第六〇話 変わりゆく世界(オールタネイティング)

『夜が明け大混乱となったオダイバの上空です、一体何がここで起きたのでしょうか?』


 翌朝のニュース番組は大混乱したオダイバに自衛隊や警察車両が続々と移動している光景を写している。後に『恐怖の夜テラーナイト』と呼ばれた日本全国を震撼させた未曾有のテロ事件、この大惨事を巻き起こした犯人はその後も見つかることはなかった。


 推定死者二〇〇名以上、行方不明者五〇〇名以上、負傷者三〇〇〇名以上。

 生存者が撮影していた写真などから、当日のオダイバの状況が断片的にSNSなどで拡散され、今まで意図的かどうかわからないものの隠されていた不気味な侵略者『降魔デーモン』の存在が公にされた瞬間が訪れる。

 日本という国だけでなく、世界中が隠し続けていたその恐るべき実態が多くの人の目に触れることになった。

 これから世界はどうなっていくのか? その行く末はまだ誰にもわからない。


『現在事態究明のため、自衛隊に災害出動要請をおこなっており国民の皆様には何卒冷静な行動を心がけるよう……』

 テレビに映る映像では、日本政府は世界各国の首脳と現在起きている状況の報告と、緊急電話会談の要請をおこなっている。

 事態を重く見た各国首脳はこの要請を受け入れ、緊急会談が午後には開始される、とでテロップの速報が入る。

 画面では官房長官が汗を必死に拭きながら、混乱した状況を収めるために国民への呼びかけを必死におこなっている映像が流され続けているのだ。




「あかりん! 心配したんだよ! 怪我したって聞いて……オダイバに行ったのかと思っちゃったよ!」

 目の前には涙目で私に縋り付くミカちゃんの姿がある。

 今私がいる場所はKoRJが経営している病院の一室……今私は交通事故にあって一週間ほど入院を余儀なくされた、という設定で入院していることになっている。

「ごめんね、私慌てて車に轢かれちゃったみたいで」


 とてつもなく無理のある設定で治療を受けているわけだが、ミカちゃんや家族は案外その嘘をちゃんと信じてくれた。

 家族が私が事故に遭ったと聞かされて慌ててすっ飛んできたのが午前中……案外無事な私に安堵していたがお母様は本当に泣いていて……私は少しだけ悪いことをしてしまったと反省している。

 八王子さんがお父様に頭を下げてバイトのために呼び出したところ、私が車に轢かれてしまった、という話ときちんと送り迎えをするべきだったことを陳謝し、KoRJが治療費などを全額負担すること。

 今後このようなことがないように体制を変えることなどを話してくれた。当初はお父様もお母様もかなり怒っていたのだが、私が『八王子さんは悪くない、私が全部悪いのだからバイトは続けさせてほしい』とお願いをしたところ、渋々納得をしてもらった形だ。


 ミカちゃんは学校を早退してわざわざやってきた……目にいっぱい涙をためて、病室に入ってくるなり大泣きしてしまい、逆に私が困ったくらいなのだ。

「大丈夫だよ、一週間くらいで学校行けるみたいだし、そんな大したことないって」

 私は笑いながらガッツポーズを取ろうとするが、全身がビキッ! と恐ろしいまでの痛みを訴え私は悶絶する……そう、限界を超えて戦い続けた私の全身は今までにないくらいボロボロだった。


『普通の人なら死んでるよ、灯』


 檜原 琴……お婆ちゃんが私の傷を見てため息をついて話していた……お婆ちゃんはこの病院の幹事を務めており、非常勤の医師としても勤務しているとかで治療は彼女が担当してくれている。

 そのお婆ちゃんですら驚くレベルの怪我だったのだとか……まあ前世のエリーゼさんが放つくらいので雷撃ライトニングとか色々くらってるしな……。


「灯ちゃ……お邪魔かな?」

 病室のドアが開くと、これまた包帯姿が痛々しい先輩が病室に入ってくる。先輩は入院はするほどの怪我を負っていなかったが、体のあちこちに大きな傷を負っていたとかで、彼は自宅療養を余儀なくされている。

「大丈夫ですよ、先輩」

 私はニコリと微笑むと、椅子が空いているのでそこに座ってくれと手で促す。先輩は手に花束を抱えてミカちゃんを心配そうに見ながら椅子に座った。

「同級生かな?」


 先輩がミカちゃんを見ながら私に微笑む。うっ、今私は弱っているのでナチュラルなイケメンスマイルを見て、心が動揺してしまい……頬が熱くなる。

 人間体が弱ってると心も少し弱くなるんだよ! 前世でも治療院という施設があって、私はその治療院に勤めている女性に看病された時にその娘に惹かれて、必死になって口説いた記憶がある。


 綺麗な娘だったが思い返してみると、心が弱っていた時に優しくされてノエルも心が動いてしまったのだろう……それはもう熱烈に口説き、隠れて色々致している最中にシルヴィに見つかって退院する前にお仕置きされてしまい、再度入院という実に情けない記憶を思い出した。

 だから今頬が熱いのはいわゆる一つの吊り橋効果みたいなもんで、別に私が先輩に惚れてるとかそういうのじゃないんだからね! 冷静になるんだ私。


 ミカちゃんは椅子に座って微笑む先輩と、少しだけ頬を染める私を交互にみると、泣くのを止めて……私にすごくいい笑顔で微笑んだ。

「あかりん、私お邪魔だね。毎日お見舞いくるから、ね」

 ミカちゃんは手を振って明るく病室から出ていく……あっけに取られて呆然とする私と、彼氏と呼ばれて頬を染める先輩だけが病室に残される。


 え? ちょっと待って!? 彼氏ってなんだよ!? ミカちゃん?! 私の心の動揺をよそに、先輩が椅子をベッドへと近づける。え? なんで近くに来てるのこの人……。

 しかも私の手をそっと握って、じっと私の顔を見つめている。少しだけ暖かい気持ちになりそうになって私は慌ててその芽生えかけた気持ちを振り払う。

「灯ちゃん……僕も毎日お見舞いにきていいかな?」


 そういえばいつから先輩は私のことを『新居さん』でなくて、『灯ちゃん』って呼ぶようになったんだ? そこらへんの記憶がとても曖昧で……戦闘中の高揚感が綺麗さっぱり細かい記憶を消去してしまっていることに内心動揺する。

「あ、え……その……他の人も来るかもしれないので、毎日は困るんですけど」


 その言葉に先輩がショックを受けたように、ものすごく悲しい顔を浮かべる。

 先輩の顔を見て私は内心恐ろしく動揺する……なんていうか、心が締め付けられたような強い感情を覚える。え? なんでこんな動揺をしてしまったのか……私は自分の感情の動きに悩みながら、ため息をつく。

「すいません、先輩。言い過ぎました……」


 彼は私が何か機嫌が悪かったのかと心配していたようだったが、私の謝罪でパァッと顔が明るくなる。ちょっと面白いなこの人。

 喉が渇いたのでベッドサイドにあったコップに水を入れて、軽く口に含む……お婆ちゃんから絶対安静ではないが、水分は定期的にとれ、と助言されていて私は入院している間は水を多く飲むようにしている。

 紅茶とか別のものが飲みたい気もするんだけど……まあ病院内では仕方がないか。

「灯ちゃん、ありがとう。じゃあ明日も来るね」

「ゲフウゥッ!」

 私は思い切り口に入っていた水を噴き出して咳き込んだ。




荒野の魔女ウイッチはとても良い働きをした。私は彼女の功績を愛している」

 アンブロシオ……東欧の貴族然とした整った風貌を持つ不気味な男性は眼下に広がる東京を眺めながらそう呟く。彼は今シンジュクにある都庁の展望室に立っている。

 周りにはそれほど人はいない……昨晩のオダイバの事件により東京では外出自粛要請が発令されており、観光地なども人はまばらにしか存在しておらずこの展望台も早めに休業することがアナウンスされている。

 事件があったとはいえ、人々の日常はそう簡単に変わることはない。普段通りの日常が始まり、そして流れていく……それはこの国だけでなく、世界中の国の人たちが変わらぬ生活をしているからだ。

 ただ一つ違うのは『昨日と違う世界になってしまった』という言い知れぬ恐怖が心の奥底にあるということだけ。


「そうですねえ……思ったより相手が強くて倒されてしまったけど、もう一歩でしたね」

 その褐色をさらに煮詰めたような肌の、エメラルド色の目を輝かせた闇妖精族ダークエルフララインサルは、くすくす笑いながら隣に立つアンブロシオを見上げる。

「本当に良い駒だった……私が所持していた紅血ブラッドを与えたとはいえ、あれほどの戦闘能力を発揮できるとは思わなかった。たかがこの世界の人間だったとはいえ、惜しい駒を無くしたものだ」

 アンブロシオはロイド眼鏡を直しながら呟く……人間にしては良い女だった、彼の猛る血を鎮められるだけの魔力を内封していた……。


 無表情のアンブロシオを見つめながらララインサルがフードを被り直してニコニコ笑う。

 この世界へとやってきて驚いた……森が少ないのだ。この東京という作り物の街にたくさんの森を復活させたらどうなるだろうか? それも彼が住んでいた森の木々を植えてあげたい。

 心が高鳴るのを抑えるように、震える身体で思いの丈を吐き出しそうになるのを必死に抑える。


「会議のお時間が近づいております、移動をお願いいたします」

 そこへスーツ姿のテオーデリヒが二人の元へと歩み寄ってくる。アンブロシオは面白くもなさそうに頷くと、ララインサルに指だけでついてこい、と合図をする。

 ララインサルは満面の笑みを浮かべて、その後について歩き出すとそっと呟いた。


「さあ、ここから我々の時間が始まるよ……そうですよね? 私たちの、異世界の魔王様……」




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読者の皆様


自転車和尚と申します。

第一章終了です、今後も読んでいただけますと幸いです。


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