第五九話 恐怖の夜(テラーナイト) 決着
「ミカガミ流……
日本刀を振りかぶった私がアマラに斬りかかったこの瞬間に、何が起きたのか説明しよう。
ミカガミ流の
超高速移動をするためには常人では発揮できないくらいの脚力が必要とされるのと、通常ミカガミ流剣士は
ノエルは
一つ目、そもそもノエルの剣は『先の先』を重視しており、攻撃を受ける前に相手を斬り飛ばすことが多かった。
二つ目、高速移動を可能とする脚力を持ってはいたが、
この二つの理由による。
見栄えは……まあ正直どうでもいい話ではあるが、手数に勝る
ノエルの性格で言えば、
しかし……今この瞬間だけはこの不遇を囲った技がとても役に立った。地面からの触手攻撃、正直言えばこの技を思い出せなかったら一〇〇パーセント私は死んだに違いない、死ななくても致命傷を負って地面に倒れたに違いないのだ。
ほんと、練習は人を裏切らないと言うけど、何度も何度も反復練習を繰り返しただけはあるな。と言うことで私はアマラに向かって炎を纏わせた日本刀を振るう。
「これで……終わりよ!」
私の日本刀が
日本刀を振り切りった私は、地面へと着地するが無理矢理に捻り出した力に、足の筋肉が耐えきれなくなり私は膝をついて立ち上がれなくなってしまう。
も、もう動けない……いまアマラに何かされたら助からないだろう……そう思って苦しげに顔を上げた私の目に、依代となって意識のないはずのアマラの目から涙がこぼれるのが見えた。
『僕と一緒にいてくれよアマラ……いつか僕の故郷の風景を君に見せたいんだ』
『あなたの故郷って日本でしたっけ? 遠いわねえ……』
『……うん、だから待っていて欲しいんだ、僕が君にプロポーズする時まで』
隣に座る銀髪の青年ははにかんだような顔で、アマラ・グランディの顔を見つめる。
ああ、そうかこれは昔の記憶で、いつだったか……そうそう、数年前に最後に彼と話した時の記憶だ。私とアーネストはイギリスでKORGBの仕事を受けつつ、忙しい日常を送っていた。
私が彼の頬に手を添えて軽く口づけをすると、彼は顔を真っ赤にして誇らしげに笑う……つられて私も笑顔になってしまう。
『貴方の待っては、いつになるのかしらね。でもいいわ、待ってあげる』
アーネストは私が子供の頃から知っている……三つだけ私がお姉さん。
……最初は黒髪で黒い目をしていた男の子で、私は日本から来た彼のことを最初はそれほど好きではなかった。
私には愛とか恋とか、そう言うものは縁がなくて家で決められた『
でもアーネストは冷たくあしらう私を諦めずに、恥ずかしいのか真っ赤な顔でいつも私にたどたどしい英語で話しかけてきたり、プレゼントをくれたりするようになり、その頃からちょっとだけ話すようになっていた。
私がどういうことをしているのか? なんて教えたことはなかったけど、『手品だ』と誤魔化してその時習っていた魔法を見せたときは目を輝かせて笑っていた。
いつの日からか私はアーネストに会うことが密かに楽しみになってきていた。
アーネストは私を見るときに憧れのお姉さん、という目ではなく次第に真剣に私との恋愛をしたいという本気の目に変わっていった。私は、それが最初怖くて怖くて仕方がなく……
『アマラ……お前にはあの子は合わん。お前は異物、彼からすれば化け物と変わらんのだ。わしがなんとかしよう』
第三一代目
その言葉に含まれる殺意を感じて必死に止めるが……師匠は黙ってアマラを振り切るとそのまま二日ほど帰ってこなかった。戻ってきた時に言われたのは、もうあの子はいない、と言うことだけ。
その後、必死に感情を殺して私は
アーネストは死んでいなかった。
師匠が彼を殺すために送り込んだはずの大陸にある
師匠はアーネストが報復として殺した……これは私もアーネストもKoRには伝えていない事実。
二人でこの秘密を隠し通そうと決めたのだ。そして師匠の死によって
望んで
異様な見た目で両親から恐れられ医療機関へと収容されたアーネストを、KoRで保護してほしいと私から頼んだ。そうすることで一緒にいたいと思ったから。
『贖罪として、彼のために魔法を振るおう』
それだけが私を動かす原動力だった……そうだ、彼のためだったのだ。
私と彼は必死に
ある日……私は些細なことでアーネストと喧嘩した後、パブで飲んでいる時にあの人に出会った。
血色の悪い金髪赤眼の不気味な男……アンブロシオと名乗った男はそっと私の手にキスをすると、不気味に笑った。
私はその目の前に現れた男が人間ではない、と本能的に理解した。そして急に思考が、それまでの気持ちが塗り替えられていくのを感じた。
『こんにちは、この世界最強の魔女よ……私の僕となって共に世界を滅ぼしてはいただけないか?』
それからの記憶は朧げだ。
さんざんに私をこき使ってきたKoRGBの連中と戦った……アンブロシオ様の命令であればなんでも従った。
青年も年寄りも、女性も子供もなんでも殺して殺して殺し尽くした。愛する主人のためにその身も捧げた……罪悪感など微塵もなかった。アーネストとの蜜月すら遠い過去のことのように感じていたのだ。
今目の前で榛色の目に涙を溜めている銀髪の男性が私を見ている、この人は私が心の底から、本当に愛した……アーネスト……? どうして泣いているの?
私は全身に感じる痛みと、体から流れ出ている血の感覚で、大事なことは何かを思い出したような気がした。
「アー……ネスト……私……ゲフッ……」
「喋らないでアマラ……すぐに良くなるよ……だから喋らないで……」
アマラは床に寝かされ口から血を吐き出しながら、志狼さんの手をそっと握って咳き込んでいる。志狼さんは彼女の手を握って……声にならない嗚咽をこぼしている。
アマラを斬った瞬間、
私が見たアマラの涙は、おそらく彼女が自分自身を取り戻したことによる影響なのだろう、と思う。
「私……長い夢を見てた……とても悪い夢。あなたを裏切ってしまった……ガハッ……」
アマラはとても悲しそうな顔で志狼さんの頬に手を添え、再び咳き込んで血を吐き出す。私の一撃は致命傷になっているはずだ……
「……せっかく僕のところに戻ってきたのに……まだ君から答えをもらってないんだ……死ぬな、死んじゃだめだよ……」
志狼さんはアマラの胸に頭をつけて必死に懇願する……アマラは苦しそうだが、とても優しい顔で志狼さんの頭を抱きとめる。
「ごめんね、私が弱かったから……アーネストを一人にしてしまうね……」
ふと周りを見ると悠人さんも、先輩も、私も流れ出る涙を止めることができない。敵だったとはいえ彼女はこうして人間の側へと戻ってきたのだ、死という代償を払って。
私は前世の自分の死に際の仲間の顔を思い出して、ふとこんな切ない気持ちを皆に味あわせてしまったのか、と気がついた。
「アマラさん……私……」
私は両目からボロボロと涙をこぼしながら、アマラの側へと座る。そんな私を見て微笑むと、アマラは消え入りそうな声で口を開く。
「ごめんなさい、新居さん。私はあなたにひどいことを……」
私は首を振って気にしていない、と仕草で伝える。
こんなに前世は涙もろくなかったんだけどなあ……、状況だけでなく本当のアマラという女性が、志狼さんのことを心から愛して、そして彼も彼女を愛していて……アンブロシオという敵がそのほころびに入り込んだことで結ばれることがなかったのだ、と思うと本当に悲しい。
「嫌だ……嫌だ……もう失うのは嫌なんだ……」
「アーネスト……
アマラはそれだけをなんとか絞り出すと、そのまま目を閉じて動かなくなる。
歴代最強の
「だめだ! アマラ……目を開けてよ……昔みたいに僕と遊んでよ……好きだって言ってよ……」
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