第四六話 師匠と弟子(ディサイプル)

 ニムグリフ暦五〇一二年、ミカガミ流道場のあるパラグライン山脈の麓にて。


獅子剣シシの型!」

 俺は師匠である剣聖ソードマスターアルス・クライン・ミカガミの号令に合わせて、何万回も構えた獅子剣シシの型をとる。獅子剣シシの型、一撃必殺の剛剣を放つために最適化された剣の構えだ。

 俺は……この型が一番しっくりきていると思っているが、師匠に言わせるとまだまだ足りない、のだそうだ。


「次は大蛇剣オロチ!」

 その言葉に合わせて、俺は大蛇剣オロチの型へと構えを変える。受け流しの技法を効率的に使用するための、防御的な技法、その型である。

 この世界の剣術は、盾を使った師匠に言わせると無粋な剣術が多いという。しかしミカガミ流は違う、剣を使って相手の攻撃を受け流し、そして自らの攻撃につなげる。


竜王剣ドラゴ!」

 竜王剣ドラゴはミカガミ流の基礎となった構えだ。剣を前に構え……相手と正対する。この方から繰り出される技は真っ直ぐに、相手を切り殺すことに特化している。そして相手の攻撃を正面から粉砕する、そんな型だ。

 相手が少し遠くにいても、この方から繰り出される技で相手を切り付けることもでき、そして接近戦においても真っ直ぐ斬り伏せる、そんな技が多い。


飛燕剣ヒエン!」

 飛燕剣ヒエンは俺と最も相性が悪い……と思っている型だ。変幻自在、圧倒的な手数と速度で相手を蹂躙する。一撃離脱、そして自らの速度を極め、多重分身攻撃パラレルアタックとして繰り出すことができる。

 防御が少し疎かになるが、それ以上に相手を幻惑するという技を繰り出すときに使われるそんな型だ。

「少し構えがブレるが……まあいいだろう」

 師匠が構えを見て、訝しげるような表情を浮かべているがどうやらギリギリ合格点のようだ、よかった。あまり自信がないんだよな飛燕剣ヒエンだけは……。


 ミカガミ流はこの四つの型を組み合わせて使う剣術だ。古くは神代より受け継がれた剣士の技法。魔法を使う敵とも互角に戦うために連綿と受け継がれた匠の技法。

 世界を敵に回しても……剣士が勝つための殺人術。それがミカガミ流だ。


「良い構えだ、隙があるようで隙がない。よくぞここまで……」

 師匠は感心したように頷くと、笑顔を見せる……彼が笑顔を見せることは少ないので、よほど嬉しかったのだろう。つられて俺も笑顔を見せる。

「ま、師匠の教えがいいんですけどねえ。俺の才能もすげえんじゃ無いかなーって」


「そう言うところがダメなんだといつになったらわかるんだ、お前は……らしいがな。」

 師匠はとても呆れたような顔を見せる……ため息をついて、彼は手に持っていた刃を落とした鉄剣を棚へと放る。その棚には俺たちが幼少期から使い続けてきた数々の練習用の鉄剣が入っている。この鉄拳を磨く、と言うのが最初の修行だったな、と俺は思い出した。

「師匠、新しい弟子は取らないので?」


 素直な疑問だ、俺の入門時には一〇〇人を超えるミカガミ流の兄弟弟子がいた。辛く厳しい修行の中で、次第に数を減らしていき俺と同期だった弟子は数人しか残っていない。ミカガミ流は古来よりこの世界に伝わる剣術だが、今世代の剣聖ソードマスターの修行が厳しすぎると言う実にくだらない理由から、入門者が減ってきている。

「とってもお前ほどになるような人材は育たないさ。もはや俺の代は終わったと考えている。お前には……次の剣聖ソードマスターを継いでもらいたい」


 その言葉に少し……実感が湧かず何度か頬をつねって痛いかどうか確かめてみる。痛いな、現実だ。でもなんで俺に継がせると言うのだろうか?

「うーん、とはいえ俺試合で師匠に一度も勝ってないですよ?」

「勝ち負けじゃない、技を受け継げるかどうか? が重要なんだ。剣術は心を研ぎ澄ますもの……お前のような性格の人間でも、剣術に対して真摯に向き合っているならば資格はある。俺が決めた基準に達したら俺は称号を渡すことにしている……だから次はお前が育てろ」

 師匠は手に持ったワインの瓶から直接、中身をグイッと飲むと自嘲気味に笑う。

「俺はお前が怖い、練習試合で思わずお前を叩きのめしてしまったくらい、お前と対峙することが怖かった。お前はこの世界で最強の剣術で、立ち塞がる敵を全て切り伏せる剣聖ソードマスターとなれるだろう」


 師匠が自分の手を見つめている……彼の手は少し震えているようにも見える。そんな師匠の姿は初めて見た気がする。俺の前で弱気な顔など見せたことのない師匠が、不安そうな顔をしているのだ。でも俺には……師匠を越えたなどという気分はない。

「実感なんか湧かないですよ、師匠。俺はまだ貴方に教えてもらいたい……」




 俺の手に師匠を貫いた剣……魔剣グランブレイカーが握られている。手が震える……どうして俺と、師匠は……。

「師匠……どうして……どうして魔王ハイロードについたんですか?!」

 その問いに、血まみれになった師匠は……剣の師匠がそこに座り込んで、血が噴き出す傷口を抑えて荒い息を吐いて、苦しそうに笑う。頭からはねじれた角が生えていて……口元には牙が生えているが紛れもない俺の師匠だ。

「……お前に勝てるとしたらこれしか無いと思っていた……だが甘かったな、人のままで勝つべきだった……」


 師匠は……魔族に身を堕としつつもミカガミ流剣術のみで戦っていた、魔法や魔道の力を借りれば俺に勝てたかもしれないのに。

 純粋な技量での勝負、その結末は皮肉なことに弟子が師匠を切り伏せるという実に、実に見たくもない結末だったのだ。

「……俺は貴方を……アルス・クライン・ミカガミと言う男を尊敬していたのに! 俺は貴方を斬りたくなんかなかった!」

 俺は叫ぶ……修行を始めてから俺は泣いたことがない、いや泣かないと決めていた。でも今は涙が止まらない、俺は何年ぶりかの涙をボロボロと流して……嗚咽を漏らす。

「ノエル……ミカガミ流を極めし剣士よ……お前は本当に強い。いや強すぎる……全ての型を極め、そして新しい型を生み出そうとしている。お前こそが歴史上最強の剣聖ソードマスターだ」


「俺は……あんたと一緒に剣を極めたかったんだ……それくらい尊敬していたんだ……」

 その言葉に、師匠は俺が修行を始めた時の記憶にある、とても優しい笑顔を浮かべて必死に手を伸ばすと、俺の頬を優しく撫でる。

「私もお前を愛しているよ、弟子よ。今ここにお前を本当の意味でのミカガミ流剣聖ソードマスターとして認める。世界最強の剣士よ、お前の行く末に幸あらんことを」

 師匠の手が力無く落ちていく……俺は……俺は初めて師匠にあった時のように、子供の時にいじめられて泣いた時のように、心の底から泣き叫ぶ。

 先代の剣聖ソードマスターが死に、そして新世代の剣聖ソードマスターが誕生した、だが望んでいた祝福はそこには無い。



「ああああっ! ……って夢か……もう……」

 私はまた過去の自分……ノエルの夢を見ていたようで、叫びながら布団を跳ね除けて起きてしまっていた。枕元にあるデジタルの時計は朝五時を表示しており……私はパジャマがぐっしょり濡れている感覚で、再び辟易とした気分になる。よくみるとパジャマは所々汗で透けるような状態で肌に張り付いていて、とても気分が悪い。


 ビーグル犬のノエルが、私が起きたことに気がつくと大きく口を開けて、あくびをしつつも尻尾を振って朝のおはようをしている。

「ごめんねノエル……私また夢見ちゃってて……一緒にお風呂に行こうか?」

 私は布団からでると、甘えるノエルを抱き抱えてお風呂へと向かう。確か昨日の夜に入ったお風呂はまだ保温されていたはずだ。


 お風呂に到着すると、私はぐしょぐしょに濡れたパジャマと下着を脱いでノエルを伴ってお風呂場へと入る。我が家のお風呂は一般的な家庭よりも広く、数人が同時に入れるようになっている。とはいえ男女兼用なので入っている時は、誰が入っているか表示することになっているのだが。私は軽く汗を流すと、ノエルにお湯をかけてシャンプーを始めて夢のことを考えていく。


 前世であるノエルは飛燕剣ヒエンをあまり得意としていなかった……とはいえそれは彼のレベルでの苦手意識であり、普通のミカガミ流剣士からすると超高レベルな使いこなし方であったに違いない。自分の前世故に、苦手だった、と言うのは理解しているがそのレベルがどこにあったのかは理解できないものなのだ。

飛燕剣ヒエンか……上手く使いこなせるのかしら……」


 私はノエルを泡だらけにしてわしゃわしゃ洗いながら独り言を呟く。実戦でつかってみないとこの辺りの実感がいまいち湧かない。そもそも飛燕剣ヒエンをつかったらいい、と思い立ったのが最近で、記憶を総動員して当時の思い出を探って、確かこう言うことができたかな? と思い出したレベルでしかない。

 ノエルも私もそうだが、戦闘方法はその時々になってみないと思い出せないことが多い、直感的というかなんというか。ゲームだったらチュートリアルがあるんですよ、普通!


 ビーグル犬のノエルにシャワーでお湯をかけて、泡を洗い落とすとあらためて自分の体をボディソープをつけたタオルで洗いお湯を流して、ノエルを抱えたまま湯船に浸かる。

 前世でも朝風呂は大好きだった、私は夜もお風呂に入るけど朝も入っちゃう派なので、この時間は至福とも言ってもいい。夢のおかげで少し早めのお風呂を楽しみつつ私はこれからやらなければいけないことを考える。


「実戦で飛燕剣ヒエンを思い出して極める……か」

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