでもやっぱ最初の印象がなあ。

 魂は女性とはいえ、あの女慣れした手つきとか、私の太ももを撫でたときの動かし方とか……今世で私は男女関係については疎いのだけど、彼は明らかに慣れきった感があって……うん、やはりちょっと許せない自分がいるのだ。

 うんうん唸り始めた私を見てリヒターがなんでこいつこんなに悩んでるんだ? という顔をしているが……乙女の悩みなので仕方ないのだよ。

「あ、すいません……女子高生には悩みが多いのですよ」


「そ、そうか……まあ、悩むことが多いのは良いことだな……とりあえず心身ともに健康、と」

 リヒターは訳がわからない、という目でギラリと赤い目を輝かせると……手元の端末を操作して、私のカルテを更新していく。彼はもう現代技術に完全に慣れきっている気がする。

 そもそもキーボードを普通に操作する不死の王ノーライフキングってシュールな絵でしかないのでね……。

「端末とかももう普通に操作しますね……」


「便利だぞ? あちらではこんな管理方法はなかったからな……この世界の科学技術というのは素晴らしいな。元の世界にも持ち込みたいくらいだが……」

 リヒターはカタカタと満足そうに歯を鳴らすと端末を白骨化した指で操作して、私のカルテへと情報を書き入れていく。本当にデジタルにやたら強い不死の王ノーライフキングだな……そんなことを考えている私の前へと竜牙兵スパルトイが完璧な作法と流れるような動作で、紅茶の入ったカップを置いてくれた。

「あ、ありがとうございます……」


「どうぞ、新居 灯様……お口に合うと良いのですが」

 竜牙兵スパルトイに紅茶を出されるという経験も前世ではなかったからな……なんか新鮮な気分になりつつ紅茶を啜る……やっぱり美味しい気がする。

 私が淹れる紅茶よりもなんだか味に深みがあるというか……お湯の温度なのだろうか? それとも茶葉の差なのだろうか、改めて敗北感を感じつつ私はカップから紅茶をもう一口啜る。

 本当にう、うまい……なんだか敗北感を感じながらも紅茶を飲む私を見て、リヒターは少しだけ歯を鳴らして笑う……。

「この竜牙兵スパルトイは私の最高傑作だからな……普通の人間よりもうまくできることが多いと思うぞ」


「そういうのやめてほしいですね……私自信なくなりますもの」

 私は紅茶を啜りながら、ジト目で彼を睨みつける……こんな完璧な執事を作る不死の王ノーライフキングなんて自信無くなったって仕方ないだろう。

 第一私より美味しく紅茶を淹れる竜牙兵スパルトイなんてズルチートでしかないのだから……いやほんとそうなんですよ?

「単に呼び出すだけではそこらへんの術者とあまり変わらんからな……この世界ではなんと言ったか……ああ、PDCAサイクルといったか。それと似たようなものを行っている」


「召喚物にPDCAサイクル回せるなんて聞いたことないですよ……」

 私は竜牙兵スパルトイを横目に……リヒターへと抗議を込めて視線を送るが……彼はむしろ嬉しそうな顔で、竜牙兵スパルトイの肩を叩いて喜んでいる。

 本当に最高傑作なんだろうな……竜牙兵スパルトイなんて使い捨ての道具にしている術者も多いはずだけど、そうしないのは本当に愛着もあるし、最高傑作を作ってやろうという気概もあるからだろうか。

 カタカタと笑うような動きをするリヒター……チクショー、実際彼が作る竜牙兵スパルトイは高性能すぎて勝てる気がしないのが正直なところだが、他の召喚はどうなんだろうか?

「リヒターさん、他はどういうのを使役できるんですか?」


「ん? まあ大抵のものは呼び出せるな……とはいえ戦闘にでもならんかぎり見せる機会はなさそうだが……ほれ、もう一杯紅茶を飲むといい」

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